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魔王と朝と目覚め

 ――結局、


『三人でダブルベッドに寝ましょう!』


 と無邪気に提案するサリアと、それを必死で固辞して、


『陛下とサリア様がベッドで寝て下さい! 臣下のあたしはソファで充分です!』


 と頑迷に言い張るスウィッシュを宥めすかし、ようやくの事でサリアとスウィッシュをベッドに寝かせ、ギャレマスがソファで横になったのは、もう夜も半ばを過ぎたあたりだった。

 だが、予想以上のソファの寝心地の悪さと、妙な興奮が彼の身と心を苛み、彼はなかなか眠りにつく事が出来なかった。ようやく明け方近くに浅い眠りを得たものの、すぐに目が覚めてしまい、それからはまんじりともできず――今に到る。


 「ふわあああ……」


 閉じた瞼越しに、部屋の中が薄明るくなり始めた事に気付き、これ以上横になり続けても徒労に終わるであろう事を悟ったギャレマスは、両腕をいっぱいに伸ばしながら、諦め混じりのあくびを吐く。

 そして、「どっこいしょ……」と掛け声をかけて、むくりと身を起こした。

 と、


「痛ちちち……」


 彼はやにわに顔を顰めると、首筋と腰に手を当てる。


「ううむ……やはり、この年齢(トシ)になってソファ寝するのはイカンな。むしろ疲れが増した気がする……」


 そう独り言ち、悲鳴を上げる腰を必死で擦って宥めすかしながら、ゆっくりと立ち上がるギャレマス。

 彼は、掛毛布代わりにしていた黒いローブを身に纏い、部屋の中を見回した。

 もう朝だというのに、彼らが泊まる部屋の中は薄暗かった。昨日、宿の主人が言っていた通り、この部屋の日当たりは頗る悪いらしい。


「まあ……そう贅沢な事も言えまい。野宿せずに済んだだけ良しとせねばな」


 彼は、半ば自らを納得させる為に呟くと、壁際に置かれた大きなダブルベッドの方を一瞥した。

 そして、思わず顔を綻ばせる。


「ふ……サリアの言う事も、あながち冗談でもないようだな」


 毛羽立った毛布はクシャクシャとなった状態で、半分ほどベッドからずり落ちていた。おそらく、寝ている間に無意識に蹴り退けてしまったのだろう。その寝相から見るに、多分スウィッシュの方が……。

 今は、冬の訪れを感じさせる季節だ。室内とはいえ、安宿の部屋の中の空気はひんやりと冷たい。


「やれやれ……このままでは、ふたりとも風邪をひいてしまうな」


 彼はそう呟くと、眠っているスウィッシュとサリアを起こさぬように、忍び足でベッドに近付いた。

 そして、落ちている毛布を拾い上げ、ふたりの上にかけてやろうとする。


「むにゃ……」

「ふふ……変わらぬな」


 かわいらしい寝息を立てるサリアの寝顔に幼き日の面影を見て、ギャレマスの顔が思わず綻んだ。

 と、その時、


「……ん?」


 たまたま、ギャレマスの視線が、サリアの隣で寝ているスウィッシュの方へと向けられた。

 大いに寝乱れたスウィッシュ。

 彼女は、前袷でボタン留めの寝間着を着ていたが、彼女の寝相の悪さのせいで、そのボタンは真ん中のひとつしかかかっていなかった。

 そして、ボタンの外れた寝間着の胸元から、()()谷間が覗いているのが目に入ってしまう。


「――ッ!」


 スウィッシュのあられもない姿を見てしまったギャレマスは、激しく狼狽しつつ、咄嗟に視線を横にずらした。

 そして、彼は更に見てしまう。

 上と同じようにボタンの外れた寝間着の間から覗く、スウィッシュの白くきめ細かな肌の、引き締まった腹部を――。


「ッ! ――っ!」


 スウィッシュのお腹を見てしまったギャレマスは、年甲斐もなく顔を真っ赤に染めながら、慌てて視線を逸らした。

 そして、窓を覆う薄汚れたカーテンを凝視しながら、左胸で激しく跳ね回る心臓を落ち着かせようと努める。

 ――と、


「――陛下?」

「ッ!」


 聞こえてきた怪訝な声が、彼の耳朶を打ち、せっかく落ち着きかけた心臓が、再び胸郭を突き破らん勢いで跳ね上がった。


「……」


 顔から滝のような汗を垂らしつつ、おそるおそる視線を下に向けるギャレマス。

 果たして、寝ぼけ眼を擦るスウィッシュが、ベッドの上に横たわったままキョトンとした顔で彼の事を見上げていた。


「あ……」

「……あ、おはようございます、陛下……」


 思わず身を凍りつかせるギャレマスだったが、スウィッシュは彼の様子にも気付かぬ様子で、ペコリと頭を下げ――


「……じゃなくって!」


 ハッと我に返り、慌てた様子で飛び起きた。


「陛下、も、申し訳ございません! 臣下にもかかわらず、主よりも遅く起きてしまうなんて、お恥ずかしい……」

「あ、い、いや! そ、それは別にか、構わぬ……ウン!」


 深々と頭を下げて謝罪するスウィッシュから慌てて視線を逸らしながら、ギャレマスはしどろもどろになりつつ答える。

 彼女が頭を下げる度に、はだけた寝間着から胸元が覗き、どうしても視線がそこに集中してしまうからだ。


「そ……その! す、スウィッシュよ……あれだ!」


 彼は目を背けたまま、必死で自分の胸元を指さしたりして、何とか彼女に気付かせようとする。

 だが、寝起きで頭が充分に回っていないスウィッシュには伝わらない。


「どうなさったんですか? あ……もしかして、ご気分がすぐれないんですか?」

「いや、そうじゃない……余の事ではなく、お主の――」

「? あたしは、別にどこも――?」

「……スーちゃん、スーちゃん――」


 戸惑うスウィッシュに小声で呼びかけたのは、いつの間に目を覚ましたサリアだった。

 彼女は、僅かに頬を染めながら、無言でスウィッシュの胸元を指さした。


「え……?」


 サリアの指の指さす先に視線を向けたスウィッシュは、


「あ……ッ!」


 ようやく、自分の乱れた寝間着姿に気付いたスウィッシュの顔が、みるみる紅く染まる。

 そして、涙を浮かべた目で、キッとギャレマスの顔を睨んだ。


「あ! い、いや、違うぞ! こ、これは、余がした事ではなく――ッ!」


 その視線に己が身の危機を感じたギャレマスは、慌てて両手をブンブンと振りながら、必死の弁明を試みる。

 ――が、それは既に遅かった。


「キャアァァァ――――ッ!」

「ぎゃああああああああっ!」


 ふたつの悲鳴が上がると共に、『古龍の寝床亭』の古ぼけた建物は、まるで火山の爆発か大地震かに見舞われたかのように大揺れに揺れたのだった……。

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