転生者と転移者と魔王
「い……異世界……転生? じ、ジジイ、テメエが……?」
ヴァートスの言葉を聞いたシュータは、愕然とした表情を浮かべる。
そんなシュータの表情を見ながら、ヴァートスは愉快そうな笑い声を上げた。
「ヒョッヒョッヒョッ! どうじゃ、たまげたじゃろう? そのリアクションだと、異世界転生者と会ったのは初めてか?」
「あ……ああ」
呆然としつつ、シュータはコクンと頷く。
「……過去に異世界転移者が存在してたっていうのは、昔話や伝承が残ってて知ってたけどよ。異世界転生者まで存在しているとは、今の今まで知らなかったぜ……」
「ヒョッヒョッヒョッ! まあ、そうかもしれんのう。転生者は、転移者と違って、外見や名前は現地人と変わらんからのう。ワシのように」
そう言いながら、ヴァートスは自分の尖った耳を撫でた。
「ぶっちゃけ、“前世”を思い出す事も無く、自分が異世界転生者だと知らぬまま、死ぬまで過ごす奴も多いんじゃ。あとは、よぼよぼのジジババになってから“覚醒”して、な~んにも出来ずに死んだりの。ワシは、ガキの頃に“覚醒”できたから良かったが」
「か……覚醒? それはつまり……過去の、“ニホン”とやらで生きていた記憶を思い出すという事か?」
「そうそう。現地人の割に、意外と理解するのが早いではないか、ギャレの字よ」
戸惑いながらのギャレマスの問いかけに、満足げに頷くヴァートス。
ヴァートスの答えを聞いたギャレマスは顔色を変え、慌てて彼から距離を取った。
「じゃ、じゃあ……ご老体も、シュータと同様に余の命を奪うという、神からの使命を……?」
「いやいや! そう警戒するな。ワシャ違うぞい!」
ヴァートスは苦笑しながら、顔を引き攣らせるギャレマスに向かって首を横に振ってみせる。
「ワシをこの世界に送り込んだのは、妖精王とやらでな。何でも、その妖精王が気まぐれで行なった『異世界転生チャレンジカップ』とかいう抽選イベントにワシの魂が当選したからと、10トントラックの“お迎え”を寄越してきおったらしいんじゃ」
「じゅっとんとらっく? お迎え?」
「まあ、自動車を知らんお主にも分かるように言えば、馬無しで動く鉄の荷馬車みたいなもんじゃ。質量は段違いじゃがな。――んで、お迎えっちゅうのは、分かりやすく言えば『轢き殺された』って事じゃな」
そう言うと、老人は「痛かったぞ~」と顔を綻ばせた。
「そ……それは、その……ご愁傷様と言うべきか、何というか……」
楽しげに悲惨な自身の体験を語るヴァートスに対し何と反応すればいいのか分からず、取り敢えずお悔やみの言葉を述べるギャレマス。
そんな彼の反応にヒョッヒョッヒョッと笑いながら、ヴァートスは「まあ、それは措いておいて」と話を続ける。
「――その後、何かやたらと明るい白い光に包まれた部屋で目覚めたワシは、そこに居た妖精王から、色々な説明を受けたんじゃ。じゃが、その時は別に『何々をしろ』みたいな具体的な指示は受けなかったのう」
「そ……そうなのか……」
ギャレマスは、ヴァートスの言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
一方のヴァートスは、更に言葉を継ぐ。
「チュートリアルが終わってから、ワシは妖精王によって、こっちの世界のエルフの受精した卵子に魂ごと詰め込まれた。そして、この世界の母親の腹の中ですくすくと育ち、晴れてこの世界に誕生したという訳じゃ」
「し、しかし……そんな事が……本当にあるのか?」
と、訝しげに首を傾げるギャレマスの様子を見て、ヴァートスは不満げに口を尖らせると、シュータの事を指さして言った。
「何じゃ、ギャレの字。異世界転移者のこやつの言う事は信じるクセに、ワシの異世界転生の話は信じられんというのか?」
「あ、いや……ヴァートス殿の話を信じぬという訳では無いのだが……あまりにも突拍子もない話で、理解が追い付かないというか……」
「……まあ、確かにそうかもしれんのう。コッチも『異世界転生してきた』という事をお主らに示せるような確固たる証拠がある訳でも無いから、『信じるも信じないもあなた次第』っていう感じになってしまうからのう。――実際、“覚醒”しても、周りへの説明が煩わしくて、結局最後まで現地人のフリをしたまま死ぬ転生者もいるらしいしな」
「そうなのか……」
「――とはいえ、お主なら信じてくれるよのう、転移者の兄ちゃんや!」
「へっ?」
突然ヴァートスに話を振られたシュータは、不意を衝かれて驚いた表情を浮かべたが、すぐにコクンと頷いた。
「ま……まあ、日本の妖怪や10トントラックの事を知っていたりとか、話の端々から判断して、アンタが元日本人なのは間違いなさそうだ。――異世界転移だけじゃなくて、異世界転生も実在してたっていうのには、正直ビックリだぜ……」
「そ……そうなのか。お主がそう言うのなら、ヴァートス殿の言っている事は事実なのだろうな……ウム」
「ヒョッヒョッヒョッ! 素直で宜しい!」
ふたりの反応を見て、機嫌よく大笑したヴァートスは、空になったゴブレットに酒を注ごうとした。……だが、湯面にプカプカと浮かぶ空瓶を見て、持ち込んだ酒を飲み干してしまった事に気付くと、おもむろに立ち上がった。
「ちょうど酒も切れた事じゃし……続きの話は湯から上がってからにするとしようかの。お主も付き合え、転移勇者の兄ちゃんよ」
「は? な、何でだよ! 何で俺がテメエの話に付き合わなけりゃいけねえんだよ!」
「何じゃ、聞きたくないんか? 転生の詳しい話とか、日本の話とか」
「……ぐっ!」
ヴァートスの言葉に、返す言葉を詰まらせたシュータは、悔しげに頷いた。
「……クソッ、分かったよ!」
「ヒョッヒョッヒョッ! それで良い。人間、素直が一番じゃ」
「チッ! うっせえよ!」
上機嫌のヴァートスに向かって憎々しげに舌打ちしながら、シュータも立ち上がる。……両手で股間を隠しつつ。
「ホレ、ギャレの字。お主も上がれ」
「う……ウム。だ、だが……」
ヴァートスに促されたギャレマスだが、彼はシュータの顔を見ると逡巡した。
「しゅ、シュータもいっしょというのが、何というか……その……」
「何じゃ、魔王ともあろう者が、肝の小さい事を言いおって!」
ギャレマスの言葉に呆れ声を上げたヴァートスは、ギャレマスの背後を一瞥すると、「……というかのう」と続けた。
「……これ以上、湯に浸かっとったら、ネクラの兄ちゃん、茹で死にするぞい」
「……へ?」
ヴァートスの声を聞いて、一瞬キョトンとした表情を浮かべたギャレマスだったが、すぐにハッとして、慌てて背後を振り向く。
「――ア」
そして、目に入って来た光景を見るや、声を上ずらせて叫んだ。
「ア……アルトゥーッ?」
彼の背後では、すっかり存在を忘れられていたアルトゥーが、全身を茹でダコのように真っ赤にした変わり果てた姿に成りかけて、乳白色の湯にプカプカと浮いていたのだった……。




