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魔王と捜索と発見

 「まったく……ふたりとも、どこへ行ったのだ……?」


 相変わらず、多数の人で賑わう屋台村で、キョロキョロと周囲を見回しながら、ギャレマスは苛立ち混じりでボヤく。

 日はとうに西の山の向こうへと沈んでいたが、屋台や露店の軒先に掲げられた松明が煌々と周囲を照らしており、屋台村は真昼と変わらないくらいに明るい。

 だが、いくら見回しても、彼の娘と側近の姿はどこにも見えなかった。


「ここで待っておれと申したのに……」


 ギャレマスはそう呟くと、大きな溜息を吐きながら、被っていた兜の位置を直す。

 ――今のギャレマスは、先ほどまで被っていた牛獣人(ミノタウロス)の覆面を脱ぎ去っていた。

 彼は、かれこれ一時間以上も追いかけられ続けていた女牛獣人(ミノタウロス)の追跡を躱す為、彼女が彼の事を一瞬見失った隙に、道端の露店で子供向けの模造品(おもちゃ)の兜を急いで買い、その側頭部に角を通す為の穴を開けると、牛獣人(ミノタウロス)の覆面の代わりに頭から被ったのだ。

 そして、彼の外見が“牛獣人(ミノタウロス)”から“いい年齢(トシ)こいてオモチャの角付き兜を被った、少し(?)変な人間族(ヒューマー)の男”に代わった結果、見事に女牛獣人(ミノタウロス)の目を欺く事が出来たのである。

 もっとも……その代償として、彼は周囲の人間族(ヒューマー)たちから奇異と憐みの視線を向けられる事になったのだが、まあ……それは許容せねばなるまい。


 そんなこんなあって、ギャレマスがやっとの思いで先ほどサリアたちと別れた場所まで戻ってこれたのは、つい十分ほど前の事。彼が女牛獣人(ミノタウロス)から逃げ出してから、既に二時間近くが経っている。

 屋台村に入ってから、血眼になってふたりの姿を探したギャレマスだったが、(魔王)の優れた視力を以てしても、人混みの中からふたりの姿を見出すことは出来なかった。


「他の場所に移動してしまったのか……?」


 サリアはともかく、スウィッシュが主の言いつけを破るとは考え難かったが、いくら探してもふたりが見つからない事から、そう判断せざるを得ない。

 ――いや、もう一つの可能性が。


「……まさか、何かトラブルがあって、早々にここから離れなければならない事情が出来た――とか?」


 ふと思いついた事を、何気なく呟いたギャレマスの顔色が変わる。

 残念だが、トラブルになりそうな要因は、いくつも思いつく。


 ――娘ふたりだと侮ったガラの悪い下衆に絡まれ、無理矢理攫われてしまった?

 ――魔族である事が露見してしまい、周囲の人間族(ヒューマー)が、ふたりを捕らえようとした?

 ――そこらへんで若い娘を引っかけている色事師の甘言に誘われてしまった?


「ま……まさか! そ、そんな事は有り得ぬ!」


 ギャレマスは、目をクワっと見開き、ブンブンと激しく首を横に振った。


「い……いくら何でも、それは考え過ぎだ! サリアだけならともかく、スウィッシュも一緒についておるのだ! あやつに限って、そんな迂闊な事は――」


 ギャレマスは、まるで自分に言い聞かせるように、語気荒く呟いた。

 そして、胸の中で跳ね回る心臓と感情を落ち着かせようと大きく深呼吸してから、もう一度周囲を見回した。


「ううむ。やはり、斯様な騒動が起こったようには見えぬな……」


 屋台村は相変わらずの喧騒に包まれていたが、何かしらの荒事が起こったらしき痕跡は見受けられない。

 よって、少なくとも、先ほど頭をよぎった懸念の内、最初の二つは否定できる。


「……ふぅ」


 ギャレマスは安堵の息を吐いたが、残ったもうひとつの可能性の存在を思い出すと、再び表情を強張らせた。


「……まさかな。あのサリアとスウィッシュに限って、男に誘われてホイホイとついてくるような真似は……」


 そう呟いて、胸のざわつきを抑えようとするギャレマスだったが、その努力は虚しく徒労に終わる。


「……!」


 彼は、やにわに目を剥き、脳裏に過ぎった好ましくない想像を振り払うように激しくかぶりを振ると、ローブを翻して大股で歩き出した。


 ――()()()ふたりの姿を探しながら。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「……あとは、ここくらいしか――」


 あれから、広い会場内をくまなく探し回ったにもかかわらず、サリアとスウィッシュの事を見つけ出す事が出来なかったギャレマスが最後にやって来たのは、会場の中心である『“伝説の四勇士”第二期メンバー発掘オーディション』臨時特設ステージであった。

 観客席(……と言うよりも、立ち見スペースと言った方が相応しい)には、煌びやかなステージを少しでも近くで観ようと多くの人々が詰めかけ、立錐の余地も無いような状態だった。


「うわぁ……」


 想像以上の光景に、思わずウンザリとした声を上げたギャレマスだったが、この観客たちの中にサリアとスウィッシュがいる事を信じ、まるで急流を泳ぐように、人混みを掻き分け始める。


「すまぬ、通してくれ。……うむ、悪いな。……む、足を踏んだか。それは申し訳ない。……あ、いや……い、今のはわざとでは……! ご、誤解だっ! 今のは不可抗りょ……ぶふわぁっ!」


 足を踏んだ客に睨みつけられたり、誤って肥え太……豊満な肉体のオバちゃ……御婦人の尻をハードタッチして痛恨の一撃(ビンタ)を食らったりしながらも、へこたれずに前に進んでいくギャレマスだったが、観客席の中央付近まで来ても、探し求めているふたりの姿は見つからなかった。


(おかしい……。ここにも居らぬのか……?)


