勇者とスピーチと突風
『え~……で、あるからして~……』
ステージの上では、拡声貝を握った“伝説の四勇士”のリーダーである勇者シュータが、主賓としてあいさつの言葉を述べている。
彼の機嫌は、先ほどの“ラッキーぱふぱふ”によって、すっかり直っていた。いや――むしろ、この上なく機嫌が良くなっていた。
機嫌がいいから、その舌は良く回っている。――過剰なほど。
――バタンッ!
「おいっ! こっちでも一人倒れた! 早く担架持って来い!」
「お~い! スタッフさ~ん! こっちはふたりダウンしたぞ~!」
「メディ~ック! 早く来てくれ~!」
先ほどから、人が倒れる音と救護を求める声が、観客席のあちこちから上がり始めている。
……無理もない。
もうかれこれ三十分もの長きにわたって、観客たちはシュータの退屈過ぎる上に長過ぎる“あいさつの言葉”を立ったまま聞かされ続けているのだ。
日頃、つまらない上に爪の先ほども役にも立たない上官の訓示を直立不動で拝聴させられる事に慣れている兵士ならともかく、タダの一般市民にとってはなかなかにキツい“苦行”であった。
その為、耐え切れなくなった観衆が次々と貧血で倒れ始め、大会スタッフは担架を抱えて満員の観客席を掻き分けながら走り回る羽目になった。
もちろん、ステージの下では、スタッフがシュータに向かって『巻きでお願いします!』と書かれたカンペを見せながら、彼に向かって必死でジェスチャーしているのだが、当のシュータ本人はそれに気付かぬのか、あるいは気付いた上で無視しているのか、相変わらず涼しい顔で下手くそなスピーチを続けている。
彼の背後に並んで立っているオーディション参加者たちも、ある者は疲弊しきった様子で、ある者は笑顔を引き攣らせながら、またある者はジト目でシュータの背中を睨みつけながら、ひたすら彼の話が終わるのを待ちわびていた。
そして、
『……え~。と、いう訳で、俺が言いたいのは、それ位かな……』
というシュータの言葉で、ようやく話が締めに差し掛かった事を察して、会場全体が安堵の空気に包まれる。
――だが、次の瞬間、シュータがハッとした表情を浮かべながらポンと手を打った。
『……あ! そうそう、もうひとつ……いや、みっつ、言い忘れてたわ!』
「「「「「「……げッ!」」」」」」
シュータが発した一言で、会場のいたるところから絶望の悲鳴と呻き声が上がる。
たちまち会場全体が、『まだ続くのかよ……』という、鉛の塊のような重たい雰囲気に包まれるのにも構わず、上機嫌のシュータは口を開く。
『面白い話があるんだよ。俺たちが、初めて魔王の城に攻め込んだ時なんだけどさ――』
――その時、ステージに突如として暴風が吹き起こった。
『うおっ?」
「キャッ!」
「ひゃあっ!」
唐突な突風に煽られ、ステージ上に立っていたシュータとオーディション参加者たちは思わず声を上げ、咄嗟に身を竦める。
だが、不意に巻き起こった突風は、発生した時と同じように唐突に収まった。
「チッ……何だよ、今のは?」
シュータは眉を顰めながら、首を傾げる。そして、今の騒ぎで思わず放した拡声貝を床から拾おうと手を伸ばす。
――その時、素早く走り込んできた何者かが、落ちていた拡声貝をシュータよりも素早く拾い上げた。
『は、はーい! スペシャルゲストのシュータ・ナカムラ様からのお言葉でした~! シュータ様、ありがとうございました~っ!』
「――ッ!」
猛烈なチャージでいち早く拡声貝を確保した司会が、息を弾ませながら一方的にスピーチの終了を告げる。
「ちょ、待てよ! 俺の話はまだ――」
『で、では! 続きまして、エラルティス様にもお言葉を頂戴しようと思います~!』
シュータが上げた不満の声を遮るように叫んだ司会が、彼から逃れるように身を翻しながら、主賓席に座るエラルティスに向けて拡声貝を差し出した。
「……へ? わらわもですの?」
シュータの話などハナから聞く気もなく、ずっと爪のマニュキュアを塗り直していたエラルティスは、突然マイクを向けられると、迷惑そうに顔を顰める。
だが、公衆の面前である事を思い出すと、素早く表情を取り繕い、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、マイクを受け取った。
そして、会場を埋め尽くす観衆を見回すと、鈴を転がすような声で言った。
『以下同文。以上』
「……へ?」
『はい、次。ジェレミィアさん、どうぞ』
あまりに簡潔なエラルティスのスピーチに、マイクを差し出した姿勢のまま呆気に取られる司会を尻目に、エラルティスは隣に座るジェレミィアにマイクを突きつける。
「ふぁ? アファフィも?」
「当然でなくって? 貴女だって、一応“伝説の四勇士”でしょう?」
唐突にスピーチを振られて、骨付き肉に齧り付いたまま目を丸くするジェレミィアをジト目で見下しながら、エラルティスは低い声で言った。
「ほら、さっさとなさい。わらわは、こんなアホらしいステージからさっさとお暇したいんですのよ」
「あ……うん」
観客席から背けた顔を顰めているエラルティスから拡声貝を受け取ったジェレミィアは、戸惑いながら周囲と観客席を見回した。
「えー……と」
そして、しきりに頭を捻りながら、何を喋ろうか考えていたが、
「えっと……良く分かんないけど、みんな頑張って~! えと、それだけ!」
結局何も思い浮かばず、シンプルに一言で締める。
だが、
「おおおおおおおお~!」
「いいぞ~ッ!」
「シンプルイズベスト! ハッキリ分かんだね!」
「さすが“伝説の四勇士”サマ~! ……一名除く」
「エラルティス様ああああっ! 俺たちは誓う! 永久の帰依をッ!」
「ジェレミィアさああああん! 結婚してくれええええ!」
シュータのあまりに長過ぎるスピーチの後だった事もあり、ふたりの簡潔すぎるスピーチは、観衆たちから大歓迎された。
鳴りやまぬ喝采の声と拍手。
そんな中、
「……んだよ。俺のありがたい話は、まだ終わってねえんだぞ……クソが」
そんな会場の空気の中でただひとり、シュータだけは不満の表情をありありと浮かべてボヤくのだった。
その頃、観客席の片隅では、
「……ふう」
つい先ほど、シュータの長すぎるスピーチを止める為、ステージに向かって秘かに颱呪風術を放ったギャレマスが、やれやれと安堵の息を吐いていた。
「まったく……シュータの奴め」
彼はそう毒づくと、ステージの上のシュータを呆れ顔で見る。
「いくらなんでも話が長過ぎるわ。どうせ、堅苦しい開会のあいさつなど、民草には碌に聞かれぬのだから、簡潔に手早く切り上げた方がいいのだ、お互いにな」
魔王としての豊富な経験から得た“教訓”を呟きながら、辟易とした表情を浮かべている観客たちの顔を見回した。
「……本当は、作戦決行前にあまり目立つような事はしたくなかったのだが……あのままでは、どんどん倒れる者が増えそうだったからな……致し方あるまい」
彼は自分に言い聞かせるように呟くと、その視線の焦点をシュータからその奥へとずらす。
「……それにしても」
彼は眉根を顰めながら、当惑の声を上げる。
「一体どうしてあんな所に立っておるのだ、あのふたりは……?」
その卓越した視力で、さも当然そうにステージに並んでいる自分の娘と自分の側近の姿を見つめながら。




