作戦と決行日と理由
「さて……蒼髪の姐ちゃんが勇者の若造の参加に納得したところで、やっと本題に入れるのう」
そう言うと、ヴァートスは顎髭を手で撫でつけながらギャレマスの顔を見た。
「――して、ギャレの字よ。肝心の“エルフ族解放作戦”の具体的な計画内容は固まっておるのか?」
「あ……うむ」
シュータに蹴り上げられた尻を痛そうに擦りながら、ギャレマスは頷いた。
「まあ、シュータが力を貸してくれるというので、当初のものから練り直す必要はあるだろうが……取り敢えず、作戦の決行日は決めておる」
「ほう……それはいつじゃな?」
「今日から六日後――つまり」
「って、オイ! その日は『“伝説の四勇士”第二期メンバー発掘プロジェクト』の開催日じゃねえか!」
ギャレマスの言葉に、上ずった声を上げたのはシュータだった。
そんな彼に、ギャレマスはこくりと頷く。
「左様」
「左様って……。何で、よりによって、そんな日に――?」
「ふむ。なるほど、そういう狙いか」
当惑するシュータとは対照的に、ハッとした表情を浮かべながら低く唸ったのは、ヴァートスだった。
彼は、ギャレマスに向けてニヤリと微笑いかけながら確認するように言葉を継ぐ。
「つまり、大きなイベントが開催され、周辺地域の関心と警備の目がアヴァーシに集まる事を利用しようというのじゃな?」
「そういう事だ」
ギャレマスは、ヴァートスに向けて笑い返しながら答えた。
それを聞いたスウィッシュも、ハッとした表情を浮かべ、「あ、そうか……!」と声を上げる。
「アヴァーシに注目が集まるのと反比例してエルフ族の収容所への警戒は緩むだろうから、その隙を衝いて、一気にエルフ族を収容所から連れ出しちゃおうっていう……」
「まあ、そう簡単にはいかぬだろうから、色々と策を弄するつもりではあるが。――たとえば、イベント会場に現れた余が、適当に暴れ回って人間族たちの気を引いてみたり、な」
そう言うと、ギャレマスはシュータの顔を見てニヤリと笑う。
「……その際の不確定要素は、他ならぬ勇者シュータたちの存在だったのだが、こちら側に協力してもらえるのだったら、その不確定要素は考慮せずに済む。そうだな、シュータ?」
「……言っておくが、さすがに表立ってテメエに協力する事は出来ねえぞ」
ギャレマスに話の主導権を握られている事が面白くない様子のシュータは、憮然とした顔で頭を振った。
「一応、人間族側の立場だっていう体面もあるからな。テメエらと一緒になって人間族兵と戦ったりするのは論外だし、テメエが暴れ回っているのに、すぐ近くにいる俺が見て見ぬフリをするなんていう訳にもいかねえぞ」
「ああ、それなら大丈夫だ。――むしろ、お主には逆の事をしてもらいたい」
「……逆の事? それって一体――」
ギャレマスの言葉に訝しげな表情を浮かべ、首を傾げかけたシュータだったが、その発言の意味するところを悟り、目を大きく見開いた。
「おまっ……! それはつまり、俺にテメエと戦えと――」
「正確には、『戦うフリをしろ』だな」
そう答えたギャレマスは、含み笑いを浮かべる。
「あらかじめ、余とお主が口裏を合わせて……いや、こういう場合は“手裏を合わせて”と言った方が相応しいのだったかな――まあ、そんな感じで、さも魔王と勇者が本気で戦い合っているように見せて、周辺の人間族の注目を集めるのだ」
「それは――!」
「そういう小芝居は得意だろう? 余とお主は」
「……」
ほくそ笑むギャレマスに意味深な視線を向けられたシュータは、憮然とした顔で押し黙る。
と、
「そういえば……」
目をパチクリさせながら、周囲を見回したサリアが声を上げた。
「あなた以外の“伝説の四勇士”は居ないんですか? ほら……あの狼獣人さんと、人間族の女の人……」
「ああ……あのエセ聖女……」
