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エルフ族と稲妻と合図

 「雷鳴ですっ! アヴァーシの方角から、微かに遠雷の音が!」


 メヒナ渓谷沿いに建てられた“エルフ族収容所”の居住棟――というのは名ばかりの掘っ立て小屋――その一棟に、年若いエルフの若者が興奮を抑えられない声で小さく叫びながら飛び込んできた。


「――これっ! 声が大きい! 警備兵に気取られてしまうではないか!」


 すかさず、小屋の中で息を潜めていた白髪頭の高齢のエルフが、潜めた声で若者を叱る。


「あっ……! も、申し訳ございません、ネイラモード様……」


 ハッとした表情を浮かべた若いエルフが謝罪の言葉を述べるのも聞こえぬ様子で、エルフ族の族長・ネイラモードは、その表情を引き攣らせた。


「そ……それにしても、もう合図が? 当初の打ち合わせよりも、随分と時間が早いようだが……?」


 そう呟きながら、彼は壁に身を寄せると、明り取りの窓から夜空を見上げる。

 彼の言葉通り、星空に輝く青白い月は、まだ東の空から昇り始めたばかりだ。


「予定では、あと一時間半ほど後に、魔王ギャレマスからの合図である稲妻が鳴る手筈だったはずだが? もしや……何か不測の事態が――」

「ヒョッヒョッヒョッ! 何をオロオロと狼狽えておるんじゃい、ネイラモードよ? まったく……一丁前に年齢(トシ)ばかり重ねたクセに、ビビりな本性は相変わらずなようじゃのう!」

「……ッ!」


 自分の呟きを唐突に遮った甲高い笑い声と、歯に衣着せぬ言葉を耳にしたネイラモードは、露骨に顔を顰める。

 そして、部屋の隅に置かれた椅子に腰かけていた老人に怒気と怖気(おじけ)()い交ぜになった視線を向けながら、抗議の声を上げた。


「ヴァ……ヴァートス様! ほ、他の者も居るのに、そんな誤解を招く様な事をおっしゃらないで頂きたい! ……です」

「ヒョッヒョッヒョッ! “誤解”……のう?」


 いかにも迷惑そうなネイラモードの声に、怪鳥の鳴き声のような笑い声を上げながら、老人――元・エルフ族族長ヴァートス・ギータ・ヤナアーツォは首を傾げてみせる。


「そうかのぅ~? ワシの記憶が確かならば、お主はいい大人になってからも、ひとりで森に用足しにも行けぬほど――」

「ヴァ、ヴァートス様ッ!」


 ヴァートスの言葉を慌てて遮ったネイラモードは、小声で「か……勘弁して下され」とヴァートスに懇願すると、ゴホンと咳払いをして誤魔化した。


「ご、ゴホンッ! い……致し方ないでしょうが! 今次の作戦は、我がエルフ族の将来の盛衰を決定しかねない、大事なものなのですぞ! な、なのに、初っ端から予定が狂っておるようでは……」

「ヒョッヒョッヒョッ! 確かにのう」


 ネイラモードの言葉に、ヴァートスは高笑いしつつ頷く。

 そして、右手で長く伸びた顎髭を撫でつけながら、「だが――」と言葉を継いだ。


「どんなに緻密に計画しようと、予定というものは往々にして狂うものじゃ。カワイ子ちゃんとのデートプランや、小説やマンガのプロットや、月々の小遣いの使い道とかのぅ。それと同じじゃわい」

「そ……それと今回とは、話の規模が同じじゃない様な気が……」


 ヴァートスの喩えに、思わず口の端を引き攣らせるネイラモード。

 そんな彼を、ヴァートスは再び笑い飛ばす。


「ヒョッヒョッヒョッ! そう案ずるでないわ。こんな事もあろうかと、()()()には、いつでも動けるように準備させとったわい」

「こ……こんな事もあろうかと――ですと?」


 ヴァートスがしれっと口にした一言に、ネイラモードは驚愕の表情を浮かべた。


「ヴァ、ヴァートス様は、作戦決行が早まる事を予測されておられたのですか?」

「ヒョーッヒョッヒョッ! まあな」


 族長の問いかけに、ヴァートスは愉快そうに笑いながら頷いてみせる。

 そして、今度は苦笑いを浮かべながら言葉を継いだ。


「――あのギャレの字の事じゃからのう。絶対に何かしらのトラブルが発生するじゃろうと踏んでおったわい」

「……」


 “地上最強”と呼ばれ、人間族(ヒューマー)のみならず、エルフ族の間でも半ば伝説的に畏れられている魔王の事を気安く“ギャレの字”と呼んで憚らないヴァートスの不遜さに、思わず絶句するネイラモード。

 その時、


「ヴァ……ヴァートス様、今おっしゃっていた、“ふたり”とは、一体誰の事で……?」


 と、年若いエルフが訊ねた。

 その問いに対し、ヴァートスはにんまりと笑いながら答える。


「ひとりは、お主らが存在に気付いておらぬ男じゃ。そして、もうひとりは――」


 そこまで言うと、ヴァートスは皺だらけの顔を更に皺くちゃにしながら、おもむろに小指を立ててみせた。


「コレよ。ワシの愛しのまいはにーである――」

「……もう、事ここに至っては、その()()は要らんだろう。まいだーりん……いや、ヴァートス様」


 ヴァートスの言葉を遮るように、涼やかで瑞々しい女の声が部屋に響いた。

 どうやら、今の声は奥の部屋に繋がるドアの向こうから聞こえてきたらしい。


「……なるほど。もうひとりは、ヴァートス様の奥方様……って、あれ?」


 その声が、ヴァートスが連れていた黒い肌をした女ダークエルフのそれだと気付き、一旦は納得しかけたネイラモードだったが、ふと違和感を覚えて首を傾げた。


「……“()()”?」

「ヒョッヒョッヒョッ! では、改めて紹介するとするかのう!」


 と、怪訝な表情を浮かべるネイラモードと若いエルフの顔を見回しながら、ヴァートスは上機嫌で言った。

 そして、「よっこいしょういち」という奇妙な掛け声をかけながら立ち上がると、奥の部屋に繋がる木扉まで歩み寄り、そのノブに手をかける。


「――このワシ、ヴァートス・ギータ・ヤナアーツォの妻というのは、世を忍ぶ仮の姿!」


 彼は、芝居がかった口調で言いながら、大げさな仕草でノブを回し、ドアを開けた。

 ――ドアの向こうに立っていたのは、豊かな金髪をシニヨンに纏め、白銀色の甲冑を着た、白磁のような肌の美しいエルフの女だった。


「な――?」

「ヒョッヒョッヒョッ!」


 驚きで目を丸くするネイラモードの反応に、一際満足げな笑い声を上げたヴァートスは、彼女の名を高らかに宣する。


「――何を隠そう、その正体は! 世に名高い“伝説の四勇士”がひとり! ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールじゃ! ヒョ~ッヒョッヒョッヒョッ!」

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