魔王と賭けとレート
「さあ、賭けた賭けた! どの娘がオーディションを勝ち抜くか、見事当てたら一儲けできるよ~! ほらほら、早くしな! ビキニアーマー審査が始まったら締め切るからなー!」
ビキニアーマー審査の為に、オーディション候補たちが裏に引っ込んで準備している間、観客席のあちこちでは、チンピラ風の男たちが『どの候補が勝ち抜くか』を対象にした臨時の賭場を開帳していた。
その掛け声を聞いた観客たちは、手にタネ銭の銅貨を握りしめ、賭けの胴元のもとに殺到する。
「おい! オレは13番の娘に銅貨5枚だ!」
「僕も13番です! 銅貨10枚!」
「こっちは12番! 17賭けるぜ!」
「私も12番だ。銀貨2枚で」
「俺は13番に、この母ちゃんの形見の指輪を賭ける!」
「あたしは12番! 持ち合わせは無いけど、もしも外したら、アンタの店のツケをチャラにしてやるよ!」
喧噪の中、胴元が持ち込んでいた大きな黒板に、刻々と変化する賭けのレートが書き込まれては消され、また書き込まれる。
それを見る限り、賭けの人気は二人の候補者に集中している。
「これは……圧倒的ではないか……」
胴元の許に群れ集まる観客の一群の端で、黒板に書かれた白チョークの文字を見たギャレマスは、複雑な表情を浮かべていた。
「賭けに加わったほとんどの者が、12番と13番に賭けておる……」
彼の呟きの通り、黒板に並んだ13個の数字の中で、末尾のふたつの数字が突出したレートを叩き出している。他の番号にも賭けている者は少ないなりにいるようだが、その候補の身内か、一発逆転の大穴狙いの無謀なギャンブラーだけのようだ。
そんな他候補者を差し置いて、12番と13番が熾烈なデッドヒートを繰り広げている。
「さあ! 現在の一番人気は、13番のスーちゃんだ! ……いや、12番のサリアちゃんが追い上げて……おお、今の旦那の分で遂に逆転したぞ!」
「13番に金貨一枚!」
「おお、金貨キターッ! 太っ腹な紳士のおかげで、13番が再々々々逆転だ~!」
胴元の実況が間に合わないくらいのスピードで、ふたりへの投票がどんどん増えていく……。
「……」
そんな白熱する賭場の様子に、ギャレマスは困ったように眉根を寄せた。
自分の娘と部下が下衆な賭けの対象にされている事に対する不快感と、他の候補者を寄せ付けない圧倒的な人気を得ている事に対し、喜ばしく誇らしく思う気持ち……それがない交ぜになって、彼はどんな顔をすれば良いのか分からず、ただただ困惑するばかりだった。
――と、
「やあ、そこの兜を被ったダンナ! アンタは賭けないのかい?」
賭けの取りまとめをしていた若い男が、ギャレマスに声をかけてきた。
それに対し、ギャレマスは少しだけ顔を顰め、男の事を睨む。
「賭ける? 余……いや、儂が?」
「そうそう!」
訊き返したギャレマスの不機嫌そうな素振りにも気付かぬ様子で、背の低い若い男はネズミのような顔を綻ばせながら頷いた。
「一体どの子が本選の最終候補に選ばれるのか、アンタも予想してみなよ! 当たれば良い小遣い稼ぎになるぜ!」
「い、いや……儂は別に、金には困っておらぬゆえ……」
「そんなつれねえ事言いなさんな! ぶっちゃけ、稼げるかどうかはそんなに重要じゃねえんだよ。どの子が勝ち残るのかを予想しながら観る事自体を楽しむのさ。せっかくのお祭り騒ぎなんだから、ノらなきゃ損だぜ、ダンナ!」
「う……うむ……」
強弁する男を前に、思わずタジタジとなるギャレマス。
そんな彼の態度を見て、もう一押しと睨んだ男は、群衆の向こう側にある黒板に向けて顎をしゃくりながら訊ねる。
「さあ! 何番に賭ける? あ、因みに、賭けられるのはひとりだけだ。慎重に選べよ」
「ひとりか……」
男の言葉に、ギャレマスは顎髭を指で撫でながら頷く。
「それはもちろん、じゅう……」
そこまで言いかけたギャレマスだったが、ふと口を噤んだ。
「うぅむ……。ひとり……ひとりだけか……あのふたりのうち、どちらかを選べと……」
