魔王と伝説と四勇士
はじめまして。朽縄咲良と申します。
長い題名の転移ものですが、いわゆるテンプレものとは一味違った作品になる予定です。
宜しければご一読の上、お気に召しましたらブックマーク・評価(星ひとつでも大歓迎!)をよろしくお願いいたします!
【イラスト・ペケさん】
「くっ……そ……!」
正に満身創痍といった体で、“伝説の四勇士”のひとりである魔法騎士のジェレミィアが、剣を杖にしてヨロヨロと立ち上がりながら、ギリギリと音を立てて唇を噛みしめた。
半獣人特有の長い犬歯が、彼女のぷっくりとした唇の皮膚を突き破り、真っ赤な血が顎先へと伝う。
口の中が鉄の味と匂いで満ちるが、彼女はそれにも構わず、敵意と絶望に満ちた目で、階の上で仁王立ちしている黒いローブを被った男を見上げた。
「つ……強すぎる……」
彼女の横で、ジェレミィアと同じ“伝説の四勇士”・ハーフエルフのファミィが、全身を瘧の様に震わせながら、すっかり戦意を喪失して怯えていた。
彼女の纏っていた純白のローブは、血と塵埃に塗れ、日頃の可憐な姿は見る影もない。
神の嶺ハーマナルに比定される程高かった彼女のプライドは、今や大理石の床に這いつくばる彼女自身と同じように地に堕ちてしまった。
だが、ファミィは、その事を嘆く余裕も無い様子だった……。
その一方、
「あぁ……神よ。お恨み申します。何故、我々に斯様に酷な試練をお与えになるのか……」
と、ふた抱えはありそうな石柱に凭れかかり、その両眼から滂沱の涙を流しながら、祈れども一向に救いの手を伸ばそうとしない天に向かって恨み言を吐いているのは、“伝説の四勇士”こと、女神官のエラルティス。
聖女である彼女の象徴とも言える青白色の神官服は、彼女の流した血と高熱に炙られた事によって出来た無数の焦げ跡で、見るも無残に薄汚れてしまっていた。
「くっくっくっ……!」
そんな三人の姿を階の上から見下ろしながら、黒いローブを纏った壮年の男は愉快そうな嗤い声を上げる。
彼は――ただの人間ではなかった。その事は、彼の側頭部から天に向かって伸びた二本の白い角と、背中から生えた漆黒の翼が、これ以上なく雄弁に主張していた。
――そう、彼は魔王・イラ=ギャレマス。
この世界の人間族・エルフ族・獣人族と敵対する存在である魔族を統べる存在。
最高にして最強の魔人である。
その力は圧倒的で、“伝説の四勇士”であるジェレミィア・ファミィ・エラルティスの三人が束になってかかっても、まるで歯が立たなかった……。
「くくく……アーハッハッハッハッ!」
彼は、一段と高い哄笑を上げながら、勝ち誇った声で叫ぶ。
「まったく……他愛もない! うぬら“伝説の四勇士”とやらの力とは、その程度か? 余に傷をつけるどころか、髪の毛一本切り取る事すら能わぬではないか! やれやれ、こんな小娘どもを差し向けられるとは、余も随分とナメられたものよのう!」
「……くっ」
魔王ギャレマスに嘲笑を浴びせられた三人は、悔しそうに顔を歪めるが、返す言葉も無い様子で、ただ力無く項垂れるだけだった。
「……フン!」
ギャレマスは、すっかり戦意を喪失した様子の三人を蔑むように見下すと、やや声の調子を和らげつつ、更に言葉を続ける。
「……まあ、如何に身の程を弁えぬ無謀極まる行いだったとはいえ、自らの身を以て、余に戦いを挑んだその意気だけは褒めて遣わそう。――だが!」
そこで言葉を切ると、ギャレマスはその金色に輝く目を更に険しくさせ、彼女たちの後方――巨大な鉄扉の方へと向け、長い爪の生える節くれた指を突きつけた。
