魔王と友と約束
一方、その頃――アヴァーシ。
伝説の魔王の襲来という突然の凶事に見舞われ、大混乱に陥った『未来の“伝説の四勇士”は君だ! 第二期メンバー発掘プロジェクト・アヴァーシ大会 ~勇者シュータがやって来る。ヤァ! ヤァ! ヤァ! ~』の会場ステージの上で、魔王イラ・ギャレマスは苦悶に満ちた表情で頭を抱えていた。
「うむむ……むむむ……」
「いや……そんなに悩む事かよ」
そんな彼の事を、うんざり顔で見ているのは黒髪黒目の彫りの浅い若い男――勇者シュータ・ナカムラである。
暇を持て余している様子の彼は、小指で鼻をほじりながら、呆れ声で言った。
「何でそんなに迷ってるんだよ。男だったら即答だろうがJK」
「そ、即答など出来るかッ!」
ギャレマスはキッと顔を上げると、シュータの顔を睨みつける。
人間族の間に伝わる伝承で、『古龍種ですら恐れ戦く』と称される“雷王”の金色の目で睨みつけられたシュータだったが、彼は指で摘まんだ鼻毛をフッと吹き散らすと、口の端を吊り上げて嗤ってみせた。
そして、小馬鹿にしたようにギャレマスを見下しながら言う。
「んだよ、いいじゃねえかよ、別に。たかがビキニアーマー姿を拝むくらい。別に減るもんじゃねえしよ」
「そ、そういう問題では無いわッ!」
シュータの言葉に、ギャレマスは激昂した様子で声を荒げた。
そして、ビシッと伸ばした指をシュータのふてぶてしい顔に向けて突きつけながら、毅然とした声で言い放つ。
「やはり……大切な我が娘と部下の穢れなき“びきにあーまー”姿を、貴様の劣情に塗れた目に触れさせるわけには断じていかぬ!」
「そう言いながら、テメエも結構揺らいでたじゃねえかよ。このエロオヤジが」
「え……エロオヤジなんかでは……ななな無いッ!」
「盛大に目が泳いでるぞ、オイ」
「ぐ……!」
シュータの冷静なツッコミに、タジタジとなるギャレマス。
そんな彼にニタニタ笑いを向けたシュータは、ポンと手を叩きながら言う。
「あぁ……それとも、自分はこっそり隠れて堪能してるから、今更見るまでも無えってか?」
「そ! そそそそそんな事あるかぁッ!」
シュータの言葉に、魔王は顔を二重の意味で真っ赤にしながら怒鳴った。
「よ……余を貴様のようなゲスと一緒にするでない! 誓って見ておらぬわ! 余は、サリアの実の父だぞッ!」
「でも、氷女の方は違うだろ?」
「なっ……!」
ギャレマスは、シュータの一言に愕然として、あんぐりと大口を上げる。
シュータは、今度は小指を耳に突っ込みながら、「つうかさぁ」と言葉を継いだ。
「側近が女とか、明らかにそういうシチュエーションじゃん。ぶっちゃけ、もう見飽きてるくらい見てるんじゃねえの? ホントはさ」
「そ! そんな訳あるかああああああっ!」
ギャレマスは、こめかみにビキビキと青筋を浮かばせ、血走った目でシュータを睨みつけながら、千の雷が一斉に落ちたかと思うほどの怒声を上げた。
「余が……余がスウィッシュを側に置いておるのは、もちろん、あの者が四天王のひとりだからというのもあるが、彼女の父親と交わした約束と責任を果たす為に他ならぬのだ! そう――前々四天王のひとりにして前の氷牙将・オグレーディとの、な!」
そう叫び、興奮で鼻の穴を大きく広げたギャレマスは、憤然とした様子で更に言葉を継ぐ。
「余とオグレーディとは、物心ついた時から、一緒に育ってきた。そう、まるで実の兄弟のようにな」
「……」
