エルフと生存と事情
「ちょ……ちょっと待て、クソジジイ!」
一瞬、唖然とした表情を浮かべてフリーズしたシュータは、ハッと我に返るや、血相を変えて発言主のヴァートスに詰め寄る。
「い、今、何て言った? 何でテメエの口からファミィの名前が、まるで知り合いみたいに気安く出てくるんだよ?」
「そりゃ、『知り合いみたく』じゃなく、実際に知り合いじゃからのう」
目を血走らせて尋ねるシュータを前にしても、ヴァートスは全くたじろぐ様子を見せずに、ケロリとした顔で答えた。
「いや、知り合いどころじゃないわい。何せ、今のワシとファミィさんは、互いに『まいだーりん』『まいはにー』と呼び合うほどの理無い仲じゃからのう。ヒョッヒョッヒョッ!」
「ファ――ッ?」
ヴァートスの発言に驚愕して、思わず口をあんぐりと開けるシュータ。
彼は、ブンブンと首を大きく横に振ると、強い口調で叫んだ。
「そ……そんな事、ある訳ねえだろ! あのプライドがクソ高くて、俺がどんなにアプローチしても塩対応し続けてたファミィが、こんな棺桶に片足突っ込んだクソジジイと……!」
「ヒョッヒョッヒョッ! そりゃもちろん、ワシの溢れ出る男の色気にすっかり魅了されたからに決まっておるわい!」
そんな彼に追い討ちをかけるように、愉快そうな高笑いを上げながら、わざとらしく胸を張ってみせるヴァートス。
……まあ、実際のところは、エルフ族の収容所に夫婦として潜伏していて、周囲を欺く為に互いをそう呼び合っているに過ぎないのだが、ヴァートスはシュータの反応が面白くて、ついつい悪ノリしてしまっていたのだ。
一方のシュータは、ヴァートスの軽口にすっかり騙された様子で、「で……デタラメ抜かしてるんじゃねえよ!」と、すっかり狼狽した様子。
「あ、あのファミィが……っていうか――」
シュータは、そこまで言いかけたところでハッとした表情を浮かべると、
「いや、それ以前に……アイツがクソ魔王とつるんでる訳ねえだろが!」
目を血走らせながらギャレマスの事を睨みつけ、千切れんばかりの勢いで大きく頭を振った。
「だ、だって、そもそもアイツ……ファミィは、クソ魔王とつるむも何も、この前のヴァンゲリンの丘の噴火に巻き込まれて死んだんだぞ?」
「あー、それなのだが……」
と、興奮して捲し立てるシュータに向けて、バツが悪そうに手を挙げたのはギャレマスだった。
彼は、僅かに逡巡しながら、首を横に振りながら言った。
「……実はな、ファミィは生きておるのだ。確かに危ういところであったが、すんでのところで余が助け出したのだ」
「な……?」
「とはいえ、浅からぬ傷を負っていたゆえ、魔王国の我が王宮で傷の治療をしてやっておってな。その後、無事に回復したら人間族領に帰してやろうと思っておったのだが……」
そう言うと、ギャレマスはシュータにジト目を向ける。
「……何か、人間族領の方では、既にファミィが死んだ事になっていて、それに伴って勇者シュータが『“伝説の四勇士”新規メンバー募集オーディション』とやらを開催しておるという情報が流れてきてな――」
「あっ……」
ギャレマスの言葉を聞いた瞬間、シュータは口を半開きにして、気まずげに目を逸らした。
「そ……それでファミィは、生きて人間族領に帰るのが気まずくなったから、テメエらと一緒にいたって事なのか……?」
「まあ――それも一因ではあるが……」
ギャレマスはそう言うと、軽く目を閉じて、少しの間考え込んだ。
そして、小さく頷くとゆっくりと目を開き、静かな声で言葉を紡ぐ。
「――だが、それ以上に、もっと深刻な事情もあったのだ。ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエール個人に留まらない、重い事情がな……」
「お――おい、王よ!」
慌てた様子でギャレマスの言葉を遮ったのは、アルトゥーだった。
彼はシュータの顔を一瞥すると、眉間に皺を寄せてギャレマスに耳打ちする。
「――一体、何を言おうとしている? あいつは……勇者シュータは、人間族側の人間だ。そんな奴に、これ以上己たちの事情を話す事は危険ではないか? 十中八九、例の作戦の事を気取られてしまうぞ……」
「ふむ、確かにな……」
アルトゥーの囁きに小さく頷いたギャレマスだったが、「だが――」と言葉を継いだ。
「この状況では、どう言い繕おうとしても、遅かれ早かれ我らの目的が見破られてしまうであろう。魔王が、敵領であるアヴァーシに居る理由を『湯治に来た』の一点張りで押し通すのも、そろそろ苦しいしな……」
「ま、まあ……それは確かに……」
「ならば、いっその事、全てを明らかにした上で、シュータをこちら側に引き入れてしまおうと思ってな」
「な――んだ……と?」
思いもかけぬギャレマスの言葉に驚き、アルトゥーは目を大きく見開く。
そんな彼に言い含めるように、ギャレマスは言葉を継いだ。
「……いかに勇者シュータが品性下劣なド外道であったとしても、木の股から生まれたのでなければ、多少なりとも情というものを持っていよう。あやつとて、かけがえのない仲間の苦境と、その願いを知れば、少しは心を動かされるに違いない……きっと動かされると思う……多分、動くのではないかな……動けばいいな……」
「いや……だんだん自信が無くなってきているではないか……」
断定から推定、そして終いにはただの希望へと、どんどん言葉の勢いがスケールダウンしていくギャレマスに、思わずアルトゥーは心配顔になる。
と、その時、
「おい! いつまでコソコソ話してんだよテメエら!」
テーブルを挟んだ向こう側で密談するふたりに向けて、シュータが苛立った声をぶつけてきた。
「こっちは、テメエの話の続きを大人しく待ってやってるんだ! さっさと『重い事情』とやらを俺に説明しやがれ! さもねえと、今すぐテメエら全員を十分の九殺しにしてやんぞ!」
「お、おう、分かった分かった。い――今説明するから、その物騒な魔法陣を展開するのを止めよ!」
右掌を中空に掲げ、紅い魔法陣を創成し始めたシュータの事を慌てて制したギャレマスは、小さく息を吐くと覚悟を決めた。
彼はゴホンと咳払いをひとつして姿勢を正すと、眉間に深い皺を寄せたシュータに向けて訥々と語り出す。
「で、では、説明しよう。お主の仲間であった“伝説の四勇士”ファミィが、何故に余たちと行動を共にしておるのか……そして、そもそも何故に余がこのアヴァーシの地に居るのか――その理由を、な」