彼はそう呟きながら、眉間に深く皺を寄せ、難しい顔になって考え込む。
(やはり、サリア……。い、いや、だが、スウィッシュも……)
赤毛の娘の無垢な笑顔と、蒼髪の少女のはにかみ笑いが脳裏に浮かぶ。
(いや……サリアはわが娘ゆえ、親の欲目が入っておるのやもしれぬ。だが……スウィッシュも、日頃から余の為に尽くしてる事に対する負い目から、過大に評価しようとしてるのではないか? いや、しかし……)
「お、おーい? 大丈夫かい、ダンナ?」
どちらを選ぶか決めかね、頭を抱えて懊悩し始めるギャレマスに、男は顔を引き攣らせながら、恐る恐る声をかける。
だが、すっかり思考の迷宮に陥ってしまったギャレマスの耳には入らない。
「ま、まあいいや。誰にするか決めたら、早めに言ってく――」
『え~、皆様! 大変長らくお待たせいたしました~!』
真剣過ぎるくらいに悩み続けるギャレマスの前から早々に引き上げようとした男――そして、この場に詰めかけた全ての観客の耳に、拡声貝で増幅され、若干ハウリング気味になった司会の声が届いた。
それを聞いた観衆たちは、自分が買った賭け札を固く握りしめながら、慌てて自分の席へと戻り始め、観客席は混乱に包まれる。
その喧騒がある程度落ち着くのを待ってから、司会は言葉を続けた。
『え~、これより、『未来の“伝説の四勇士”は君だ! 第二期メンバー発掘プロジェクト・アヴァーシ大会 ~勇者シュータがやって来る。ヤァ! ヤァ! ヤァ! ~』の第一次審査を執り行います!」
「おおおおおおおおおおおおおお~ッ!」
司会の声に応じるように、観客席から野太い大歓声が上がる。
その大歓声を聞いて、満足げに頷いた司会は、大きく息を吸うと一気に捲し立てた。
『先ほども申し上げました通り、第一次審査は皆様お待ちかねェっ! の“ビキニアーマー審査”でございますッ!』
「うおおおおおおお~っ!」
「ひゅうううううううううう~っ!」
司会の絶叫に負けじと、猛獣の咆哮の如き絶叫と、甲高い指笛が鳴り響き、会場はまるで戦場のような騒擾に包まれる。
その騒々しさによって、難しい二択によって深い思考の海の底に沈んでいたギャレマスの意識は、現実へと引き戻される。
「な……何だというのだ、この騒ぎは?」
我に返ったギャレマスは、熱狂する周囲の観衆に、狼狽と当惑が混ざった目を向ける。
「い……一体、民をこれほどまでに興奮させる“びきにあーまー”とは何なのだ……?」
先ほどの髭面の男は、“びきにあーまー”の事を“いいモン”だと言っていたが、結局具体的な事は何も聞けずじまいだった。
だが、この人間族たちの興奮っぷりは、尋常なものではない……。
(ひょっとして……人間族の戦意を高揚させ、我が魔族兵に匹敵するような力を出させるような催眠作用を持った、恐るべき鎧なのか……)
だとしたら、現在人間族と戦闘状態にある自分たち魔族にとっては、かなりの脅威となる。そう考えたギャレマスの胸が、急激な不安によって昏く塗りつぶされる。
だが、彼はすぐに気を取り直した。
(……まあ良い。この機会に、人間族の持つ“びきにあーまー”とやらを、この“雷王”が直にじっくりと見極めてやるとしよう)
そう決めて、彼は何ひとつ見逃すまいと、その金色の瞳を大きく見開いて、ステージを凝視する。
一方、観客席に自分たち人間族の大敵である魔王が潜んでいる事など知る由も無い司会は、沸騰寸前の会場の雰囲気に気を良くしながら、一層高く声を張り上げた。
『では、早速参りましょう! まずエントリーナンバー1番、マイン・トクラフさん! さあ、張り切ってどうぞ~ッ!』
観客席からの歓声と楽団が奏でる出囃子が、司会の絶叫を更に盛り上げる。
そして、その異様な雰囲気の中、遂に最初の候補者が舞台袖から姿を現した。
彼女の姿を見た途端、最高潮に達する会場のボルテージ。
その中で――、
「な……何だ……と?」
ギャレマスは、全く予想だにしなかった光景に、思わず目を点にして、口をあんぐりと開けるのだった。