 腫れあがった頬を撫でながら、ギャレマスは焦り始める。

 これ以上ふたりの捜索に時間をかける訳にもいかない。

 何故なら、彼はそろそろ“エルフ族解放作戦”の為に動き出さなければいけないのだ。

 一度作戦が発動してしまえば最後、ふたりを探す暇は無い。

 ひとつの無駄な行動が、作戦の遂行に深刻な影響を齎し、作戦自体の成功を妨げかねない致命傷となり得るという事は、ギャレマスも重々承知していた。

 かといって、ふたりの行方が分からないまま、作戦に取りかかれるほどに、心を割り切る事も出来ない……。

 むっとした人いきれに包まれた観客席の真ん中で、ギャレマスは頭を痛める。

 ――と、その時、地を揺らすほどの歓声が、観客席全体から上がった。


『――お集まりの皆々様! 大変お待たせいたしましたぁっ!』


 ステージの照明の光を反射してキラキラと輝く、派手な衣装を身に纏った優男がステージの中央に現れると、拡声貝(マイク)を握りしめながら声を張り上げた。


『ただ今より、「未来の“伝説の四勇士”は君だ! 第二期メンバー発掘プロジェクト・アヴァーシ大会」を開催いたしまああぁぁぁぁすッ!』

「わあああああああああっ!」


 司会の男の声に応じるように、観客たちが一斉に歓声を上げる。

 一気にボルテージが上がった観客席を一望し、満足げに頷いた司会は、舞台袖の方を指さすと、一層大きく声を張り上げた。


『さあっ! では早速――ニホハムーン州各地で開催された地方予選を勝ち抜いた、美しき“伝説の四勇士”候補たちの入場です!』


 彼の声に応じるように、演奏席に控えていた楽団のメンバーが、陽気な音調の出囃子を奏で始める。

 そして、そのリズムに乗るように、舞台袖から次々と若い女性たちが出てきた。

 彼女たちの登場に、最初の内は興奮に満ちた歓声が上がったが――、


「……あれ?」

「んん……?」

「おや……?」

「えぇ……」


 奇妙な事に、次第に観客席から当惑の声が上がり始める。


「おい……あの右端の娘……トーザー小路のパン屋の店員じゃないのか?」

「5番の茶髪の女は……間違いない! “炎虎の涎亭”の若女将だぜ!」

「8番は……鍛冶屋のラオのところの娘っ子だ!」


 観客たちは、ステージの上に横一文字に並んだ女たちの中で見知った顔を見つけると、互いに戸惑いの表情を浮かべた顔を見合わせた。


「……どうなってるんだ? 今のところ、全員見た事がある顔だぞ?」

「つーか……ニホハムーン州から選抜されたんじゃなかったっけ? アヴァーシに住んでる()しか出てないぞ?」

「……ぶっちゃけ、全然“選び抜かれた美女”って感じじゃないんですけど……」

「ていうか、“美女”どころか“娘”ですらない年増も何人か混ざってるぜ……」


 歓声は掻き消え、その代わりにひそひそと囁き合う声がそこかしこで上がり始めた。

 思いもかけない観客席の反応に、ステージ上の司会は狼狽したようにキョロキョロと頭を廻らし始める。

 だが、会場が不穏な空気に包まれ始めた矢先――、

 最後の“伝説の四勇士”候補ふたりがステージに姿を現した途端、そんなどんよりとした空気は吹き飛んだ。


「うおおおおおおお! か、可愛い~っ!」

「ヤバい! 推せるっ!」

「あのふたり……今までとはレベルが違うぞ!」

「も……萌えええええええっ!」


 地の底まで沈みかけていた観客席のボルテージが、一気に天に届くかの如く上昇する。


「な……何だ? どうしたのだ?」


 ギャレマスは、一瞬で変わった観客たちのリアクションに戸惑い、同時に抗いがたい興味を抱いた。

 真誓魔王国の国王にして、“雷王”の二つ名を持つイラ・ギャレマスとて、“男”である。

 今は年頃の娘を育てる男やもめといえど、ここまで人々から騒がれる娘たちの容姿を一目見たくないと言えば噓になる。


「……」


 彼は、妙な罪悪感に苛まれながら、恐る恐るステージの方へと目を遣る。

 そして、ステージの左端に立つ、一身に歓声を浴びているふたりの若い娘へと目の焦点を合わせた。


「……なっ!」


 ――そして、思わず絶句する。


 そう。

 彼の目には、輝く様な満面の笑顔で歓声に応えている紅髪の少女と、その傍らで頬を真っ赤にしながら俯いている蒼髪の娘の姿が映った。

 ギャレマスは呆然としながら、ステージに立つふたりの名を呟く。


「さ……サリアと……スウィッシュ……ッ?」

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