候補者たちと自己紹介と歓声
長過ぎた主賓のあいさつがようやく終わり、いよいよオーディション本編が始まった。
まず最初に、ステージの上に並んだ十三名のオーディション参加者たちが、
『え、エントリー番号1番、マイン・トフラクです! 歳は十九歳ので、えと……好きな食べ物はオクトル焼きで、特技は編み物です! よ……よろしくお願いしま~す!』
『エントリー番号2番、スパロ・ボウォー……。歳は……十八歳。好きな食べ物は、青色熊の肝のスープ。特技……というより趣味は、降霊術と廃墟ダンジョン探索……』
といった調子で、ステージの右端から一歩ずつ前に出て、順々に簡単な自己紹介をし始める。
彼女たちが喋る度、観客席からまばらな歓声と拍手が上がるが、それは彼女たちを個人的に知る町の者たちからの義理的なものがほとんどで、会場全体からの喝采というレベルには到底及ばなかった。
――それどころか、
『エントリー番号7番、プロス・ピリッツって言います! 年齢は……二十な……ゴホンゴホン! え、永遠の十七歳ですっ! 好きなものは木苺のジュースで――』
「お~い! 見え透いた嘘を吐くなよ、プロス! お前さんが好きなのは、キンキンに冷えた発泡酒と、粗塩をたっぷり振りかけた腸詰だろうが!」
といった、からかい混じりのヤジと下品な笑い声まで飛ぶ始末……。
それもこれも、『ニホハムーン州から選び抜かれた美女たちが集結する!』という触れ込みで、満を持して開催されたこの公開オーディション大会が、幕を開ければ、アヴァーシの街中で頻繁に見る顔ぶれの上、その顔面レベルも期待した水準を下回るものばかりだった事が原因だ。
期待した絶世の美女たちを拝めない事に拍子抜けした観客たちの失望は小さくない。
そんな会場の、決して良くない雰囲気の中、
「ぐ……グムー……」
貴賓席に座る実行委員長の表情は、徐々に険しいものになっていく。
(や……やっぱり、正直に『集団食中毒が発生した』と発表して、中止か延期にしておいた方が良かった……か?)
急場しのぎで会場から若い(一部例外あり)女性を掻き集めて“伝説の四勇士候補”に仕立て上げ、半ば無理矢理大会開催を強行したものの、思った以上にしょっぱくなった会場の雰囲気を肌で感じるにつれ、今更になって後悔の念が胸の内から湧き起こってくる……。
(……)
彼はごくりと生唾を飲み込むと、ステージの袖に設けられた主催者席に座っているシュータの方に、恐る恐る目を向けた。
(……マズい……いや、大丈夫……かな?)
だが、偉そうに脚を組んで主催者席でふんぞり返っているシュータの顔は、角度的に実行委員長の席からはハッキリと見る事は出来ず、今の彼がどんな表情を浮かべているのかを窺い知る事は出来ない。
「痛たたたた……」
実行委員長は、強いストレスでやにわに胃がキリキリと痛み始めるのを感じ、鳩尾を抑えて背を丸めた。
だが、そんな彼の苦悩をよそに、参加者たちの自己紹介は、盛り上がりに欠けたまま淡々と進んでいく。
……と、
『えーと……』
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお~っ!」」」」」」」
「……え?」
可愛らしい声が拡声貝に乗って会場に響き渡ると同時に、地鳴りのような歓声が響き渡った。
「……ッ!」
会場の空気がガラリと変わった事に気付き、実行委員長は驚いて周囲を見回す。
「待ってました~!」
「本命キターッ!」
「お人形さんみたいでかわいい~!」
「わ~、キレイなお姉ちゃんだぁ!」
観客席全体から、熱狂的な歓声と惜しみない喝采が、ステージに立つひとりの少女へと向けられている。
一気に上がる会場のボルテージに、実行委員長は戸惑いながらもホッと胸を撫で下ろした。
そして、彼にとっての“救いの神”の事を見上げる。
大きな麦わら帽子を頭にすっぽりと被っている、癖のある赤毛の長い髪が印象的な美少女の姿を――。
『あの……』
赤毛の少女は、突然盛り上がった観客席の様子にビックリした様子で、戸惑うようにその紅玉のような目をパチクリと瞬かせていたが、すぐにニッコリと微笑んで、手にした拡声貝に向かって口を開く。
『えー、エントリー番号12番、サリア・ギャレマ……ギャレットでーす! 得意料理は、オリジナル料理の肉餅挟み込みパンでー……あ! 歳は、今年でちょうど四十八歳です!』
「「「「「「「……え? 四十八歳……?」」」」」」」
赤毛の少女――サリアが口にした自分の年齢の数字に引っかかった観衆たちが、思わず戸惑いの声が上がる。
当然だ。
一見すると、まだ年端もいかない可愛らしい少女にしか見えない彼女が、人生も半ばを過ぎた四十八歳だとは、到底信じがたい。
観客席に詰めかけた観衆だけでなく、彼女の隣に立っていた蒼髪の娘も含めたオーディション参加者たちも、ギョッとした表情を浮かべて、サリアの顔を凝視した。
――だが、当のサリアはケロッとした顔で、
『って事で、よろしくお願いしま~す!』
と締めて、ペコリと頭を下げる。
観客たちは、一度は首を傾げて互いの顔を見合わせた。
だが、サリアのあまりにもあけすけな様子に、彼らは「今の“四十八歳”という発言は、単なるあの娘の言い間違いだろう」という結論を勝手に導き出す。
そして、苦笑いを浮かべた彼らの間から、
「な~んだ……タダのドジっ娘か……」
「いやぁ、あんなステージの上で、こんな沢山の観客の前で喋るんだ。緊張してたんだろう」
「でも……あんなに明るく振る舞って……健気な子ねぇ……」
「やべぇ、萌える……!」
「推せる……!」
といった声がポツポツと上がり始め、徐々に、
「……サリア、サーリーア」
という、彼女に向けた応援の声へと変わり、
「「サーリーア、サーリーアっ!」」
「「「「サーリーア! サーリーアッ!」」」」
「「「「「「「「サ~リ~アッ! サ――ッリ――ッア――ッ!」」」」」」」」
遂には、会場全体を地震のように揺るがすほどに大きな声援となったのだった――。




