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甕星戦記  作者: pity
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泣いた赤鬼 其の壱

感想待ってます

私はみじめったらしくもなお、生きようともがくのは、この世にあって何よりも耐難い闘争であり、また、尊ばれるべきものであると信じている。


私は国の武を担う名門にて生を授かり、末弟でこそあったが、戦うための教育、指導を徹底的に叩き込まれた。


戦場においては強きものこそが正義で、力無きものに生き残る価値はない。しかし、弱きものを守るのもまた、強き者の役目であるのだと。


そこに疑問を抱くことはなく、淡々と、武の道を邁進していった。


ある日のことだ、一人の男が我家を訪ねた。


刀を腰に下げ、三度笠を被った、驚くほど肌の白い怪しげな男だ。


どうやら父に用があるようで、紹介状を門番に渡すと、すんなりと通された。


我家は来るものは誰であろうと拒まなかった。


300余年もの長くの間継承を途絶えさせることもなく、武の家門として反映してきたという自負があるゆえか、尋ね人が悪人であろうと何であろうと、仇なすものであれば、誰であっても迎え撃つ気でいた。


結論から言えば、あの男は稽古に励む父の私室へと案内され、父の一太刀の前にあっさりと切り捨てられた。しかし、悪夢の始まりは父が男を切り捨てたその時から始まった。


父に切り捨てられ、死を待つのみのはずの男は、その状況にそぐわず、不敵に笑うと、今際にこのようなこのを口にした。


曰く、私の命を奪いし者は、自らが血を絶やさんがための鬼と成ると。


私はそれを戸の隙間から覗いていた。


父は刀身を己の前へと持ち上げて眺めた。


「どうやら、貴様の言うことは嘘ではないらしいが、なるほど、かような小賢しき者の目論見に気づけぬとは私もまだまだ未熟であったらしい。」


父はそう言うと、目の前に向かって刃を横に薙いだ。


万力が込められた凄まじい一閃、送れて刀が風を切った音が聞こえた。


そして、目の前の空間がうねる様に揺らいだかと思えば、父の首が胴体から切り離され、そのまま床へと転がった。


死した父を前に男は狂ったように笑い声を上げた。


「死んだ如きで我が父祖が残した術が消え失せると思ったのか!無様であるな豊布都カグチ!」


不自然なことに、父の体は首がなくなったのにも関わらず、倒れることなく仁王立ちをしていた。


刃も腕に握りしめられたままである。


「我が術は、血族を絶やすのみでなく、転生の呪術が加えられているのだ。お前の体はこれからは私のものとなる。たとえ地獄の果てのお前には聞こえずとも言ってやろうではないか!豊布都はお前の判断の誤りによって三百年の歴史に幕を下ろすのだ!」


這いつくばりながら男は高らかに言った。


そして、男はその言葉を最後に何も言わぬ屍となった。


すると、父の体が生きているかのようにひとりでに動き始めた。刀を振り上げ、男の屍へと寄ると、普段と変わらぬ動きのまま、屍の首を目掛けて斬りかかった。


一瞬遅れて首から血が漏れ出した。


父の屍は下手人の男の首を持ち上げると、首の切断面にピタリと重なるように、その首を自らの首の切断面に乗せた。すると、またたく間にそれらは癒合し、一体となった。


このときになって、初めて己は一刻も早くこのことを誰かに伝えるべきであったと後悔した。


そして、なぜ逃げなかったのかと恐怖した。


そこから先の記憶は朧気だ。私は逃げろと半狂乱になりながら、叫び、迫りくる死の足音から逃げ延びようと走った。


しかし、そのような私とは違って、一族の者は誰一人として逃げようとはしなかった。


父であった躯に立ち向かったのだ。


だが、たとえ屍となろうとも父 は豊布都家興って以来の鬼才と呼ばれた男であったことには変わりわなく、誰一人として戦いにすらならずに、その一刀のもとに崩れ去った。


私は見ていたわけではない。


まるで暴風の如き刀が中空を切り裂く音が、何度も耳にした父の一閃から生じる音が、背後より響くたびに、断末魔の叫びさえも残せずに一つの命が終わりを迎えることを教えていた。


あの男の口ぶりからすれば、父の屍は一族以外は殺されないようにも思えたが、しかし、死した体は男の首が繋がれており、意識があるのかは解らぬが、その通りにこの場にいる者が殺されないという考えは、甚だ疑わししものであり、希望的観測に過ぎなかった。


