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女湯と男湯と露見

 「う……うぅ……」


 ぼんやりとしていた意識がようやく鮮明になりつつある事を感じたスウィッシュは、身じろぎをしながら、微かなうめき声を上げる。

 と、彼女は背中とお尻にひんやりとした硬い感触を感じ、自分が石で出来た床の上に横たわっている事に気が付いた。

 そして、頭の下に感じる弾力のある柔らかな感触にも――。


(あれ……何だろ、コレ? 枕――ともちょっと違う様な……?)

「あ! スーちゃん、起きた? 良かった~!」

「――ッ!」


 唐突に頭上から降ってきた安堵の声を聞いたスウィッシュは、ハッとして目を開けた。

 目の前にふたつの肌色の膨らみ、その向こうに満面の笑みを浮かべる赤髪紅眼の少女の顔があった。


「さ――サリア様ッ?」


 ビックリするほどの近距離に主の顔がある事に驚き、大きく目を見開いたスウィッシュは、慌てて跳ね起きようとする。

 が、


 ――ぽよんっ


 彼女の視界が一面肌色になると同時に、何かとても柔らかいものにスウィッシュの顔面がぶつかった。


「うぷっ!」

「ひゃん!」


 それと同時に、驚き混じりの悲鳴がふたつ上がる。

 顔に()()()()()()がぶつかった反動で、体勢を戻されたスウィッシュは、再び後頭部に柔らかい感触を感じた。

 一瞬混乱したスウィッシュだったが、彼女はすぐに、今自分の頭が乗っているのがサリアの太股で、さっき顔をぶつけたのがサリアの下乳だという事に気が付く。

 その顔が、たちまち真っ赤になる。


「あ……し、ししし失礼いたしました、サリア様! あ、あたしったら、サリア様に膝枕して頂いた上に、とんだ無礼を――!」

「えへへ、大丈夫だよ~、スーちゃん」


 横たわった体勢のまま、真っ赤な顔で慌てて謝るスウィッシュに、屈託の無い笑顔で答えるサリア。

 そして、そっと手を伸ばすと、スウィッシュのおでこに掌をそっと当てると、小さく頷いた。


「……うん、大丈夫そうだねー。ちょっとのぼせちゃっただけだったみたい」

「の、のぼせちゃった……?」


 サリアの言葉に怪訝な表情を浮かべるスウィッシュ。

 だが、周囲を見回し、自分が湯気の立ち込める湯屋の石床で、一糸纏わぬあられもない格好で寝転がっている事に気付くと、さっきよりも更に顔面を赤くする。


「あ、あああああたしったら、ここここここんな格好で!」

「あー、あんまり急に動かない方がいいって。また倒れちゃうよー」

「い、いいいいいいいえ! あ、あたしは大丈夫です、ほほほほほ本当に!」


 サリアの言葉にワタワタとしながら、首を大きく横に振ったスウィッシュは、先ほどと同じ事にならないように、サリアの胸のふたつの膨らみを避けながら身を起こした。

 そして、自分の胸を手で覆いながら、キョトンとした顔をしているサリアに向かって深々と頭を下げる。


「あ……あの、も、申し訳ございませんでした。さ、サリア様にとんだご迷惑をおかけしてしまって……」

「えへへ、迷惑だなんてとんでもないよー」


 恐縮するスウィッシュの謝罪に、サリアはにへらあと笑いながら首を横に振った。

 そして、したり顔を浮かべて声を潜める。


「……むしろ、スーちゃんのきれいな身体を間近でじっくり見れて良かったよぉ」

「ふぇ、ふぇッ?」

「うふふ、冗談だよー」


 驚いて身を強張らせるスウィッシュに、サリアは楽しそうに笑いながら言った。

 そんな彼女に、おそるおそるスウィッシュは尋ねる。


「あの……ひょっとして、あたし、お風呂の中で……?」

「うん、そうだよー」


 サリアは、スウィッシュの問いかけにコクンと頷くと言葉を続けた。


「真っ赤な顔をしてお風呂の中に沈んじゃったから、慌てて引き上げて、身体を横にして冷ましてあげたの。元気になって良かったよ~」

「あ……そ、それは、本当に申し訳ございませんでした……」

「あ、ううん。ホントに全然気にしないで~」


 項垂れるスウィッシュに、サリアはブンブンと大きく手と首を振る。

 そして、ポンと手を叩くとスウィッシュに笑みかけながら言った。


「じゃあ、温泉はこのくらいにして上がろっか。それから、香油エステでリフレッシュしよ!」

「あ……は、はい……」

「エステでうんと磨いてもらってキレイになろうよ! そうしたら、きっとお父様もスーちゃんにイチコロだよー」

