純情娘と恋とライバル
『ギャレマスの事を、男性としてどう想っているのか?』
サリアから突きつけられた問いかけにたじろぎ、スウィッシュは視線を忙しなくあっちこっちに泳がせる。
「へへへへ陛下の事を……お、おおおお男の人としてどう思っているか……で、ですか……?」
「うん」
もう一度スウィッシュに訊き返されたサリアは、ニッコリと笑って大きく頷いた。
「スーちゃんの正直な答えを聞かせてほしいなぁって。お父様の娘として、ね」
「しょ、正直な……」
サリアの言葉に、スウィッシュは脳味噌をフル稼働させて、懸命に答えを探す。
「え、ええと……そ……それは……それは、あの、もちろん……」
彼女は夕日よりも真っ赤な顔をして、目を盛んに瞬かせながら、たどたどしく言葉を紡ぎ始める。
「その……と、とてもお優しくて、仁慈に溢れていて、でも何だかヌボーっとしてるところもあるけど、ここぞという時はカッコ良かったりしてて……、でも時々カッコつけようとして失敗しちゃったりして……でも、言った事はちゃんと守ってくれて……」
「うんうん。それで?」
ぽつぽつと言葉を紡ぐスウィッシュの事を、サリアは盛んに頷きながら、更に先を促した。
スウィッシュは、サリアの顔に浮かんだニヤニヤ笑いにも気付かぬ様子で、うっとりとした表情を浮かべながら、熱に浮かされたように言葉を継ぐ。
「あたしは……そんな陛下の事が……す、す――」
と、そこまで言いかけたところで、彼女はハッと我に返った。
そして、その眼を大きく見開いて激しく首を左右に振ると、慌てて言い直す。
「じゃ、じゃなくって! そ、そのぉ……と、とととても……そ、尊敬しております、ハイ!」
「……はぁ~……」
「な、何ですか、サリア様ッ? そ、そのあからさまにガッカリしたような顔は!」
「したようなっていうか、ガッカリしたんだよぉ」
「え……」
大きな溜息を吐いたサリアに抗議の声を上げたスウィッシュだったが、逆に白け顔で率直な言葉を返されて、思わず戸惑いの表情を浮かべた。
そんな彼女をジト目で見つつ、サリアはチョコンと小首を傾げながら、ぼそりと呟く。
「あーあ……、このままじゃ、ファミちゃんにお父様の事を取られちゃうよ?」
「は、はああぁっ?」
サリアの言葉に、スウィッシュは素っ頓狂な声を上げた。
「なっ……ななななんで、そこであのエッルフの名前が出てくるんですかッ?」
「え? そりゃあもちろん、ファミちゃんがお父様の事を好きだからだよー」
「は、はいいいいいっ?」
すまし顔でとんでもない事を言ってのけたサリアの肩を、鬼のような形相で鷲掴みするスウィッシュ。
「ちょ……痛いよ、スーちゃ――」
「あ、あのエッルフが、陛下の事をすすすす好きだなんて……あ、ありえませんッ、絶対にッ!」
肩に指が食い込んだ痛みで、思わず顔を顰めるサリアの様子にも気付かず、スウィッシュはブンブンと激しく首を横に振った。
「だ……だって、あの娘はあんなに魔族の事を毛嫌いしていたじゃないですか! そ、それなのに、魔族の王である陛下の事を好きになんてなる訳が……!」
「でも……最近は、結構打ち解けてくれてるじゃない。――それに、最近ファミちゃんがお父様を見る時、何ていうか……目がキラキラしてる感じがするんだよねぇ。多分……あれが“恋する乙女の目”ってヤツなんだと思うよ」
「う……」
思い当たる節があったのか、スウィッシュの表情がシュンとする。
そんな彼女の顔を見て、さすがに気の毒になったサリアは、途中まで出かかった(……まあ、お父様の事を見るスーちゃんの目も同じなんだけどね)という言葉を飲み込んだ。
そして、彼女を勇気づけついでにけしかける為、更に言葉を継ぐ。