「オグレーディが、まだ幼いスウィッシュを遺して命を落とした時、余は今際の際にあったあやつと約束したのだ。――『お前の分まで、必ず――」
「あ、なんか長くなりそうだから、もういいっす」
「――は?」
そのまま回想シーンへ雪崩れ込もうという構えだったギャレマスだが、シュータにあっさりと遮られ、思わずガクンとこける。
一方のシュータは、小指の先に付いた耳垢を息で飛ばすと、まるで蠅を追い払うように手を左右に振りながら、興味無さげに言った。
「何か、お涙頂戴の感動話を聞かされそうだけど、俺は別にそういうの全然興味ないから」
「い、いや! そこは聞けよ! 余がオグレーディと交わした“男の約束”がどんなものだったかを!」
「いや、何か……重い。この作品はコメディだしさ、そういうヘビーなのは要らないんだ」
「お、重いって……。と……いうか、“作品”って何の事だぁっ!」
つれないシュータに、ギャレマスは唖然としながら叫んだ。
だが、シュータはそんな魔王の声も意に介さぬ様子で、クルリと背を向けるとステージ裏へ続く幔幕を捲ろうとする。
「あ! だから、見に行くなと言うておるだ――!」
「うるせえ、邪魔すんな」
「ぐべふああっ!」
何とかしてシュータを止めようとして、咄嗟に真空風波呪術を彼に向かって放とうとしたギャレマスだったが、ノーモーションでいち早く放たれたエネルギー弾を顔面に食らい、吹っ飛んだ。
幔幕を捲り上げたシュータは、ステージの床の上で顔を顰めながら悶絶するギャレマスの方を振り向くと、口の端を歪めてみせる。
「知らねえよ。テメエが見るか見ないか、テメエの部下だか友達だかのミスターオグレとかいう奴との約束がどうのとかはよぉ。別にそんな事俺には関係ねえし」
「ぐ……ぐう……」
「テメエは、そこで寝転がって待ってろ。俺はジッッックリと、あのふたりの事を見るけどよ。イシシ……」
「ま……待て、シュータ……!」
「や~だよ♪」
床に這いつくばり、痛めた腰をしきりに擦っているギャレマスに向かって、嘲弄するように舌を出してみせたシュータは、まるでお魚咥えたドラ猫のような俊敏な動きで、捲った幔幕の向こうへと姿を消した。
「ま、待て! 待つのだシュータ! おのれ……ッ!」
ギャレマスも、何とか腰の痛みを堪えながら立ち上がり、シュータを止めるべくその後を追う。
幔幕を潜り抜け、暗く細い通路を通ると、淡い光に向かうようにして立つシュータの背中が見えた。
ギャレマスは、シュータの元へ駆け寄ると、その肩に手を伸ばそうとする。
「シュータ! それ以上は見――!」
――と、その時、
背中を向けたシュータがぼそりと呟いた。
「……どういう事だ?」
「せん! ……え?」
シュータの言葉に違和感を覚えたギャレマスは、思わず伸ばした手を止めると、呆然とした様子で立ち尽くしているシュータの背中に向けて、おずおずと訊ねる。
「……なんだ? 何かあったのか?」
「……」
ギャレマスの問いにシュータは答えず、その代わりに顎をしゃくってみせた。
その態度に怪訝な表情を浮かべつつ、彼の肩越しに恐る恐る覗き込むギャレマス。
ランタンと蝋燭の光に照らし出された広い部屋は、間違いなくステージ裏の控室だ。
部屋のあちこちに衣装や小道具が散乱していて、まるでここで争いごとがあったかのように荒れている。
だが……控室に居るはずのビキニアーマー姿の女たちや大会スタッフは、ひとりもいなかった。
――いや、ひとりだけ。
控室の中央で、ビキニアーマーを着た蒼髪の少女が、固く目をつむったまま仰向けに倒れていた――。