そして、鉄扉の前に佇むもう一人の影に向けて、憤怒に満ちた声をぶつける。
「こやつらに比べて、貴様は何だ、“伝説の四勇士”シュータ! 女どもが命を賭して余と戦っている間、ひとりだけ安全な後方で高みの見物と洒落こんでおるとは……! それでも男か、腰抜けの卑怯者めが!」
「――はははっ。まさか、悪の魔王に『卑怯者』呼ばわりされるとは思わなかったな~」
魔王ギャレマスの上げた怒声とは正反対に、緊迫感の欠片も無い軽薄極まる声を吐きながら、鉄扉の前に立っていた人影が、ゆっくりと歩を進めてくる。
そして、大燭台の炎の光に照らし出されたのは――純銀の鎧に身を包んだ、ひとりの人間族の男。
彼は、三人の仲間の前に出ると立ち止まり、階の上から自分を睨みつけている魔王を見上げると、
「リクエストにお応えして、相手してやるぜ、魔王様よ。その口ぶりじゃ、さぞや俺様を楽しませてくれるんだよなぁ、オイ?」
と、口の端を皮肉げに上げながら、あからさまに魔王の機嫌を逆撫でするような口ぶりで言った。
「……キサマ!」
その生意気な言い草に、ギャレマスのこめかみに青筋が浮き上がるが、“伝説の四勇士”シュータの容姿を改めて見返した彼は、思わず首を傾げる。
何故なら、眩い光を放つ、豪奢な装飾があしらわれた鎧と、魔族の間でも百雷の如く轟いているその威名とは対照的に、シュータは至極平々凡々とした顔つきと体つきだったからだ。
見る限り、彼はまだ若い。寿命の長い魔族の年齢基準を人間族のシュータに当てはめる訳にはいかないが、人間族換算で見積もっても、彼はまだ成人するかしないかくらいの年齢ではないだろうか?
この世界の人間族には珍しい、黒髪黒目で彫りの浅い顔つきは、精悍というよりはあどけなさの方をより強く印象付けられる。
……とても、魔王を倒し得ると謳われるほどの強大な力を有した“伝説の四勇士”のひとりには見えない。
「……お前は、本当に“伝説の四勇士”最強の男と謳われた、シュータ・ナカムラなのか?」
ギャレマスは、そのあまりのオーラの無さに、思わず素で訊き返してしまった。
一方、ギャレマスの問いかけに、シュータは憮然とした表情を浮かべながら頷いた。
「――ああ、そうだよ。……まったく、ここまで来て、今までクソ野郎どもに散々っぱら浴びせられたのと同じ質問を、まさか魔王様直々にされるとは思わなかったぜ」
「あ……そ、それは、すまぬな……」
不貞腐れて頬を膨らませるシュータに、思わず謝る魔王。
「……謝るなよ、調子狂うなぁ。お人好しか、魔族のクセに」
シュータは、魔王の態度に呆れ声を上げると、指の関節をぽきぽきと鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「まあ、俺が本当の“伝説の四勇士”なのかどうかは、戦ってみりゃ嫌でも分かるさ」
そう言うと、彼は肩越しに振り返り、呆然とふたりのやり取りを見守るだけの三人の仲間を一瞥し、
「……と、その前に――」
と呟き、片手を挙げると、ギャレマスに向かって言った。
「魔王のオッサン、ちょっとタンマね」
「は――?」
いきなりの中断要求に、ギャレマスは思わず目を点にする。
「――て、オイ!」
一瞬呆けた魔王だったが、すぐに気を取り直すと、背を向けたシュータに向かって怒鳴る。
「な、何だ、『ちょっとタンマ』って! おい! 聞いとるのかキサマ!」
だが、シュータは魔王の抗議の声をあっさりと無視し、傷ついた三人の娘たちの元へと近付いていく。
そして、ヘラヘラと嗤いながら、彼女たちに声をかけた。
