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勇者と候補者と不満

 『……はい! エントリーナンバー10番、ウィッチャ・ハントさん、ありがとうございました~!』

「うふふ、ありがとねぇ~ん!」


 司会の声を受け、それまでステージ上で、まるでスライムのように弾む胸……ではなく()を揺らしながら、くねくねと艶めかしいダンスを踊っていた太……ふくよかな女性が、観客席に向けてウインクをした。


「……」


 彼女のウインクに、観客席から何とも言えないため息が漏れる。

 だが、彼女は、観客たちの微妙な反応には気付かぬ様子で、満足げな笑みを浮かべると、舞台脇の審査員席に座るシュータに向けて、投げキッスを投げた。


「……っ!」


 不意打ちで投げキッスを投げられたシュータは、思わず顔を顰めるが、ウィッチャはすぐに彼から背を向けた為、幸か不幸か、彼女自身はその顰め面を目にする事は無かった。

 ステージが、重苦しい雰囲気に包まれる。


『え……え~と……』


 司会も、その重たい空気に吞み込まれて一瞬言い淀むものの、なけなしのプロ根性を総動員して気を取り直し、再び声を張り上げる。


『で……では! 次の方に参りましょう~! エントリーナンバー11番、ダンガー・パロンさんッ! 張り切ってどうぞ~ッ!』

「お、おおおお~……」


 会場に垂れ込める重い空気を何とか払拭しようと、懸命に声を張り上げる司会の絶叫とは裏腹に、観客席からの歓声は、まるで気の抜けた発泡酒(イェビス)のように弱々しかった。


「はぁ~……」


 そして、ひとり審査員席に座るシュータも、観客たちと同じ気持ちだった。

 彼は、舞台袖から出てきた、明らかに二桁はサバを読んでいるであろう厚化粧の候補者 (自称十九歳)が、際どいビキニアーマー姿で精神力(MP)を根こそぎ持っていかれそうな“ふしぎなおどり”を舞い始めるのを横目で見てから、この日何回目かの大きな溜息を吐いた。


(……にしても、何なんだよ、この選考会は。“伝説の四勇士”選ぶってレベルじゃねえぞ)


 今までのビキニアーマー審査で出てきた候補者たちは、他の地方の大会の候補者たちに比べて、明らかに数段劣っている。

 さすがに、全員がさっきの“動くワイン樽”レベルという訳ではなかったものの、“選び抜かれた美女”と呼べるレベルには到底及ばず、街中を歩いていたら普通に見かける程度の、平均値より少し上か下かくらいの容姿偏差値だった。

 ……とはいえ、そもそもこのオーディションは、“伝説の四勇士”の補充人員を決める為に開催されたものである――実態はともかく。

 少しくらい容姿が劣っていても、それに見合うだけの戦闘力を有しているのなら、まあ募集規定はクリアしているとは言える。

 ……だが、


(……どいつもこいつも、ファミィどころか、天啓(ギフト)抜きのエラルティスにも全然及ばない数値だ。……完全にモブ並みのステータスだぜ)


 シュータが“ステータス確認(スニーク・ア・ピーク)”で候補者たちの能力を確認する限り、ファミィの代わりとして“伝説の四勇士”を名乗れるほどの力を持った者は皆無だった。


 ――もっとも、それもけだし当然の事である。

 なぜなら、今審査を受けている“候補者”たちは、本来の候補者たちが食中毒で全滅したせいで急遽会場から寄せ集められた“替え玉”なのだから。

 ……だが、その事を知る由も無いシュータは、ただただ苛立つばかりである。

 もはや彼は、怒るを通り越して呆れ果てていた。


(……本当に、こいつらが“()()に優れた、ニホハムーン州の代表たち”だって言うのかよ? この俺の事をナメて、適当な予備選考してたんじゃねえだろうな?)


 そう心の中でぼやきながら、シュータは貴賓席に座る中年男を睨みつける。

 彼の責めるような視線に気付いた実行委員長は、途端に暗がりの中でも分かるくらいに顔面を蒼白にして、慌てて目を逸らした。

 その反応から、彼がシュータに対して疚しい所があるのは明白だった。


(……あの薄らハゲ、終わったらシメてやる)

「……ヒッ!」


 シュータの全身から噴き出す殺気が自分に向けられたのを本能的に感じた実行委員長は、絞められたニワトリのような悲鳴を上げて、ダラダラと滝のような冷や汗を流し始める。

 そんな実行委員長の顔をもう一度睨みつけたシュータだったが、今ステージの上に立っている女が11番目の候補者だった事を思い出し、気を取り直した。


(……って事は、次はいよいよアイツの番か)


 彼の脳裏に、燃えるような紅い髪をした娘の無邪気な笑顔が浮かぶ。


(……サリア)


