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姫と臣下と叱責

 「どうしよう……どこにもいない……」


 着乱れたローブの裾を気にする余裕もなく、周囲に目を凝らしながら一心不乱に走り回っていたスウィッシュは、へとへとになりながら途方に暮れた声を漏らした。

 ごった返す人々の間を縫うようにしながら、アヴァーシの街の西街路を、もう何往復しただろうか。――だが、それでも彼女が探していた赤髪の少女の姿は見つからなかった。


「やっぱり……悪い奴に誑かされて攫われてしまったのかも……」


 膝に手をついて前かがみになって、走り過ぎて乱れた息を整える彼女の脳裏に、最悪の事態が浮かび上がる。

 だが、スウィッシュはすぐさま、脳裏に浮かんだ嫌な想像をブンブンと激しく首を横に振って消し飛ばす。

 そして、大きく深呼吸をすると、背を真っ直ぐに伸ばした。


「も……もう一往復して、それでも見つからなかったら……その時は陛下に報告して一緒に探してもらおう……」


 正直、この事をギャレマスに伝えるのは気鬱だったが、背に腹は代えられない。

 彼女は、唇をぎゅっと噛み締めると、再び走り出そうと身を屈める。

 ――その時、


「――ちゃああん! スーちゃああああん!」

「……っ!」


 スウィッシュの耳に、聞き慣れた少女の声が届き、彼女はハッとして、忙しなく周囲を見回す。

 そして、見慣れた赤髪の少女が、周囲をキョロキョロと見回している姿を見止めた。

 次の瞬間、その紫瞳が大きく見開かれ、同時に大きな声で叫ぶ。


「――サリア様!」

「あ! スーちゃん居たああああ!」


 スウィッシュの声に、慌てて頭を巡らしたサリアも、すぐにスウィッシュの姿を見付け、安堵と歓喜の入り混じった声を上げた。

 そして、人波に妨げられながら、急いでスウィッシュの元へと駆け寄ってくる。

 無事そうなサリアの様子に、スウィッシュは安堵の息を漏らし、自分もサリアの方へ向かって足を踏み出した。


「良かった、スーちゃん居たぁ。どこに行ったのかと思っ――」

「それはこっちのセリフよッ!」

「――ッ!」


 駆け寄ってきたサリアは、突然の叱責の声に驚いた様子で、目を真ん丸にしてピタリと足を止めた。

 そんな彼女を、紫の瞳を激しい怒りで爛々と光らせたスウィッシュが怒鳴りつける。


「あたし、『もう疲れて動けないよ』っておっしゃったサリア様に、あのベンチのところで言いましたよね? 『あたしが戻ってくるまで、ここで休んで待ってて下さい』って! なのに、さっさとどこかに消えちゃって……!」

「あ……ご、ごめ――」

「ずーっと探してたのに、全然見つからないし! 万が一、サリア様の身に何か危ない事が起こっていたらどうしようって、本当に心配で……」

「ご、ごめんなさい……」

「……まあ、実際に危ない目に遭ってはいたのだがな」

「……え?」


 スウィッシュは、一瞬呆気に取られた表情を浮かべ、耳にした言葉の意味を理解すると、その顔から一気に血の気が引いた。

 彼女は、強張った表情でサリアの肩をがっしと掴み、上ずった声で訊ねかける。


「あ、危ない目に遭ってた――って、本当ですかッ?」

「え……えと……う、うん……」


 スウィッシュの剣幕に圧された様子で、サリアはコクコクと頷いた。


「じ、実は……さっきスーちゃんが口にした事と、ほとんど同じ感じで……通りかかった若い男の人に『情報屋に行こう』って誘われて、後をついていったら、その男の人が悪い人で……その仲間の男の人達がいっぱい出てきて、周りを囲まれちゃって……」

「か、囲まれたですってっ?」


 サリアの答えに驚愕するあまり、思わずスウィッシュは声を裏返す。

 そして、サリアの着衣が土と埃で汚れている事にようやく気付いたスウィッシュは、その顔色を紙よりも白くして、彼女の肩をがっしりと掴んで心配げに訊いた。


「だ、大丈夫だったんですかッ? そんな悪い奴らに囲まれちゃって……?」

「う、うん……」


 スウィッシュの気遣いの言葉に、サリアはバツ悪げにチョコンと頷く。


「だ、大丈夫だったよ。何かされそうになった時に――」

「己が、姫の周りを取り囲んだチンピラどもを――」

「っていうか! 何で、そんな怪しい男にホイホイついていったりとかしたんですかッ?」


 サリアの返事を中途で遮り、更に荒げた声で彼女を詰問するスウィッシュ。

 そんな彼女を前に、サリアは気まずげに目を逸らしながら、躊躇いがちに答える。


「実は……その人に『いい情報屋を知っているから』って言われたから、それで……」

「情報屋? 何で情報屋?」


 サリアの一言が引っかかり、オウム返しに訊ねるスウィッシュ。

 彼女の剣幕にビクリと肩を震わせたサリアは、おずおずと答える。


「それは、その……エルフ族の事とか、収容所の事とかのいい情報を集めて、スーちゃんを助けてあげたかったから……」

「え……私を?」

「うん」


 目を丸くしたスウィッシュにサリアはチョコンと頷いた。


「スーちゃんが、毎日頑張って聞き回ってるのに、サリアは全然お手伝いできてなかったから、役立たずでダメだなぁって……。だから、少しでもスーちゃんの役に立てればいいなって思って……」

