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姫と料理と味付け

 ギャレマスとスウィッシュが、アルトゥーに向けて深々と頭を下げている最中、


「あれ? 一部余ったな……?」


 シュータが、自分の手元に残った一束の小冊子に目を落として、怪訝な声を上げる。

 だが、


「あ、そっか……あの赤毛っ娘の分か……」


 すぐにそう独り言ちたシュータは、まだ自分の部下であるアルトゥーに向けてペコペコと頭を下げている魔王に向けて声をかけた。


「――おい、魔王!」

「む? よ、余か?」

「この部屋の中で、他に魔王が居るのかよ、クソボケ魔王!」


 突然呼ばれて、目をパチクリさせているギャレマスを怒鳴りつけると、シュータは余った小冊子をヒラヒラとさせながら問いかける。


「テメエの娘は、まだ来ねえのかよ?」

「娘……ああ、サリアの事か」

「下の厨房借りて、何か作ってるんだっけか?」

「う、うむ。そうだが……なぜそれを知っておるのだ?」

「一階のロビーで、酔っ払いから聞いた」

「酔っ払い……? あぁ、チョーケス殿の事か」


 そう言うと、ギャレマスは大きく頷き、にんまりと締まりのない笑みを浮かべた。


「心根の優しいサリアは、お主らが腹を空かせてやって来るだろうと予想して、自ら作った手料理を振る舞ってやるつもりなのだ。そろそろ出来上がる頃合いではないかな?」

「へぇ~、アタシらに!」


 ギャレマスの答えに目を輝かせたのは、ジェレミィアだった。

 彼女は、耳と尻尾をピョコピョコと動かしながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「それは楽しみだなぁ~。何を作ってくれるんだろ?」

「多分、『手軽に食べれるようなもの』って言っておったから、アレだろうな……」

「ええ……恐らくは……」


 ギャレマスとスウィッシュは顔を見合わせて、苦笑交じりの顔をして頷き合う。

 そんなふたりの様子を見て、ジェレミィアは興味を引かれた様子で身を乗り出した。


「ねえ、アレって何? どんな料理?」

「まあ……厳密な意味での“料理”とは、少し違うのかもしれぬが……」


 目を輝かせながら尋ねるジェレミィアに、少し困ったような表情を浮かべながら、ギャレマスは答える。


「サリアが考えたオリジナル料理だ。確か、名前は……」

「“肉餅挟み込みパン”ですね」


 ギャレマスの言葉を補うスウィッシュ。

 彼女は、手振りを交えながら、その聞き慣れぬ名前の“料理”の説明を試みる。


「挽き肉と野菜と卵を混ぜて丸めて焼いたものを、二つに切ったパンの間に挟んで食べるもので……。ナイフやフォークが無くても食べられる、手軽な食べ物よ」

「へぇ……あんまり見た事の無い食べ方だねー」


 スウィッシュの説明を聞いたジェレミィアは、感心したように目を見開いた。


「それを、魔王の娘さんが考えたんだ?」

「ええ。確かに、片手でも食べられるから、忙しい時とかには最適よ。……でも」


 スウィッシュは、そこで一瞬言い淀むと、微かな苦笑いを浮かべる。


「正直言うと……ちょっと味が濃すぎる感じがして……」

「うむ……け、決して不味くはないのだが……食べると舌がピリピリするというか……」

「うげ……」


 スウィッシュとギャレマスの言葉に、エラルティスは思わず顔を顰めた。


「じゃ、じゃあ、わらわは遠慮しておきますわ。わらわのデリケートな味覚が狂ってしまいそうですし……。ジェレミィア、あなたが食べてしまって宜しくてよ」

「え、マジ? いいの?」


 エラルティスの言葉を聞いたジェレミィアの表情がパアッと輝く。


「やったぁ! 後で『やっぱり食べる』って言い出しても返さないからな!」

「言いませんよ、そんな事。……まあ、バカ舌なあなたには、魔族が作った味の濃い田舎料理くらいでちょうどいいのかもしれませんわねぇ」

「ちょっと! サリア様がお作りになる料理を、言うに事欠いて『田舎料理』ですってッ? 訂正なさい、この食わず嫌い聖女!」


 エラルティスの無礼な物言いに、こめかみに青筋を浮かべながら抗議するスウィッシュ。


「ええい、よさんかスウィッシュ!」


 そんな彼女を慌てて押し止めるギャレマスだったが、チラリと視界の端に入ったものが気になった。


「……おい、どうしたのだ、シュータ? 何やら、難しい顔をして考え込んでいるようだが?」

「……え? あ、いや――何でもねえよ」


 ギャレマスがかけた声で我に返った様子のシュータは、慌てて首を横に振ると、気を取り直すように息を吐く。

 そして、


「……まあいい。取り敢えず、アイツ抜きで始めちまおう」


 と言うと、彼は手に持っていた小冊子を示すように掲げ、四人の顔を順に見回しながら言った。


「じゃあ、早速一ページ目を開いてくれ」

「い、一ページ目……?」


 シュータの言葉に戸惑いの表情を浮かべるアルトゥー。

 彼は、小冊子の一番上に書かれた文字を、目を眇めつつ見ながら首を傾げる。


「……というか、そもそも、この紙は一体何なんだ?」

「あぁ?」


 アルトゥーの問いかけに、シュータは不機嫌そうに眉を顰めた。


「んなの、それを見たら一目瞭然だろうが」

「い、いや……見ても全然解らないから訊いてるんだが……」


 さも当然そうに言い放つシュータに当惑しながら、アルトゥーは更に首を捻る。


「いかんせん、字が……その……汚すぎて読み辛い……」

「んだと? テメエの学が無えのを棚に上げてんじゃねえよ! 俺の達筆な字が読めねえはずがねえだろうが、アァッ?」

「いや……あたしも読めないんだけど」


 不機嫌そうな声を出したシュータの事をジト目で睨みながら、スウィッシュもアルトゥーに同意する。

 そして、更なる同意を求めようと、傍らのギャレマスに顔を向けた。


「――ですよね? 陛下も、そうお思いになりますよね?」

「……いや」

「え……?」


 予想に反して、ギャレマスが首を横に振った事に、スウィッシュは戸惑いの表情を浮かべる。


「ええと……『いや』って、ひょっとして読めるんですか? こんな、逆立ちしながら左足で書いたような文字が……?」

「って、オイ! さすがに比喩がひどすぎねえか?」


 スウィッシュの言葉に、思わず声を荒げるシュータ。

 ――と、


「……うむ」


 ギャレマスが小さく頷いた。

 その仕草を見てショックを受けるスウィッシュ。


「え……? そ、そんな……。へ、陛下が、あたしじゃなくてシュータの肩を持つなんて……」

「あ! い、いや! そ、そっちではないぞ!」


 ショックで泣き出しそうな顔をするスウィッシュに向け、ギャレマスは狼狽しながら首を横に振った。


「よ、余が頷いたのは、お主の言葉の方だ」

「あたしの……『この紙に書いてある字が読めるんですか?』って事に……って事ですか?」

「ああ……」


 スウィッシュの問いに対し、ギャレマスは苦い顔をしながら頷くと、紙の上に書かれた文字らしきものを指さしながら、「これは、こう書いてあるのだ」と言ってから、ゆっくりと読み上げた。


「……“()()・『空を見ろ! アレは鳥か? ドラゴンか? いいや、クソ魔王だ! ~第一回・チキチキ! 最強最高の勇者シュータと愉快な仲間たちによるエルフ救出大作戦!』決定稿”――と、な」

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