 なぜ、魔族を討滅するのが役目の“伝説の四勇士”のオーディションに、魔王の娘であるサリア・ギャレマスが候補者として混ざっているのか全く分からなかったが、先ほど元気に自己紹介をしていたのは、紛れもなく彼女だった。


(……確かに昨日、ついアイツを“伝説の四勇士”に勧誘しちゃったけどよ。まさかアレを真に受けて――って訳でも無いだろうしな……)


 もしかすると、彼女の持つ異常な“うんのよさ”か“うんのわるさ”が作用した結果なのかもしれない。

 ……だが、そんな事はもはやどうでもいい。 


(も……もう少しで、あの娘のび、ビキニアーマー姿が……)


 シュータの顔が、鼻の下を中心にして、まるで焼いたチーズのように蕩ける。

 ――ここだけの話、シュータはいわゆる“おっぱい星人”だったが、顔の方は“美女”よりも“美少女”の方が好みなのである。当の彼自身も気付いていなかったが。

 その点から言うと、ファミィ・エラルティス・ジェレミィアの三人は、微妙に彼のストライクゾーンからはズレていた。

 だが、サリアは、いわゆるひとつの“童顔巨乳”――彼のストライクゾーンど真ん中だった。

 そんな彼女の、下着同然の際どいビキニアーマー姿を拝める……! そう考えると、彼の心臓はこれまでに経験した事の無い早さで脈打ち始める。

 こんなに心が昂るのは、この異世界に飛ばされて……いや、日本で生まれて以来初めての事だった。

 ――と、


 ……ざわ ……ざわ    ざわ……


  ざわ……   ざわ……  ざわざわ……


 ざわわ…… ざわわ…… ざわわ……


 まるで、風が通り抜けたキビ畑のように、観客席が徐々にざわめき出した。

 ――どうやら、次に控えたサリアの登場に対し、密かに胸の中心と()()()()()を熱くさせているのはシュータだけではないらしい。


『はい! エントリーナンバー11番、ダンガー・パロンさんでした! ダンガーさん、ありがとうございました~ッ!』

「「「「「「「「――ッ!」」」」」」」」


 司会の声に、観客席の男たちが、一斉に息を詰めたのが、ありありと分かった。

 そして、


「……リア。サリア。サーリーア」

「サーリーアッ、サーリーアッ!」

「「サーリーア! サーリ~アッ!」」

「「「「「サァーリィーアッ! サーッリーッアーッ!」」」」」

「「「「「「「サァ~ッ、リィ~ッ、アァァァァ――ッ!」」」」」」」


 観客席の方々から散発的に上がり始めたサリアの名を呼ぶ声が、徐々に熱気を帯びたものになり、終いには一体化し、ひとつの大きな声援となる。

 そして、それと対抗するかのように、


「スーちゃん! スーちゃんッ!」

「「スーちゃんッ! スーちゃんッ!」」

「「「「ス――ちゃあああああん! ス――ちゃあああああんッ!」」」」

「「「「「「「「スウウウウウゥゥゥゥゥゥちゃああああぁぁぁぁぁぁぁん! スウウウウウウウウゥゥゥゥゥちゃああああああああああああんッ!」」」」」」」」


 と、次の次に登場するスー(スウィッシュ)への声援が、同じくらいの声量で湧き上がった。

 ふたつの大声援が合わさった結果、観衆の声は、激しい熱量を帯びた大きな大きな声援となり、会場を地面ごと激しく揺るがす。


『……ッ!』


 先ほどとは打って変わった会場の空気に、司会は一瞬戸惑いの表情を浮かべるが、すぐに口元にニヒルな笑みを浮かべると、拡声貝(マイク)を握る手に力を込め、あらん限りの大音声で叫んだ。


『さぁあああッ! いよいよ皆さんお待ちかねの時間だあああああああッ!』


 会場の熱気にすっかり当てられた司会は、己の内から湧き起こる情熱に身を任せ、上着を脱ぎ棄てる。

 そして、大げさに腕を振り上げると、舞台袖を指さし、興奮した声で捲し立てる。


『ではああああああっ! 登場してもらいましょおおおおおおおっ! エントリーナンバー12ばああああああんっ! サアァァァァリイイィィィィアァァァァァ・ギャアアアアレエエエ……!』

「ちょおおおおおおおおおおおっと待てええええええええええええいぃぃぃぃぃッ!」


 司会のノりにノッたコールの声を唐突に遮ったのは……、

 ひとりの男が拡声貝(マイク)の音量すら凌駕する声量で発した怒声と、


 ――天から降ってきた幾条もの青白い雷が発した、凄まじいほどの炸裂音と衝撃音だった。

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