「……もう! あなたって人は!」


 スウィッシュはそう叫ぶと、今にも泣きだしそうな顔で俯いたサリアの身体を思わず抱きしめる。


「ひゃ、ひゃっ! す、スーちゃんっ? ど、どうしたの、いきなり――」

「あなたが役立たずでダメだなんて……そんな事、全然無いですよッ!」


 突然抱きしめられて、目を白黒させるサリアに、スウィッシュは大声で叫んだ。


「あなたは、今のままでいいんです。いつも元気で、無邪気で……あたしの事を励ましてくれる、今のサリア様のままで……」


 そう、微かに震える声でサリアの耳元に囁いたスウィッシュは、涙が浮かんだ紫の瞳で、紅潮したサリアの顔を見つめた――が、すぐに眉間に皺を寄せると、厳しい口調で言う。


「でも……もう、今回みたいな迂闊な事はしないで下さい。あたしがどれだけ心配したと思ってるんですか? サリア様の身に万が一の事があったら、あたし……」

「……スーちゃん」


 スウィッシュの言葉を中途で遮るサリア。

 真剣な表情を浮かべた彼女は、「そ、それって……」と、躊躇いがちに尋ねかける。


「それって……サリアが、お父様の……真誓魔王国国王の娘だから?」

「そんな訳無いじゃない!」


 サリアの言葉に眦を上げたスウィッシュは、激しく首を横に振りながら、キッパリと言い放つ。


「あなたが陛下の娘だからとか、そんなの関係無いわよ! あたしは、サリア様の事が大好きで大切だから、本当にあなたの事が心配で! ……って、あ……」


 興奮して捲し立てたスウィッシュだったが、ふと我に返り、自分がサリアに向かって何を口走ったのか気が付くと、その顔をみるみる紅く染めた。


「あ、いや……い、今のはその、違う――いや、違くはないんですけど、その――」

「スーちゃんっ!」


 しどろもどろで口ごもるスウィッシュの身体を、今度はサリアがきつく抱きしめる。


「ひゃ、ひゃっ! さ、サリア様――」

「サリアも、スーちゃんの事が大好きだよっ!」


 驚くスウィッシュの顔を見上げながら、満面の笑顔でサリアは叫んだ。


「本当にごめんなさい! あと、いつもありがとう! サリア……スーちゃんと出会えて本当に良かった!」

「あ、え、ええと……」


 顔を夕日よりも真っ赤に染めて戸惑うスウィッシュだったが、ふっとその表情を緩めると、おずおずとサリアの身体を抱き返す。


「あたしこそ……ありがとうございます……」


 そう囁いて、サリアの事を優しい眼差しで見つめ返すスウィッシュ。その紅潮した頬を、一粒の泪が伝い落ちた。

 ――と、その時、


 ……パチパチ ……パチパチ


 彼女たちの周囲で、その様子を固唾を呑んで見守っていた通行人のひとりが、滂沱の涙を流しながら手を叩き始めたのをきっかけとして、あちこちから同じ音が鳴り始め、すぐに割れんばかりの拍手の渦と怒涛のような喝采の嵐が沸き起こった。


「尊い……尊いよぉ……!」

「切なさ炸裂……ッ!」

「これは……いい百合(もの)だ!」

「ああ……尊みが見える……!」

「百合でしか摂れん栄養がある……」


 方々から巻き起こる絶賛と感動と尊死の断末魔……。


「……ええと」


 そんな喧騒の中、ふたりから少し離れたところに立っていたアルトゥーは、ひとり顔を引き攣らせていた。

 彼は、興奮の坩堝にある通行人たちを一瞥してから、ゴホンと咳払いして、スウィッシュに向けて口を開く。


「や、やあ……ひ、久しぶりだな、氷牙将よ」


 ――無反応。


「あ……あの。聞いているか、氷牙将よ。……一応、己も久々の再会なのだが」


 ――無反応。


「ひ、姫を助けたのは、この己なのだが……」


 ――無反応。


「い、一応、己も会話に参加してたんだが……二言ほど……」


 ――無反応。


「……」


 おずおずとスウィッシュに声をかけ続けるアルトゥーだったが、当然のように気付かれない。

 彼は、肩を落として小さく息を吐くと、


「ま……まあいい。そ、そういえば、ゆ……『百合の間に入る男は、その瞬間に生存権剥奪の上抹消対象認定される』という鉄の掟もあるらしいしな……。邪魔はしない方が無難だな、うん……」


 そうブツブツと独り言ちたアルトゥーは、その場に棒立ちになったまま、

 ――考える事を、止めた。

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