そして、そのことを考え、ようやく私は気がついた。


今この家には豊布都が主君として使えるお方の末の娘が、我家による護衛も兼ねて、御住まいになられている事に。


このとき、私は正直に言えば迷った。


話したことも数度しかなかった者を救い出そうとするがために、あの屍に自分の命を差し出すことになるのではないのかと。


けれど、その時私の脳裏には死した母の言葉が浮かびあがった。


「もし貴方が戦場にてどうすべきか迷ってしまったときは、どちらにせよ後悔はするのです。ならば貴方はそのときに自らが最も後悔しないと思った方を選びなさい。」


私はもはや一族は途絶えるのだということになんの疑いもなかったが、しかし、それがどれだけ事実であったとしても、悔しく、恨みがましいことであった。


許せぬと、未だ弱きに甘んじる己が身を悔いいるように恥じた。


そして、 戦わずに逃げるというのに、幼き少女の一人を足手まといと考え、自分の命恋しさに見捨ててしまおうとするような心の弱き有様でをより一層恥じた。


そこで私の迷いは消え去り、漸く私の決心は揺らがぬものとなった。


姫を助け、あの父であった宿敵から必ず逃げ伸びるのだと決意した。


私の最も得意とするものは剣戟ではなく逃走だ。


回避術や、逃走術など、家の中でも右に並ぶものはいなかった。


それは父でさえもだ。


逃げに徹するのならば必ず逃げ切ることができるだろうという確信が私にはあった。


今思い返されるのは、逃走とは勝つためにあるのだと父が私に言ったこと。


お前がもし、逃げなければ勝てないのだと思うのであれば、必ず逃げろ。その才能を恥じるな。


その時は励ましであるのだと感じたが、今このときはっきりとわかるのは、それが真理で、私は逃げ延びなければ仇を討つことも叶わないということだけだ。


そして、私は隠し通路を抜けながら、主君の娘であるサクヤ姫のもとへとたどり着いた。


当然そこには護衛の者が控えていたが、簡潔に父が下法にかかり、それによって当家が壊滅状態に近いことを伝え、私が彼女を逃がすことを提案した。


幸いにも、私が逃走術の達人であることを知っていたのか、「姫を任せる」とだけ言われ、彼らもまた逃れられぬ戦いへとその身を投じた。


「さぁ、サクヤ姫。私があなたを抱えて逃げますので身体をお預けください。」


サクヤ姫は頷くと、私の腕の中に収まった。


余計な荷物になると考え、私は腰にさしていた刀を捨てると、彼女を抱えて主君が住まう城から反対のほうへと足を走らせた。


風を置き去りにするほど素早く屋敷の中庭を駆けた。


屋敷の敷地は非常に広く、この国では王族のものに匹敵するほどである。


漸く屋敷の門壁が見えたときサクヤ姫は不安そうに唇を開いた。


「ミカボシ様、私達は何処へ向かっているのですか?」


サクヤ姫は私の腕の中でそう言った。


「何処へ向かっているわけでもありませぬ。我々は逃げているのですよ姫様。我が父は曲がりなりにもこの国の武の頂点に立たれていたお方。それが屍とはいえ敵の手中に落ちたのです。もはやこの国に安全な場所などありませぬ。ゆえに、我々は行く宛などなくともこの国を抜け出さなければならぬのです。」


サクヤ姫はよく分からないようで、しばらく考え込んだ。


「つまりこういうことです姫様。殺されぬように外国へと向かうのです。」


「外国へ…ミカボシ様、それはいつまでなのですか?私は父様や母様のもとへ帰れますか?」


「残念ながらサクヤ姫、今はまだお二方共に生きておられることでしょうが、これから先あなたの父君や母君が殺されずにいるという保証は、私には出来ませぬ。

豊布都はまもなく壊滅いたします。当家は武の一切を国より任せられていたが故に、それが滅びるとはこの国の武が一切が失われることと同じことなのです。つまり、他国であるか、それとも逆賊であるかは分かりませぬが、この国を攻め滅ぼすには今が絶好の機会なのです。姫様、正直に言いましょう。

攻め込まれてしまえば王家の一族は皆殺しにされましょう。当家の伝達部隊は優秀です。今しがた起きた事も王の屋敷へと伝えに行ったことでしょう。それによって状況を知ることができたとしても、どこまで逃げ伸びることができるか、私には予測もつきませぬ。」


