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姫と情報と情報屋

 一方、その頃――、


「あの~、まだ着かないのぉ?」


 アヴァーシの西街路から逸れた脇道の、薄暗くジメジメした狭い道を歩きながら、訝しげな表情を浮かべたサリアが前を歩く男の背中に向けて尋ねた。

 その声に反応して、男が歩きながら振り返った。そして、口の端を歪めながら答える。


「ん~? あ、もう少しだよ」

「結構離れたところにあるんだね……情報屋さん」

「あ……何せ、秘密の情報屋だからな。衛兵(ポリ)共に見つかったらうるせえんだよ。だから、裏通りの目立たないところで店を開いてるんだ」

「ふぅん、そうなんだー。大変なんだねぇ」


 男の言葉をいとも簡単に信じたサリアは、ニコリと笑って頷いた。


「……そうそう、大変なんだよ」


 そう言って、無邪気なサリアの微笑みに頷き返した男は、再び前を向き――ニヤリとほくそ笑む。

 だが、その邪悪な薄笑みは、後ろを歩くサリアからは見えなかった……。


 サリアが、このガラの悪い男と出会ったのは、方々に聞き込みをするスウィッシュと離れ、西街路のベンチで所在無げに座っていた時だった。


『君たち、何か探し物でもあるのかい?』


 と気さくに話しかけてきた男の事を、最初は警戒していたサリアだったが、彼ととりとめの無い世間話を交わす内に、だんだんと打ち解けていった。

 そして、つい『エルフ族が集められている収容所の情報を探している』と漏らしたサリアは、


『どんな情報でも手に入る腕利きの情報屋を知っている。そこなら、収容所に関する情報もあるはずだ』


 という男の話に興味を惹かれ、彼の案内でその情報屋へ向かっているのだ。


(これで、情報屋さんからいい情報を教えてもらえたら、スーちゃんも喜ぶだろうなぁ)


 サリアは歩きながら、自分が聞き出した情報に喜ぶスウィッシュの顔を思い浮かべて、にんまりと笑った。日頃からお世話になりっ放しの自分が、大好きなスーちゃんの役に立てるのがこの上なく嬉しかったのだ。

 ……とはいえ、あまり待ち合わせ場所から離れすぎて、戻るのが遅くなっては、スウィッシュを心配させてしまう。

 そう思い至ったサリアは、少し不安げな表情を浮かべて、男の背中に向けてもう一度声をかける。


「ねえ、あとどのくらいかかりそ――」

「……着いたぜ、お嬢ちゃん」


 彼女の問いかけを遮ると、男はくるりと振り返った。


「――ここが、例の情報屋だよ」

「え……?」


 男の声に、思わず戸惑いの声を上げるサリア。

 ふたりの前に建っていたのは、今にも崩れ落ちそうな木製の建物だった。

 その佇まいは、店というより物置小屋に近い。当然のように看板も掲げられていなかった。


「……な、何か、全然お店っぽくないね。大丈夫なの、ココ……?」

「そりゃ、情報屋なんて非合法だからな。大っぴらに営業してる訳ねえだろうが……へへへ」

「……」


 サリアは、先ほどまでとは少し変わった男の表情と言動に、遅まきながら不審を覚える。

 彼女は頭の帽子を目深に被り直し、さりげなく周囲に目を配りながら、殊更に平静を装って言った。


「あ……やっぱり、今日は帰ろうかな……。そんなにお金も持ってないし……」

「おいおい! ここまで道案内させておいて、手ぶらで帰ろうなんてムシのいい話が通じるとでも思ってんのか、アァッ?」


 サリアの言葉に声を荒げる男。

 その乱暴な言葉に身体をビクリと震わせたサリアを、先ほどまでとは打って変わった鋭い目で睨みつけながら、男は後ろ手で“情報屋”の朽ちかけたドアを開け放った。


「へへ……道案内の駄賃は、キッチリと払ってもらうぜぇ。――その身体でなぁ!」


 その声に応じるように、開いた扉の奥から、いかにもガラの悪そうな薄汚い男たちが次々と出て来る。

 いや、小屋の中からだけではない。

 道の両端からも、下卑た薄笑いを浮かべたゴロツキが数人、こちらへ向かって歩いてくる。

 たちまち、サリアは十数人のチンピラどもに囲まれてしまった。

 包囲されて、目深に被った帽子の下で僅かに焦燥の表情を浮かべたサリアだったが、懸命に勇気を振り絞ると、道案内をしてきた男に向かって声を上げる。


「……何なの? この人たちは……」

「へへ……決まってんだろ? 情報屋さんだよ~……なんつってな!」


 男は、もはや悪意を隠さず、頬を歪めてサリアを嘲笑する。

 と、彼女を取り囲んだチンピラのひとりが、不満げな声を上げた。


「……って、何だよコイツは! まだ全然ガキじゃねえかよ! こんなんじゃ、売っ払ってもロクな金にならねえぞ!」

「そうだよ! 何やってんだよ、使えねえな!」

「もっと色気のある姐ちゃんを連れて来いよ! オレらが愉しめねえだろうがボケ!」


 チンピラの声に、周囲の何人かも同調する。

 だが、男はニヤリと笑うと、人差し指を立てて横に振ってみせた。


「分かってねえなぁ……。案外と、金持ち連中には需要があるんだよ。こういう13か14くらいの、熟れる前の青い果実ってヤツはな」

「……!」


 男の口走った言葉に、サリアは眉をピクリと動かす。

 だが、そんな彼女の様子にも気付かぬ様子で、ドヤ顔の男は更に言葉を継ぐ。


「まだガキくせえツラだが、パーツは悪くねえ。金に糸目を付けずに買い取りたいってヘンタイは少なくないだろうな。コイツは、普通の娘なんかよりもいい額のカネに化けてくれそうだぜ! ヒヒヒッ!」

