勇者と姫とバカ親
「いかん! いかんぞ! そんな事は赦さぬぞッ!」
血相を変えて絶叫したギャレマスは、興奮で肩を大きく上下させながら、その金色の瞳をギラギラと光らせ、シュータの顔を睨みつけた。
「シュータ! 貴様、他人の愛しい娘に向かって、何を言っておるのだッ! し、しかも、実の父親の目の前でッ!」
「……んだよ、魔王。何キレてやがるんだよ、ヘタレのテメエらしくもねえ」
「ええいっ! これがキレずにいられるかぁッ!」
白け顔のシュータに、ギャレマスはますます顔を紅潮させながら声を荒げる。
「仮にも勇者の名を冠する者が、まるで色事師の如き二枚舌で、年頃の娘を誑かそうとしおって! し、しかも、実の父親の前で……! 到底看過する事など出来ぬわ!」
「ぷっ! い……色事師ですって? シュータ殿が?」
ギャレマスの言葉を聞いて、思わず吹き出したのはエラルティスだった。
彼女は、口元を押さえて笑いをこらえながら、呆れ顔で言う。
「日頃イキってるくせに、いざ女の子とふたりっきりになったら、火竜の鱗みたいに顔真っ赤にして、まるで銅像みたいに固まっちゃう童て……未使用品なシュータ殿を、よりにもよって色事師ですって?」
そう早口で捲し立てると、遂に耐え切れない様子で、腹を抱えて笑い出した。
「う、うふふふッ! お、お腹痛いぃ! あ……あんまり笑わせないで下さいまし。プフフフフフッ!」
「……オイ! 笑い過ぎだぞ、エラルティス!」
「あら。それはごめんあそばせ、勇者シュータ殿。……ぷぷ」
「……」
自分の怒声に、上っ面だけの謝罪を述べてから、背を向けて肩を震わせているエラルティスの事をギロリと睨みつけたシュータだったが、それ以上は何も言わず、その代わりにギャレマスに目を向ける。
「……おい、親バカ魔王。テメエ、何勘違いしてるんだよ」
シュータは、そう言って小さく溜息を吐くと、眉間に皺を寄せながら言葉を継いだ。
「俺は、別にテメエの娘をどうこうしようっていうんじゃねえんだ。さっき伝えた通り、この照り焼きバーガーが毎日食いたいから、サリアの事を――」
「貴様ぁッ! 何、人の娘の事を気安く呼び捨てにしておるのだッ! まったく、ふしだら……あだっ!」
「……何で、名前を呼び捨てにしただけで、ふしだら扱いされなきゃいけねえんだよ、このクソ親バカ野郎が」
即座に中空に描き出した紅い魔法陣を手で払って消しながら、シュータは憮然とした表情を浮かべる。
そして、魔法陣から飛び出した鉄球が眉間に直撃し、その激痛に悶えるギャレマスをギロリと睨みつけた。
「だから、勘違いだっつってんだろうが。俺は別に、テメエの娘なんかに……」
そう言いかけたシュータだったが、ふと魔王の横に佇むサリアの顔をチラリと見ると、ふと口を噤むと、改めて彼女の顔をまじまじと見返した。
そして、
「……まあ」
キョトンとしているサリアの顔の後に、ついでとばかりに胸の辺りも一瞥したシュータは、微かに頬を染め、明後日の方向に目を向けながら呟く。
「そうだな……、別に嫌いな顔だって訳でもないし……そういう対象に見ようと思えば、思えなくも無いというか……」
「え……?」
「あ、あくまでも、仮の話だ仮の話っ!」
何気なく漏らした独り言を、目を丸くしたサリアに聞き留められたシュータは、慌てて首をブンブンと横に振った。
だが、そんな彼の反応に危険を察知したスウィッシュは、彼女をシュータの目から庇うように、その前に立ち塞がる。
そして、油断の無い光を宿した紫色の瞳でシュータを睨みつけながら、背後のサリアに向けて声をかけた。
「いけません、サリア様! あのいやらしい視線の前に御身を晒しては! 汚されてしまいますッ!」
「おい、氷女! 他人の事を病原菌みたいに言うんじゃねえよッ!」
「大差ないわよ! 今、サリア様のどこを見たのよ、アナタッ!」
「う……」
スウィッシュの鋭い指摘に、シュータは気まずげに表情を歪め、目を逸らす。
すると、スウィッシュが顔色を青ざめさせ、自分の胸元を腕で隠した。
「きゃ、キャッ! アナタ、あたしの胸も見ようとしたでしょ、このドスケベ勇者!」
「え? いや、お前のは別に……」
「はあああああっ?」
シュータの言葉に、たちまちスウィッシュの眉が急角度で吊り上がる。
「ちょっと! それってどういう意味よ!」
「あ? 別に深い意味はねえよ。何必死になって――」
「見ようと思っても見れなかったんですよねぇ~、シュータ殿?」
シュータの言葉の途中で口を挟んできたのはエラルティスだった。
彼女は、皮肉げな薄笑みを浮かべながら、スウィッシュの胸を指さす。
「だって、無いものは見えませんものねぇ~」
「こっ……このぉッ!」
「止めなよ、エラリィ~……」
嫌味たらしくせせら笑うエラルティスの事を呆れ顔で窘めたのは、ジェレミィアだった。
彼女は、エラルティスの肩を押して後ろに下げると、代わりに前に出て深々と頭を下げた。
「ゴメンね。ウチのエラリィ、聖女のクセにちょっと口が悪くて、いっつも他人の事を怒らせちゃうんだよねぇ。ここは、アタシに免じて勘弁してやって」
「まあッ! 誰の口が悪いですって! わらわよりも少~し胸が豊かだからって、偉そうな口を叩かないで下さいません? この狼女めッ!」
「……だから、そういうところだってば」
と、呆れ交じりの溜息を吐き、大げさに肩を竦めたジェレミィアは、憮然としているスウィッシュの背後に隠れた赤毛の少女に向けて声をかける。
「あのさ、サッちゃん。シュータはああ言ってるけど、決めるのはサッちゃん自身だからね」
そう言ったジェレミィアは、照れくさげに微笑みながら小首を傾げた。
「まあ……正直なところ、アタシは毎日この料理が食べられるんだったら、是非ともアタシたちの仲間になってほしいトコなんだけどさ」
「ミィちゃん……」
「それに……」
と、ジェレミィアは、ふっと表情を翳らせてから、言葉を継ぐ。
「ぶっちゃけ、せっかく友達になったんだから、もう敵としてサッちゃんと戦いたくないし、さ……」
「あ……」
小声で紡がれたジェレミアの言葉に、サリアの表情も曇った――。