サリアの言葉に、かつて王宮で顔を合わせて激しく戦った翠髪の人間族の高慢ちきな顔を思い出し、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるスウィッシュ。
彼女はサリアと同じように首を傾げた。
「そう言われれば……確かに居ないみたいですね?」
「あのふたりなら、ここには来てねえよ」
スウィッシュの声に、不機嫌を露わにした顔でシュータが答える。
「ジェレミィアは今頃、大食いチャレンジ企画をやってる飯屋をハシゴして回ってるはずだ。もう、ほとんどの飯屋が、アイツに食材を食い尽くされて店じまいしてるだろうぜ」
「もうひとりの……あのエセ聖女は?」
「……エラルティスは、俺が誘う前に、さっさとアヴァーシの繁華街へ出かけていったよ。当然のように俺の財布を勝手に持ち出してな……」
「あ……」
シュータの言葉に、色々と察するギャレマス。
そんな彼の顔を無言で睨みつけたシュータは、大きく息を吐くながら肩を竦めた。
「まあ……あのふたりにも、今回の協力の話は伝えておくさ」
「お……おう、頼む」
自分に向けられたシュータの目に、「これ以上深く突っ込むな」という強い拒絶の意志を感じ取ったギャレマスは、大きく咳払いをすると話題を変える。
「え~……という事で、人間族たちの目を逸らすのは、余とシュータに任せておけ。――で、その間、収容所の方は一任してしまって大丈夫か、ヴァートス殿?」
「ヒョッヒョッヒョッ! モチのロンじゃ!」
ギャレマスの言葉に、ヴァートスは高笑いで応えた。
「さっき風呂場でも言うたが、ファミィさんの頑張りのおかげで、エルフ族全員の説得がそろそろ終わりそうじゃからな。当日になったらすぐに動けるように、エルフたちに今の内から準備をさせておくわい」
「そうか……。だが、くれぐれも油断なされるなよ」
と、ギャレマスは、表情を引き締めながら言う。
「余たちが注意を引きつける事で手薄になるだろうとはいえ、エルフ族の全員を人間族の警備兵の手から守りつつ、無事に収容所から脱出させるのは、容易な事ではないだろうからな……」
「ヒョッヒョッヒョッ! なーに、何とかなるわい」
ヴァートスは、ギャレマスの懸念を笑い飛ばすと、それまでずっと押し黙っていた男の顔を見て笑いかけた。
「まあ、より安全に目的を達成する為に、そこの根暗な兄ちゃんをこっちに貸してくれれば助かる。こやつの影の薄さは、脱出の時に頗る役に立ちそうじゃ」
「あ……いや」
急に話を振られたアルトゥーは、戸惑いながら首を横に振った。
「さ……さすがの己でも、今回と同じように、何千人もいるエルフ族を気付かれずに連れてい――」
「わぁっ?」
「ひゃあっ!」
彼が口を開いた瞬間、サリアとスウィッシュが素っ頓狂な悲鳴を上げた。
その声に、アルトゥーは訝しげな表情を浮かべる。
「……何だ、ふたりとも? 何を驚いて――」
「あ、アルくんッ? ビックリしたぁ……! 心臓が止まるかと思ったよ~」
「あ……アルッ? ちょっとアンタ、いきなり出てこないでよ、まったく!」
キョトンとした顔をしているアルトゥーに苦笑いを向けるサリアと、驚いた反動で逆上しながら文句を言うスウィッシュ。
「い、いや。己は、ずっとここに座っていたんだが……」
影が薄くて気付かれなかっただけで、別に何をした訳でも無いのに、一方的に驚かれて一方的に責められてしまう、哀れなアルトゥー。
――と、その肩に、ポンと手が乗せられた。
振り返ると、シュータが彼に向けて親指を立てながら、ぎこちない笑みを浮かべていた。
「勇者――?」
「分かるぜ、今のお前の気持ち……。かつて陰キャだった俺にはな」
「……」
「まあ、気を落とすな。そのうち絶対にいい事もあるはずだぜ!」
「……」
宿敵であるシュータに気遣われた上、慰めの言葉までかけられてしまったアルトゥーは、複雑な気分に戸惑いながら、何とも言えない表情を浮かべるのであった……。




