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勇者と魔王と絶体絶命

 打ちのめされたアルトゥーの事を、勝ち誇った顔で見下していたシュータだったが、ふとその表情を禍々しく歪めると、ギャレマスの方へと目を向けた。


「……さて。無駄話はこのくらいにして――」

「……ッ!」


 シュータの押し殺した低い声を耳にしたギャレマスは、途端に顔を青ざめさせ、ブルリと身を震わせる。

 そんな魔王の様子に薄ら笑いを浮かべたシュータは、指をぽきぽきと鳴らしながら言った。


「わざわざこんな所まで自らやって来て、一体何を企んでるのかなぁ~、人間族(ヒューマー)の大敵である魔王様は?」

「た……企む……など……」


 熱い湯に浸かりながら、滝のような冷や汗を流しつつ、ギャレマスは目をふらふらと中空へと彷徨わせる。

 そして、カラカラに渇いた舌を懸命に動かして、シュータの問いに答えた。


「べ……別に、何を企んではおらぬ……。こ、ここへは、持病の腰痛と関節痛の療養の為で来ただけで――」

「アホか!」

「ぶべらっ!」


 言葉途中で、シュータが創成した鋼鉄のハリセンに頭を強かに打ち据えられ、ギャレマスは白濁した湯の中に前のめりに沈む。

 そんな彼を、目を吊り上げたシュータが怒鳴りつける。


「嘘つくなら、もうちょっとマシな嘘を吐けや! 国のトップであるテメエが、湯治の為だけに、敵領の温泉までノコノコやってくるはず無ぇだろうがボケ!」

「ぐ、ぐむぅ……」


 確かに、シュータの言う通りだ。

 張り飛ばされた頭を押さえながら、お湯の中から浮かび上がったギャレマスは、言い返す事も出来ずに唸るしか出来ない。

 ……とはいえ、人間族(ヒューマー)側の立場であるシュータに、自分がアヴァーシ(ここ)に居る理由を正直に言う訳にもいかない。

 『収容所に集められ、イワサミド鉱山の採掘作業に駆り出されようとしているエルフ族を解放し、真誓魔王国領へと導こうとしてます』――とは。

 だから、ギャレマスは無理筋と分かっている言い訳を再び繰り返す。


「う……嘘ではない! さ、最近、とみに腰と肩が痛むゆえ、効能があるというこの温泉に浸かりに来た……余がここに居る理由は……それだけだ!」


 確かに嘘は言っていない。――『自分がここ(『良き湯だな』)に居る理由』としては。

 が、そんな理由で、シュータが納得するはずも無い。

 ……というか、

 そもそも、シュータは別に、『魔王が何の為にここに居るのか』という理由を特定する必要など無いのだ。


「……まあ、いいわ、どうでも」


 シュータはそう言うと、細く息を吐きながら、ゆらりと右手を頭上に掲げた。

 その掌が赤く輝き、中空に紅い円状の魔法陣が浮かび上がる。


「うっ……!」


 それを見て思わず息を呑んだギャレマスの顔色は、みるみるうちに紙のように真っ白になった。

 その脳裏に、初めてシュータと対峙した時以来、幾度も喰らったエネルギー弾の嵐の映像が過ぎる。


「ま……待て! 待つのだシュータ!」

「待たねえよ」


 必死で制止するギャレマスをせせら笑いながら、シュータは右掌に力を込め続ける。


「目的が何なのかはどうでもいい。ただこの場に魔王(テメエ)がいる事――それ自体が、俺が正義を行使する絶対的な理由になるんだよ!」

「わ、分かった! しょ、正直に言うから、ひとまずソレは止めるのだ! この場でソレを放ったら、この温泉浴場が粉々に破壊されかねん! そうなったら、ここの支配人殿や従業員に多大な迷惑が――」

「うるせえッ! 悪の大魔王が、他人の迷惑とか気にしてんじゃねえよ!」

「いや! 勇者のお主は気にしなきゃダメだろうが!」


 と、思わずシュータにツッコみながら、ギャレマスも慌てて立ち上がった。そして、すぐにでも風系呪術を放てるよう構えた。

 それを見たシュータが、ニヤリと嗤う。


「何だかんだ言って、テメエも戦る気じゃねえか。上等だ!」

「ち、違う! これは、お主の攻撃を逸らす為に――」

「ウダウダうるせえな、クソ魔王!」


 ギャレマスの言葉を理不尽な怒声で遮ったシュータは、更に掌に力を込めた。

 その掌の上に浮かぶ魔法陣が目まぐるしく回転し、更に眩く剣呑な紅い光を放ち始める。


「や……やめ……!」

「安心しろ、殺しゃしねえよ」


 紅い光に照らし出されたギャレマスの焦燥に満ちた顔を睨みながら、シュータは小声で言った。


「手加減はしといてやる。……そう、十分の八殺しくらいでな!」

「や、止めろシュータ! は、話せば分かる――!」

「問答無用ッ!」


 ギャレマスの懇願を遮り、シュータは満タンまでチャージした魔法陣を解放しようと、身体を捻らせながら左脚を大きく振り上げた。


「食らえええええぃ! ライアン投法版ジェノサ――」

「じゃかあああああああああああしいいいいいいいいいわああああああああッ!」

「「「ッ!」」」


 シュータの絶叫に倍する怒号が、広い湯屋の中に響き渡った。

 その凄まじい怒声の勢いによって、濛々と立ち込めていた湯気は一斉に晴れ渡り、明り取りの窓から差し込む陽の光で、湯屋の中は一気に明るくなった。

 光を反射してキラキラと輝く湯面。

 その中でもひときわ明るく輝く丸い何か。


「うおっ、眩しッ!」


 ほぼ減衰する事無く反射された陽の光をまともに浴びたシュータが、慌てて目の前に手を翳し、咄嗟に顔を背けた。

 一方、


「ぐわああああっ! 目がぁっ! 目があああああっ!」


 真っ白な光をまともに見てしまったギャレマスは、両手で目を覆いながら、湯の中でバタバタとのたうち回る。

 ――と、その時、


「やかましい言うとんのじゃああああっ!」

「あべしっ!」


 唐突に飛んできた空の酒瓶が、鈍い音を立てて苦しむギャレマスの眉間にめり込み、ギャレマスは仰向けに倒れ、乳白色の湯の上にプカリと浮かんだ。


「……ッ?」


 突然の事に、シュータは呆気に取られながら、白い光の源へと目を眇める。


「まったく……人がいい気持ちで酒を飲んでおる横で、ピーチクパーチクと食べ盛りの雛鳥のようにやかましく囀りおって……!」


 そうブツブツとボヤきながら、光の源はすっくと立ち上がった。それに合わせて、その頭頂部から放たれる光がキラリと眩く瞬く。

 陽の光をまるで後光のように暴力的に反射させ、ある種の神々しささえ感じさせる小柄な老人――ヴァートスは、呆気に取られるシュータの顔をジロリと睨め上げると、ドスの利いた低い声を上げる。


「おう、そこの若いの……」

「な、何だよ……?」


 珍しく気圧された様子で、それでも尊大な態度は崩さずに聞き返すシュータ。

 と、ヴァートスは、その細い目をカッと見開き、


「風呂ではッ! 騒ぐなとッ! 先生にッ! 習わなかったんかッ? このドたわけがああああああああああ――ッ!」


 先ほど以上の音量の怒声を張り上げ、シュータの事を一喝したのだった――!

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