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姫と助けと再会

 「だ……誰だッ?」


 唐突に聞こえてきた聞き覚えの無い声に、チンピラたちは驚きながら声を荒げ、鋭い目で周囲を見回した。


「そ……その声は――」


 一方のサリアは、涙で潤んだ目を大きく見開き、信じられないといった様子で声の主の名を呼ぶ。


「ひょっとして……アルくん?」

「……他人がいる前で、その呼び方はやめてほしいんだがな、姫」


 サリアの声に、心なしか辟易とした響きの籠もった声が返ってきた。だが、周囲を見回しても、声を発する本人の姿は見当たらない。

 だが、その声を聞いただけで、サリアはその顔をパッと輝かせ、姿の見えぬ“彼”に向かって声を張り上げた。


「アルくん、ちょうどいいところに! お願い、助けて!」

「だから……『アルくん』呼びは止めてくれと言っているのに……」


 今度は、溜息交じりの声が返ってくる。

 そして、


「まあいい……了解した」

「ぐぇえええっ!」


 “声”がサリアの懇願を聞き入れると同時に、チンピラのひとりが、まるで踏みつけられたヒキガエルのような声を上げながら、ばたりと倒れた。


「ぶふぇ……っ!」

「……がふぅっ!」

「なっ……べぶぇばっ!」


 それを契機としたかのように、数人のチンピラたちが不意に白目を剥いて、次々と汚い地面の上に転がる。


「な……何が起こっ……ぐぇえええええぇっ!」

「だ、誰だっ? いつの間にぎゃあああああああっ!」

「ど、どこだ! 姿を……あがごぶっ!」


 何の前触れも無く、唐突にバタバタと倒れていく仲間たちの身に何が起こったのか分からず、怯えた表情を浮かべて周囲を見回す残りのチンピラたちもまた、先に倒れた仲間たちと同じ様に、汚い悲鳴を上げながら糸の切れた操り人形のように昏倒していく。

 そして、遂に最後のひとりとなってしまった髭面のチンピラが恐怖で顔を歪め、めちゃくちゃにナイフを振り回しながら叫んだ。


「ひ、卑怯だぞ! こそこそ隠れて攻撃しやがって!」

「――別に、隠れて攻撃しているつもりは無いんだがな」

「な……ッ?」


 思わぬ近さから聞こえた陰気な声に驚いた髭面のチンピラが視線を落とすと、ボロボロの黒いフード付きマントを羽織った若い男が、まさにこれから彼の顎目がけて掌底を突き上げんとする姿が目に入った。


「てめぇ! いつの間にぐげごぼぉっ!」


 知らぬ間に間合いに入り込んでいた男の存在を知覚したチンピラが発した、驚きと恐怖と憤怒がないまぜになった声は、顎を(したた)かにかち上げられた事により、途中で悲鳴にならない悲鳴へと変わる。

 チンピラの身体は緩やかな放物線を描いて中空を舞い、それから仰向けになって地面に叩きつけられた。

 一方、フードを被った男は、掌打を放った体勢のまま、油断なく周囲を見回す。


「……ふぅ」


 そして、チンピラ全員が白目を剥いて気絶している事を確認すると、ようやく警戒を解き、小さく息を吐いた。

 そして、へたり込んだまま呆然としているサリアの元へ歩み寄ると、無表情のまま手を差し伸べた。


「……終わったぞ、姫」

「う……うん」


 男に声をかけられて、ハッと我に返ったサリアは、慌てて差し伸べられた手を取り立ち上がる。

 そして、フードの男の顔をしげしげと見てようやく顔を綻ばせると、彼に向かって満面の笑みを浮かべて言う。


「助けてくれて本当にありがと、アルくん!」

「あ、いや……別に礼を言われる筋合いは無い。主を護るのも、命に従うのも臣下の務めだからな」


 サリアに満面の笑みを向けられたフードの男――真誓魔王国四天王のひとり・陰密将アルトゥーは、僅かに照れた様子で首を横に振った。

 そんな彼に向けて、サリアは更に言葉を継ぐ。


「久しぶりだねー! アヴァーシ(ここ)にはいつ着いたの?」

「今日だ」

「あ、そうなんだぁ」


 アルトゥーの短い答えに、サリアはうんうんと頷いていたが、ふと怪訝な表情を浮かべると、ちょこんと首を傾げた。


「……あれ? アルくんの事は、ポルンちゃんが探してくれてたはずだけど、会わなかった?」

「……会ったぞ」


 サリアの問いかけに、何故かアルトゥーは渋い顔をしながら頷き、その表情を見たサリアは、キョトンとした表情になる。


「えと……何かあったの?」

「……あの古龍種が(おれ)の事を探しているのは、すぐに分かった。仕方なく、自力でウンダロース山脈を越えようと歩いていた己の頭の上を、何度も何度も通り過ぎていったからな……」

「え、何で?」

「どうやら……山道を歩く己の事に気付かなかったようだ。一応、色々な手を使って、空の上の古龍種に自分の居場所を知らせようとしたのだが……」

「あ……なるほど……」


 憮然としながらアルトゥーが答えた理由に、サリアは納得して頷いた。

 彼の、生まれついての影の薄さはかなりのものだ。

 アルトゥーの事を良く知らない者が、何も無しに彼の存在を認識できる事は困難を極める……らしい。

 つい先ほどの戦闘で、十数人のチンピラたちが、誰ひとりとして目の前で攻撃を加えるアルトゥーの存在を感知できなかった事からも、それは明らかだ。

 類稀なる視力を持つとされる古龍種のポルンですら、その例外ではなかったという事は充分にあり得る……。


「……三日ほど通り過ぎ続けられたので、しょうがないから、あの古龍種が近づいてきたタイミングで、持っていた炸裂弾を爆発させて、その音でようやく気付いてもらえたという訳だ。……まあ、その爆発で起こった雪崩に巻き込まれて死ぬかと思ったけどな」

「あ……お疲れ様……デス」


 サリアは頬を引き攣らせつつ、雪焼けした彼の顔を見上げて、取り敢えず労った。

 アルトゥーは、なおも何か言いたげな表情で口を尖らせていたが、気を取り直すように息を吐くと、再び口を開く。


「……それで、古龍種の口に咥えられて山脈を越えた己は、ホトタモカヤ大草原の手前で下ろしてもらい、そこから周囲の偵察を兼ねて歩いて――ようやく今日、アヴァーシの町に辿り着いたという訳だ」

「そっか……大変だったんだねえ」

「まったくだ」


 サリアの言葉に頷くと、アルトゥーはジト目で彼女の顔を見据え、溜息交じりの声で言った。


「街に着いて早々、見慣れた赤髪の娘が、怪しさしかない男の後を無警戒でホイホイついていくのを見つけてしまったからな」

「あ……」


 皮肉交じりの言葉に、サリアはぎくりとし、気まずそうに目を逸らす。

 そんな彼女の顔を、鴉の濡れ羽のような色の瞳で見据えながら、アルトゥーは更に小言を言おうと口を開きかけるが、小さく首を横に振って止めた。

 そして、


「……まあ、いい。説教は後だ」


 そう、独り言のように呟くと、地面の上で折り重なるようにして倒れ、呻き声を上げているチンピラたちを一瞥し、サリアの事を促す。


「モタモタしていると、こいつらが目を覚まして面倒な事になる。取り敢えず、ここから離れる事にしよう。いいな、姫」

「……うん」


 アルトゥーがかけた声に、サリアはいつもの彼女らしからぬしょげ返った様子で頷くのだった。

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