魔王と説得と答え
「――と、いう訳だ」
シュータに全てを話し終えたギャレマスは、グラスを手に取って、緊張でカラカラになった喉と舌を潤した。
一方のシュータは、顎に手を当てたままで、ギャレマスの説明を黙って聞いていたが、小さな溜息を吐いて「なるほどね……」と呟くと、皿に盛られた骨付き肉のローストを手に取り、豪快に齧りついた。
そして、噛み切った肉をクチャクチャと耳障りな音を立てながら咀嚼し、ゴクリと飲み込むと、食べ終わった骨の切れ端でギャレマスの事を指しながら口を開く。
「つまり……ファミィの奴は、自分のせいで収容所に集められて、イワサミド鉱山の採掘に駆り出されそうになっているエルフ族の解放をしたいと、テメエに泣きついてきたって訳か」
「うむ……そうだ」
「――それで魔王は、そんなファミィの望みを叶える為に自らアヴァーシまで出張って、エルフ族を解放した上で、奴らを魔王国まで連れていってやろうとしている、と……」
「そ、そうなのだ!」
ギャレマスは、胡乱げな表情を浮かべるシュータに向けて、何度も大きく頷いた。
シュータは、ジロリと魔王の顔を見ると、無言で手についた脂を舐め取ると小さく息を吐く。
そして、手に持っていた骨をデコピンの要領でギャレマスの眉間目がけて飛ばした。
「あ痛ぁッ!」
「お前さあ……」
凄まじい加速がついた骨の直撃を受けた額を押さえて悶絶するギャレマスに、冷ややかな視線を向けたシュータは、大きな溜息を吐きながら肩を竦める。
「このクソ魔王……」
「な……何でしょ……い、いや、何だ?」
「テメエさぁ……魔王としての自覚とか、ある?」
「……ハイ?」
「『ハイ?』じゃねえよ。質問を疑問形で返すなアホ」
涙の滲んだ目を大きく見開いて、キョトンとした表情を浮かべるギャレマスを、シュータは呆れと苛立ちが混ざった目で睨みつけた。
「お前は、『悪の魔王』なんだぜ。それが何だよ。ファミィに頼まれて、苦しい立場にあるエルフ族を救う為に、自ら敵領に潜入してきた? それじゃまるで……正義の味方だろうが。テメエの本来の立場と真逆じゃねえかよ、アァ?」
「あ、いや……」
シュータからの責めるような言葉にたじろぎつつ、ギャレマスは首を傾げる。
「た……確かに、余は真誓魔王国の――魔族の王だが……別に、『悪の魔王』のつもりは無いのだが?」
「は? 意味分かんねえよ」
「いや……だから……」
ギャレマスは、不機嫌そうに訊き返すシュータの顔をじっと見据えると、静かな声で言う。
「余は別に、自分を“悪”だとは思っておらぬ。あくまで余は、我が真誓魔王国とその民たちの安寧と繁栄の為に最善を尽くそうとしているだけだ。それがお主ら人間族側にとっては“悪行”と見えるのかもしれぬが、余自身としては、れっきとした“正義”の行いだ」
「はぁ? テメエが正義? んな訳ねえだろうが!」
シュータは、ギャレマスの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「魔王は悪の権化で、勇者は正義の味方! コイツは、ラノベやゲームやアニメ……いや、ずっと昔のおとぎ話の頃から変わらない“テンプレ”ってヤツなんだよ!」
「て……てんぷれ?」
「あーっ、『テンプレ』が分からねえか! ――要するに、“常識”とか“不文律”とか“定番”とか、そういう意味だよ! 言葉は知らなくても、何となく会話の流れで解るだろうがメンドくせえ!」
「そ、そんな事、解るかい……」
シュータから理不尽な叱責を受けて、思わず憮然とするギャレマスだったが、気を取り直すようにゴホンと咳払いをすると、シュータに向けて再び口を開く。