「だからさ、ファミちゃんに先を越される前に、スーちゃんも自分の心に素直になって、自分の気持ちをお父様にぶつけてみようよ!」
「ふぇっ? い……いや、でも……」
「大丈夫だって! 勇気を出して、ドーンといこうや!」
「……」
サリアの激励を受けて、スウィッシュの紫色の瞳が一瞬輝きを増したが――彼女はすぐに目を伏せてしまい、フルフルと力無く首を横に振った。
「で……でも、あたしなんか、陛下は見向きもしてくれない……」
「何で? 何で、スーちゃんはそう思うの?」
「そ……れは……」
サリアの問いかけに、彼女は俯いたまま、乳白色の湯の下に沈んだ、控えめなふたつの膨らみに目を落とす。
「あたしは……あのエッルフに比べて、その……い、色々と小っちゃいし……。た、多分――陛下には、そういう対象としては見られてないと……」
「あーっ! もうっ、まだるっこしいなぁ~!」
煮え切らないスウィッシュの態度に業を煮やしたサリアは、にゅっと両腕を伸ばし、スウィッシュの胸をむんずと掴んだ。
「キャアッ! な、なななな何をするんですかッ、サリアさ――!」
「大丈夫だって、スーちゃん! これだけあれば充分だよッ!」
突然の狼藉に驚き、飛び出さんばかりに目を見開いて身体を硬直させるスウィッシュに、サリアはニッコリと笑いかける。
「だって、お母様もこのくらいだったもん! 全然ダイジョーブ!」
「ふ、ふぇっ……? そ、それって……」
「だーかーらー! 自信を持っていいって言ってるの! 実の娘が言ってるんだから、ねっ!」
そう言いながら、サリアはスウィッシュの手を取り、力強く頷いた。
スウィッシュは、そんな彼女の勢いに圧された様子で目をパチクリさせながら、「あ……あの……」とおずおずと訊ねかける。
「さ……サリア様は、どうして……そこまでして、あたしと陛下をくっつけようとなさるんですか……?」
「え? そりゃあ――」
サリアはスウィッシュの問いに、一瞬キョトンとした表情を浮かべ、それから満面の笑みを浮かべて答えた。
「幸せになってほしいからだよー。お父様にも、スーちゃんにもね!」
「え……? し、幸せ……? 陛下と……あたしの?」
「うん!」
戸惑うスウィッシュに向けて、サリアは再び大きく頷き、言葉を継いだ。
「さっきも言ったでしょ? スーちゃんは大切な家族みたいだって。だったら、いっそ本当の家族になって、お父様も幸せにしてあげてほしいなーって」
「ほ……本当の、家族……?」
「うん。――それに」
と、サリアはおもむろに振り返り、目を浴場の壁の方へと移した。
そして、その先にある男湯の方を透かし見る様な目をしながら、しみじみと呟く。
「……これは、実の娘の勘なんだけどね。多分、お父様もスーちゃんの事を――」
だが、彼女の呟きは、突然の水音と水飛沫で遮られた。
「うわぁっ! ちょ、ちょっと、スーちゃ……」
思わず悲鳴を上げたサリアは、顔にかかったお湯を手の甲で拭いながら水飛沫を上げたスウィッシュに抗議の声を上げようとしたが、その声は途中で途切れる。
彼女の目に映ったのは、乳白色のお湯にぷかぷかと漂い浮かぶ蒼色の髪の毛と、ぷくぷくと上がる空気の泡――。
「す、スーちゃんっ? そ、どうしたの?」
抗議の声の代わりに驚きの声を上げた彼女は、慌ててお湯の中に沈んだスウィッシュを引き上げた。
「ふ……ふえぇ……」
「うわ……! す、スーちゃん、顔が真っ赤っか……!」
温泉の湯の熱さと知恵熱で、すっかりのぼせてグルグルと目を回しているスウィッシュの姿を前にしたサリアは、慌てふためきながら彼女の介抱をし始めるのだった。




