ハーフエルフと族長と元族長
「な……な……っ?」
「げ、ゲエェーッ!」
扉の向こうに立っていたファミィの姿を見た途端、ネイラモードと年若いエルフは驚愕の声を上げ、目を大きく見開いた。
ネイラモードは、わなわなと震える指でファミィを指さすと、掠れた声を上げる。
「そ……その顔は……確かにファミィ・ネアルウェーン・カレナリエール……! な、何故……」
「……ご無沙汰しております、ネイラモード族長様」
微かに苦笑を浮かべたファミィは、呆然とするネイラモードに向かって軽く頭を下げた。
そんな彼女を前にして、ネイラモードは身体を瘧の様に震わせる。
「き、貴様……ヴァンゲリンの丘で、噴火に巻き込まれて死んだはずでは……? なのに、どうしてこの場に居るのだ?」
「それは……」
狼狽するネイラモードに、自分がこの場に居る経緯を説明しようとしたファミィだったが、
「さては……っ!」
恐怖で顔を引き攣らせたネイラモードが上げた金切り声に遮られる。
ネイラモードは、激しい怯えでその場にへたり込むと、激しく頭を左右に振りながら叫んだ。
「さては……日頃より貴様の事を“混ざりもの”と蔑んできた我らを恨むあまりに亡霊と成り果て、この場で我らに復讐せんと――!」
「そ、そんな! ち、違うッ!」
ネイラモードの言葉に、ファミィは戸惑いを浮かべながら、激しく首を横に振ると、自分の胸に手を当てながら身を乗り出すようにして、「ま……まず!」と怯えているネイラモードに向かって訴えかける。
「そもそも、私は死んではいないのです! ほら、この通り……亡霊などではなく、ちゃんと実体を伴った肉体を持っています!」
「し、死んではいない……だと? ほ、本当なのか……?」
「そうじゃぞ。……と、いくら口で言っても、なかなか信じられぬじゃろうなぁ」
ファミィの言葉を聞きながら、それでも半信半疑といった様子のネイラモードに、ヴァートスはウンウンと頷いてみせた。
そして、しわくちゃの顔にいやらしい笑いを浮かべる。
「ほならね。試しにワシが直に触って確かめてみるのが良いじゃろう。そして、ワシがアンタの乳の柔らかさと温かさを事細かに伝える事で、ちゃあんと生きておるっちゅう事を、この薄らボケジジイに確と伝えてやろう。ヒョヒョヒョ……あ痛ぁっ!」
「止めい! どっちが薄らボケだ、この妖怪色情過多エロエロミイラ爺がぁッ!」
両腕を前に出し、まるで百足の脚が蠢くようにうねうねと指を動かしながら近付くヴァートスのハゲ頭に渾身の手刀を叩きつけながら、顔を引き攣らせたファミィは怒鳴った。
だが、チョップの激痛に耐え兼ねて脳天を両手で押さえながらも、ヴァートスの顔には満ち足りた笑みが浮かぶ。
「ウヒョッヒョッヒョッヒョ! 何か、日頃罵倒され過ぎたせいで、最近ファミィさんに罵られる事が逆に快感になってきたのう~。ほれ、ファミさんや。もっとキッツいのを頂戴ぃぃぃぃっ!」
「ひ……や、止めろ! そんな顔で近寄って来るな! は、墓場に還れッ、この変態ドM屍鬼ゾンビめッ!」
「ヒョヒョヒョ~! もっと……もっとヨロシクぅッ!」
「ひ……っ!」
度重なる罵倒に怯むどころか、恍惚の表情を浮かべながらにじり寄るヴァートスを前に、ファミィが顔を引き攣らせた。
彼女は、ヴァートスが伸ばした皺くちゃの腕を避けるように身を翻すと、小走りで小屋のドアにしがみつくようにしてノブを回す。
そして、くるりと振り返ると、あからさまにガッカリした顔をしているヴァートスに向かって、声を上ずらせながら言った。
「も、もういい! 今から私は作戦に取りかかる! まいだーり……ヴァ、ヴァートス様ッ! 族長様への、今までの経緯の説明は貴方に任せたぞ!」
「ヒョッヒョッヒョッ! 了~解じゃ、まいはにー♪」
ファミィの言葉に、おどけた仕草で敬礼してみせるヴァートス。
そして、少しだけ表情を引き締めると、まるで諭すような声でファミィに言う。
「……くれぐれも気を付けるんじゃぞ、ファミィさんや。作戦とはいえ、あまり無茶をするでないぞ」
「……うん」
ヴァートスの言葉に、ファミィも表情を引き締め、小さく頷き返す。
そして、
「分かった。ヴァートス様たちも……気を付けて!」
小屋の中のヴァートスたちと告げると、とっぷりと暮れた夜闇の中へと、音もなく駆け出していったのだった――。
「……行ったか」
小屋の戸口に立って、ファミィが消えた夜闇を透かし見ていたヴァートスは、後ろ手で扉を静かに閉めた。
そして、
「……さて、と」
と呟くと、先ほどまでとは打って変わった鋭い目で、部屋の中に居たネイラモードの事をギロリと睨んだ。
「……ッ!」
底光りする老翁の目の中に、仄かな瞋恚の炎を幻視したネイラモードの顔色が蒼白になる。
そんな彼に向かって、ゆっくりと歩み寄りながら、ヴァートスは地を這う様な低い声で言った。
「のう……ネイラモードよ……」
「ひっ……! な……な、何でしょうか……ヴァートス様……?」
「何でしょうもクソもあるかい、この時代錯誤の純血妄想薄らロートルジジイめがぁッ!」
「ヒィッ!」
突然ヴァートスが上げた万雷もかくやという怒声に、ネイラモードは思わず子猫のように背を丸め、金玉を叩かれた豚のような情けない悲鳴を上げた。
そんな彼の白髪頭を、怒髪ならぬ怒髭を逆立てたヴァートスは、血走った目で射貫かんばかりに睨みつけ、口角泡を飛ばしながら怒鳴りつける。
「貴様……ッ、まだファミィさん――ハーフエルフの事を“混ざりもの”などという悪意に満ちた呼称で呼び蔑んでおったのかいっ! いつまで“純血主義”などという、化石じみた世迷言に囚われておるつもりなんじゃボケェッ!」
「ひ――! も、申し訳……」
「ええいっ! 申し訳ございませんで済んだら、この世に衛兵も勇者も魔王も妖精王も要らないんじゃい!」
彼の怒気に気圧されて、ペコペコと頭を下げるネイラモードに対し、ヴァートスは更に激昂しながら声を荒げる。
「――第一、ファミィさんほど純粋な心根を持ったエルフ族の娘は、ワシが生きてきた三百年の間でも居らなんだわ! そんな真っ直ぐな娘っ子の事を、よりにもよって“混ざりもの”などと呼ぶでない!」
「ひゃ……ヒャイッ! わ、解り――」
「いいや! 貴様は全く全然小指の爪の先ほども解っておらぬわ!」
ヴァートスはそう断言すると、憤然とした顔で木椅子に腰を下ろす。
そして、ガタガタと震えながら平伏するネイラモードの後頭部を鋭く睨みつけると、鼻息を荒くしながら声高に言い放った。
「もうよい! ファミィさんと根暗の兄ちゃんが役目を果たすまで、まだしばらく時間がかかろうて。その間、無駄に年齢食ってすっかり鈍った現族長殿の脳味噌に残っておる“純血主義”とかいう下らん妄想をキレイに洗い流してやることにしようぞ。それが、族長の先達としての責務というやつじゃろうて! ヒョッヒョッヒョッ!」