「やれやれ……。お前たち、俺と同じ“伝説の四勇士”のクセして、てんで弱いなぁ。あんな冴えないオッサン一人を相手に、三人がかりで挑みかかったのにボロ負けじゃねえか。クソダセえ」
「しゅ、シュータ様……申し訳ありませんわ」
「シュータ殿! きょ……今日は、たまたま神のご機嫌が悪い日だったのです。いつもの私なら、こんな事には……」
「そ……そうは言っても、ま、マジで強いんだ、あの魔王は……!」
歯に衣着せぬシュータの言葉に、三人の娘たちは目に涙を浮かべながら思い思いの声を上げる。
シュータは、そんな彼女たちに微笑みかけながら「オーケーオーケー」と頷き、言葉を継ぐ。
「ま、あとは俺が何とかするからさ。お前たちはサッサと逃げな」
「「「え?」」」
シュータの言葉に驚愕する三人。
ファミィが、その白磁の如き頬を紅潮させながら、ブンブンと首を横に振る。
「い、いけません、シュータ様! 私たちは栄光ある“伝説の四勇士”です! たとえ、力が及ばなくても、ここから逃げるなんて……!」
「そ、そうだ! アンタ一人を置いて、アタシたちだけで逃げるなんて、そんな事出来る訳が……!」
ファミィの上げた異議に、ジェレミィアも同調する。
一方のエラルティスは、一瞬躊躇する様子を見せたが、諦めた様に首を小刻みに振りながら言う。
「しゅ…シュータ殿。それは実に魅力的な案なのですが……やはり、仲間を見捨てて逃げ去ったとなると、わらわの経歴に傷が付いてしまいますゆえ――遺憾ながら、その提案は呑めません……ハイ」
「……」
シュータは、無言のまま三人の顔を見回すと、大きな溜息を吐く。
「はぁ~……お前ら、ハッキリ言わねえと解らねえのかよ?」
「え……?」
「だから、要するに――」
そう言いながら、シュータは指を伸ばし、中空に何かを書くかのように動かす。
彼の動かした指の軌跡が仄かに紅く光り、瞬く間に複雑な記号が記された円形の魔法陣を形作った。
その魔法陣を見た三人の目が、驚愕で大きく見開かれる。
「「「そっ! その陣は――!」」」
「――『俺の邪魔だから消えろ』って言ってんだよ!」
慌てふためく三人にそう言い放つや、シュータはパチンと指を鳴らし、
「――反重力ッ!」
と、声を発した。
それと同時に、三人の身体がふわりと浮き上がる。
そして、
「飛んでけ!」
彼が簡潔に叫ぶと共に、三人の身体は、まるで風に吹かれるたんぽぽの綿毛の様に軽々と飛び、魔王の間の大きな窓をぶち破った。
「「「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」」」
外へと吹っ飛んだ三人の悲鳴が、だんだんと小さくなり、やがて聴こえなくなった。
「……は?」
階の上で一連の顛末を傍観していた魔王ギャレマスは、彼女たちに対するシュータの仕打ちに、思わず口をあんぐりと開けた。
「な……何を……?」
ギャレマスは唖然としながら、シュータの背中に向けて上ずった声をかける。
「何故だ? 何故キサマは、仲間を戦いの場から遠ざけるような真似をしたのだ?」
「は? さっきあいつらに言っただろうが。聞いてねえのかよ?」
魔王の問いかけに面倒くさそうな表情を隠さずに、シュータは答える。
「……邪魔なんだよ、アイツらは」
「邪魔……?」
「ああ」
怪訝な顔をして訊き返すギャレマスに、不敵な笑みを浮かべながらシュータは頷いた。
そして、自分とギャレマスを交互に指さしながら言葉を継ぐ。
「要するに、知られちゃ困るんだよ。俺が、これから魔王と結ぼうとしてる密約の事を、な」