「と――とにかく、これでこちらの事情は把握したな、シュータよ?」
「ん? ああ……まあな」
問いかけにコクンと頷くシュータを見たギャレマスは、傍らのグラスを手に取り、緊張で乾いた喉を発泡酒を一飲みして湿らせると、遂に本題を切り出した。
「それでだ……“伝説の四勇士”勇者シュータよ。お主の事を見込んで、余からひとつ頼みたい事がある」
「あぁ? 何だよ?」
「……お主も、余の“エルフ族解放作戦”に協力してくれぬか?」
「――は?」
ギャレマスの“頼み事”を聞いたシュータは、唖然とした様子で口をあんぐりと開ける。
だが、すぐに眉根を寄せた険しい顔になって、ギャレマスの顔を睨みつけた。
「テメエ……馬鹿か? 勇者の俺に、悪の魔王の仲間になれっていうのかよ!」
「あ、いや! な、仲間になれというのではない!」
反発するシュータを抑えるように掌を立てながら、ギャレマスは首を激しく左右に振った。
とはいえ、今のシュータの反応は想定済みだ。
彼は、シュータの顔を正面から見返すと、キッパリと言う。
「あくまで今回だけだ。今回の作戦に限って、余に協力してほしいのだ」
「だから、何で勇者の俺様が――」
「だから……今回は、“勇者”“魔王”という各々の立場は脇に置き、共通の親しき知人であるファミィと、彼女の同胞であるエルフ族の苦境を救う為に手を結ぼう――そう申しておるのだ!」
「……ファミィとエルフ族の為――?」
「そうだ!」
シュータが僅かに表情を変えたのを見たギャレマスが、ここが正念場と大きく頷いた。
「いかにお主といえど、共に戦ったかけがえのない仲間であるファミィの苦境を見逃せるほど薄情でもあるまい!」
「……」
「ならば――ここはひとつ、互いの立場を忘れて、共に力を合わせて彼女に力になろうではないか? お主と余が力を尽くせば、きっと作戦は上手くいく。もちろん、魔王国領に移ったエルフ族の身分と生活は、真誓魔王国国王たる余――イラ・ギャレマスが、名誉に賭けて保障しよう」
そう言うと、彼は椅子から立ち上がり、黙りこくるシュータの背後に立つと、その耳元で囁く。
「……というか、今までさんざんお主の魔王討伐のシナリオに付き合ってやったのだから、今回くらい余に協力してくれても良いと思うが? それに……今回は、他ならぬお主の仲間の為でもあるのだし……」
「……むさ苦しい顔を近付けてるんじゃねえよ!」
「ぶフッ!」
不意にシュータが放った裏拳を鼻頭に食らったギャレマスは、鼻血を噴き出しながら仰け反った。
だが、ギャレマスは顔色を変えて、懐に隠し持った飛刀を取り出そうとするアルトゥーを手で制すると、手の甲で鼻血を拭きながらシュータに尋ねる。
「……で、どうなのだ? 余に協力してもらえぬか、“正義の味方”勇者シュータよ?」
「……分かったよ」
「おお! 分かってくれたか――」
「早とちりすんな。俺が『分かった』って言ったのは、テメエの“頼み事”がどういう内容なのかって事に対してだ」
そう言うと、シュータはグラスを手に持ち、中に入っていた木苺のジュースを一気に飲み干した。
そして、椅子に座ったまま頭を巡らし、鼻を押さえて立っているギャレマスの事を見上げながら言葉を継ぐ。
「どうやら、テメエは本気のようだな。それに、ファミィの奴とエルフ族が直面している“苦境”ってヤツも、大体分かった」
「おお……!」
シュータの言葉を聞いたギャレマスは、思わず顔を綻ばせた。
「では、お主も――!」
「ああ」
シュータは、期待で顔を上気させるギャレマスに向かってニヤリと笑いかけると、
「――だが、断る」
と、親指で首を掻っ切る仕草をしながら、実にあっさりと言い放ったのだった。