「あ、はい……って、ち、ちちち違いますから!」


 素直に頷きかけたスウィッシュだったが、ハッと我に返ると、慌てて頭を振る。


「さ……さっきも申し上げましたが、あたしは別に陛下の方をそんな対象として――」

「あーはいはい、分かったよー」


 サリアは、必死で抗弁しようとするスウィッシュの事を適当にあしらいながら、脱衣所の方へと行ってしまった。


「スーちゃん、どうしたのー。先に行っちゃうよ~?」

「あ……は、はい! 今参ります!」


 スウィッシュは、サリアの声に応えると、彼女の背中を追おうと立ち上がった。

 急に立ち上がった事で一瞬だけ眩暈を覚えたが、何とか大丈夫そうだ。

 と、彼女はこっそりと口を尖らせる。


「――だから、本当に何とも思ってないですってば。へ、陛下の事なんて、別に……」


 そう独り言ちたスウィッシュは、小さく溜息を吐くと、ふと自分の身体を見下ろした。


「……香油エステ、か」


 と、彼女は呟くと、そっと自分のささやかな両胸に手を当てる。

 そして、先ほど下から見上げた、サリアの張りのある胸を思い返した。

 スウィッシュは小さく息を吐くと、ぽそりと呟く。


「パンフレットに小顔効果と美肌効果は書いてあったけど……胸の方にも効果あるのかなぁ……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 舞台は、石壁の向こう――むさ苦しい男湯へと移る。


「う……あ……」


 牛獣人(ミノタウロス)の覆面を被った魔王ギャレマスは、まるで池の鯉のようにパクパクと口を開閉させていた。

 その向かいでは、勇者シュータが金色に光る瞳で、じっと彼の事を見据えている。


「あ……あの、ええと……」


 先ほど、『こんな所で何やってんの、()()()()?』と、シュータにあっさりと正体を見破られてしまったギャレマスは、懸命にシュータの問いかけへの対応の仕方を考えていた。

 そして、彼が下した決断は――、


「マ……魔王? ナ、何ノコトデショウカ? ワシ、ミノタウロスデス。人間族(ヒューマー)ノコトバ、ヨク分カリマセーン」


 わざとらしく首を傾げながら、しらばっくれる事だった。

 彼の答えを聞いたシュータの顔が険しくなる。


「あぁ? 何シラ切ってんだよ、クソ魔王。んなヘタクソな変装、バレバレだっつーの! つか、何が『人間族(ヒューマー)の言葉が良く分からない』だよ! さっきまで標準語をペラペラ囀ってたじゃねえかよゴラ!」

「ヘ、変装ジャナイデース。ワ、ワシハ牛獣人(ミノタウロス)ノドジィンド。ソレ以上デモ、ソレ以下デモアリマ――」

「だから、変装なんて意味無えっつってんだろうが!」


 あくまでシラを切ろうとするギャレマスに焦れたシュータは、声を荒げながら、金色に輝く自分の瞳を指さした。


「俺のチート能力の事を忘れたのか、テメエ! この“ステータス確認(スニーク・ア・ピーク)”は、見た相手のパラメータ数値や特殊能力(スキル)を可視化して把握できるんだ! 当然、相手の“名前”もな!」

「……!」

「今、俺の視界では、テメエのステータスデータが見えてるんだよ。頭の上の名前も一緒にな! そこにバッチリ『イラ・ギャレマス(ゴミクソ)』って名前が表示されてるんだっつーの!」

「ッ! ……って、ちょ、ちょっと待てぃ!」


 シュータの指摘に怯みかけたギャレマスだったが、ある事に気付くと血相を変えて叫んだ。


「な、何だその、名前の上にある《ゴミクソ》ってルビは! お、お主、余の事を何だと――」

「うるせえな! ゴミクソはゴミクソ! それ以上でもそれ以下でも無えだろうが、この魔王(ゴミクソゲロカス)が!」

「い、いや! 何か、ルビの文字数が増えてるぅっ!」


 シュータの理不尽な怒声に、思わずツッコむギャレマス。

 ――と、その時、彼の視界を何か黒いものが過ぎった。


「――ッ!」


 その黒いものは、彼の目の前を通り過ぎ、シュータの方へ向かって、立ち込める湯気を切り裂きながら一直線に飛んでいく。

 驚きながら、それを目で追うギャレマス。

 その卓越した動体視力で、それが何なのかを察したギャレマスの目が大きく見開かれる。


「さ、炸裂だ――!」


 ――それは、アルトゥーがいつも肌身離さず持ち歩いている、飛刀型の炸裂弾だった!

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