「――ガキじゃないもんッ!」

「ぶべぇっ!」


 金切り声とともに飛んできた瓦礫が顔面にヒットし、鼻血と折れた歯を撒き散らしながら、男はその場に崩れ落ちた。

 突然の事にどよめくチンピラたち。

 瓦礫を投げつけたのは、言うまでも無くサリアだった。

 彼女は、真っ赤な髪を振り乱しながら、紅玉のような瞳を爛々と輝かせ、その顔を真っ赤に紅潮させながら声を荒げる。


「サリアは、ガキなんかじゃないもん! ちゃんと成人の儀を受けた、れっきとしたオトナです!」


 彼女は、拾い上げた瓦礫を砕けんばかりに握りしめながら、周りを取り囲むチンピラたちを威嚇するように睥睨しつつ、更に声を張り上げた。


「ていうか、人間族(ヒューマー)のあなたたちなんかよりもずっと年上だしぃっ! たかだか三十年くらいしか生きてないクセに、偉そうにしないでもらえますッ?」

「な……何を言っているんだ、このガキ……」

「ガキじゃないってばぁ!」

「ごばふっ!」


 唖然としながら思わず呟いた禿頭のチンピラの鼻柱を、激昂したサリアの投げつけた瓦礫が砕いた。


「て、てめえ! このガ……お、女ッ!」


 仲間をふたりも倒されて、野太い声で叫ぶチンピラたち。

 彼らは、腰に差したナイフを一斉に抜き放った。


「……!」


 周囲で上がる鞘走りの音に、サリアは思わず身を強張らせ、ジリジリと後ずさる。が、


「おらぁっ!」

「キャッ!」


 背後のチンピラに斬りつけられ、慌てて身を翻して、紙一重で斬撃を避けた。


(そ、そうだった……! 周りを囲まれちゃってるんだった……!)


 その事実を思い出し、頭に上った血が引いたサリアは、右手に持った瓦礫を振り上げてチンピラたちを牽制しつつ、油断なく周囲を見回す。

 ……だが、殺気だったチンピラたちの間に、すり抜けて逃げられそうな隙は、全く無かった。


(ど……どうしよう……)


 サリアは困った。

 彼女の脳裏に、ギャレマスからの『この町の人間族(ヒューマー)たちに、絶対に魔族と悟られぬようにせよ』という注意が蘇る。


(魔族だってバレちゃうから、背中の翼で上に逃げたり、雷系呪術を使うわけにはいかないし……)


 そんな事を考えている間にも、鈍く光るナイフを構えたチンピラたちが、どんどん包囲を狭めてくる。


「こ……来ないで!」


 恐怖に駆られたサリアは、前方のチンピラに向けて瓦礫を投げつけるが、チンピラの振るったナイフによって、瓦礫は顔面を襲う前に弾き飛ばされてしまった。


「……っ!」

「ひひっ! さすがに三度も同じ手は通じねえよなぁ!」


 愕然とするサリアを、チンピラたちは嘲笑する。

 サリアは、慌てて足元を見回し、新たな瓦礫を拾おうと手を伸ばすが、


「きゃあっ!」


 おもむろに襟首を掴まれ、仰向けに倒されてしまった。


「痛たた……」


 強かに背中を打ったサリアは、痛みに顔を顰めながら起き上がろうとするが――その喉元にナイフの刃が突きつけられる。


「――ッ!」

「おっと! おとなしくしな! 動くとケガしちまうぜ!」


 サリアにナイフを突きつけたチンピラは、その髭面に下卑た笑いを浮かべながら言った。


「なぁに、おとなしくしてりゃ、悪いようにはしねえさ。たーだ、親切で()()()()な大金持ちのおじさんに売っ払われるだけだからよぉ」

「い……いや……!」


 下品なチンピラの物言いに、何とも言えないおぞましさを感じたサリアは、力無く(かぶり)を振る。

 そして、涙を浮かべた目をギュッと閉じて、決して届かないと解っていながら、声を張り上げ助けを乞うた。


「た……助けて! 誰か……助けて、スーちゃん! ……お父様ァ――ッ!」

「ひひひっ! 無駄だよ無駄! 誰を呼ぼうとしても、こんな裏通りなんぞにはネズミも来やしねえぜ!」


 泣き叫ぶサリアの様子を見たチンピラたちは、一斉に愉悦に満ちた嗤い声を上げる。


 ――と、その時、


「……やれやれ。迂闊に過ぎるぞ、姫」


 チンピラたちの嗤い声に混じって、どこか聞き覚えのある陰気な声が、サリアの耳朶を打った――!

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