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魔王と肩痛と雷

 「うう……む……」


 デコボコした田舎道を進む天蓋馬車の中で、魔王ギャレマスは顔を顰めて、しきりに肩を手で揉みながら首を回した。

 回した首がゴキゴキと嫌な音を立て、ギャレマスはますます渋い顔になる。


「むぅ……何だか、まだ凍りついておるような気がする……。どうも、ゴワゴワするのぉ……」


 魔王は、己の居室で、勇者シュータの使いとして潜入してきたエラルティスと、自分の部下であるスウィッシュが鉢合わせした時の事を思い出し、ブルブルと身震いした。

 その時に、罵り合うふたりの間に割って入ったものの、激昂した彼女たちの最大必殺技を一身に食らってしまったギャレマス。

 彼は半身をスウィッシュの究極氷結魔術(ハーゲル・ダッシュン)で凍結させられ、それと同時に、もう半身をエラルティスの震神法呪術“神怒の黒聖炎”で灼かれたのだった。

 ――いかに、“地上最強の生物”の異名に相応しい強靭さを備えたギャレマスといえど、聖属性と氷属性の最強術を同時に食らっては堪らない。

 とはいえ、彼の身体は、その苛烈な攻撃を耐え切ったのだが――

 それでも、痛いものは痛い。


(――魔王だったから我慢できたが、魔王じゃなかったら我慢できなかった……)


 あれから一ヶ月が経ち、スウィッシュの献身的な看病と魔癒術治療の甲斐あって、魔王の身体に刻まれた負傷もほとんど癒えた。

 だが……、スウィッシュに凍らされた右半身――特に肩――の違和感はなかなか抜けず、彼は、自分の肩が未だに凍りついたままのような感覚を常に抱いていたのだった。


 そんな身体のままで天蓋馬車に乗り、数時間も揺られ続けた結果、彼の肩の痛みはいよいよ耐え難いものになりつつあった。


「むぅ……これはなかなか……地味に辛いな……」


 ギャレマスは、眉を顰めてそう呟くと、再び念入りに肩を揉み始める。……だが、ガチガチに固くなった彼の肩は、一向に(ほぐ)れない。

 ――と、


「……そうだ」


 ギャレマスの脳裏に、稲妻の様に閃いたひとつのアイディア。

 肩の痛みに悶える彼は、藁にも縋る思いで、そのアイディアを実行に移す。


「……」


 ギャレマスは、左手の親指と人差し指をくっつけた。

 そして、軽く目を瞑ると、指先に精神を集中させる。


「……(いかずち)あれ」


 と、ギャレマスが静かに唱えると、指先からパリパリという乾いた音が鳴り始めた。

 彼がくっつけていた指先をゆっくりと離していくと――親指と人差し指の間に、蒼く小さな雷が走っていた。


「……」


 彼は、慎重に指先の小さな雷の出力を調整しながら、ゆっくりと左手を自分の右肩に近づけてゆく。

 そして、彼の指先の雷と肩が接触した瞬間、


「――ッ!」


 肩に刺すような鋭い痛みを感じたギャレマスは、思わず歯を食い縛る。

 ――が、すぐにその表情はだらしなく緩んだ。


「あ゛~効ぐぅ~……」


 彼の指先から放出された極小の雷は、彼の硬直していた肩を程よい強さで刺激した。

 一ヶ月以上の間、ずっと彼を悩ませていた肩の痛みが、みるみる和らいでいく。


「ふ……ふむ……これはなかなか……く、クセになりそうな……はあぁん!」


 今までずっと、敵に向かってぶっ放すしか使い道が無いと思っていた、己の雷撃呪術の意外な活用法に気付いた“雷王”は、肩に走る(いた)気持ちいい快感に、思わず喜悦の声を上げる。

 と――、


「……陛下? 妙な声が聞こえましたが……いかがなされました?」

「フェッ……あ、いや――て、アヂッ!」


 突然、馬車の窓越しに声をかけられ、驚いた魔王は、驚いた拍子に思わず指先の雷の出力を上げてしまい、肩に走った激痛に悲鳴を上げた。


「えっ? ど、どうかしましたかっ、陛下ぁッ?」


 ギャレマスが上げた叫びに驚き、血相を変えたスウィッシュが馬車の窓をこじ開け、覗き込んでくる。


「あ……あぁ、な、何でもない。大丈夫だ……」


 ギャレマスは、心配顔の彼女に手を挙げて制止しながら、ビリビリと痺れている肩の痛みを堪え、平静を取り繕いつつ答える。気丈に振る舞ってはいるが、その目の端には涙の珠が光っていた。

 だが、幸いにも、馬を駆って馬車と並走しながら、窓から中を覗き込んでいるスウィッシュには気付かれなかったようだ。

 小さく安堵の息を吐き、鼻の頭を掻くふりをして涙を拭うと、ギャレマスは話題を逸らすように口を開いた。


「えー、ところでスウィッシュよ。あとどのくらいで目的地に到着するのだ?」

「あ……はい!」


 ギャレマスの問いかけに、スウィッシュはハッとした表情を浮かべて、周囲を見回した。


「ええと……この辺りまで来れば、ヴァンゲリンの丘まで、あと一時間ほどかと……」

「一時間か……」


 スウィッシュの答えを聞いて、ギャレマスは小さく頷くと、揺れる馬車のソファに座り直した。

 羽毛の入ったクッションを敷き詰めて、少しでも振動を和らげようと工夫を凝らした馬車のソファは快適だったが、さすがに数時間も座りっぱなしはキツい……。

 だが――、


「……もう、あまり時間は無いな……」


 彼は、窓の向こうのスウィッシュに聴こえぬ様、声を潜めて独り言ちると、己の纏う漆黒のローブの隠しから一冊の紙束を取り出し、「はぁ~……」と、深い深い溜息を吐いた。


「……」


 そして、眉間に皺を寄せると、険しい目でその紙束を見下ろす。

 その紙束の表紙には、『台本』という文字が、黒く太いインクでデカデカと書き殴られていて、その横にはタイトルらしきものも記載されていた。


 ――タイトル部分には、こう書かれている。


『丘の草木が真っ赤に染まる! 魔王を倒せと轟き叫ぶ! 第5回・チキチキ! 勇者と魔王の大決闘~っ! (脚本・制作・総指揮……シュータ・ナカムラ)』


 と――。

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