「それでは、私は二度と会うことはできないと、そういうことですか?」


「ええ。ですが姫様、事態は深刻ですが、王は聡明でございまする。逃げ切るという可能性は十分にあるはずです。」


そう言うと姫様は静かに、諦めたように首を横に振った。


「いいのです、ミカボシ様。慰めはいりません。あなたこそお父上が殺され悔しいでしょうに。そんな中私が今一度父様や母様に会いたいと、わがままを言うわけにはいきません。貴方は今必死に逃げ切ろうとしている。私は齢が十にも満たない若輩者ですが、私ばかりが泣き言を言っている場合ではないと言うのは分かります。これから先私が泣こうと喚こうと、決して気遣いはいりません。貴方は逃げることだけに集中してください。私も覚悟を決めますので。」


そう言うと姫様は私の背に回す腕の力を少しだけ強めた。


涙を浮かべながらもこぼれ落ちぬように眉間を寄せる姿は、強がりに見えたが、必死に堪えようとしているその姿は、この人を私がなんとしても生かすのだという決意を強めた。


「姫様、直に門を抜けます。その後は私は少しでも城下の者を逃がすため、そして私達の逃げる姿を撹乱するために、住居に火を放ちます。なるべく気配を読み、人の居る場所は燃やさぬやうに注意をしますが、私も今は必死ですから誤って無辜の民を、守るべき民を殺めてしまうかもしれませぬ。しかし、どうかご容赦をください。」


「分かりました。私は他者の命に対する権利は何一つ持ち合わせていませんが、私も見届けます。あなた一人に背負わせたりはしませんよ。」

どこまでも真っ直ぐな人だと思い、私はこのような人に咎を背負わせてしまうのだと、心が苦しくなり、また胸の中心がチクリと痛んだ。


「申し訳ございませぬ。」


彼女の見届けるという言葉に私はかける言葉も見つからなかった。


門を抜けるとすかさず私は得意とする炎界呪を放った。


それから屋敷の方を一瞥し、兄弟の無事と、死んだ父の冥福、そして必ず仇を取りに戻ることを誓った。


私の放った炎は石造りの門を溶かすことなく、覆いかぶさるようにして、門壁を伝って燃え広がった。


それを見届けると私は再び走り出し、住居の屋根へと飛び跳ねた。


屋根の上から展望されるのは、これから起こることなどまるで想像してすらいない人々の、いつも通りの日常だった。


下手人の目的が分かっていない以上、火をつけて回るというのは、勇み足ではないか。


必ずしも、彼らに危害が加えられるわけではないのではないだろうか。様々な憶測が脳裏を駆け巡った。


しかし、父の武人としての極地に到達した肉体を持ってすれば、ここにいる人々を蹂躙し尽くすことは造作もないことというのもまた、一つの真実である。


豊布都が滅びた。この事実が国外に広がれば、どの道この国が攻め込まれるということは想像に難くない未来だ。


この国は戦火に見舞われるということは、奇跡でも起こさぬ限り覆しようのないことである。


他の国に比べてこの国の戦争が少ないのは、すべて豊布都あってのことだったからだ。


戦争になれば彼らは今まで通りの生活を維持することはできないだろう。


戦争には大量の物資が必要なのだ。特に食糧は欠かせず、市井の人々から徴収したとしても足りない場合が殆どだ。


そうならば、彼らの、たとえ束の間の安息であろうと、この日常風景を奪ってはならぬのではないか。私は額から汗が流れるほどに葛藤した。


少しの間、私は呆然と屋根の上から街を展望した。


ジリジリと、肉体を穿つかのような気配が、背後からこちらへと向いていることが感ぜられた。


それでもまだ迫ってくる気配を感じぬのは、まだ誰かが、父の屍を抑え込んでいる証明にほかならない。


私は決断しなくてはならなかった。


男は転生の術であると言っていた。


それならば、何れその意識を取り戻すだろう。


私が最後に見た姿はまるで理性を感じさせぬ立ち振る舞いだったが、それは完全なる転生に際して時間が必要であるということだったのだろう。


そうして考え込んでいる間に、彼らのうちの幾人かが、門壁が燃えているという異変に気がつき始めたようだった。


「おい!門壁が萌えているぞ!」


一人の男が大きな声で言った。


それを皮切りに人々の注意は燃える門壁にと移っていった。


「ミカボシ様、あまり一人で気負わないでくなさい。私も背負っていくと言いました。貴方が躊躇ってるのは民を思ってのことでしょう?豊布都の方々はこれまで民に降りかかる戦火を幾度となく凌いで来られました。


彼らとて、いざというときの覚悟はしているでしょう。


ほら、見てください。」


サクヤ姫は門壁を眺める人々を指差した。


「彼らの中に不安そうな人はいますか?私にはあの人たちはこれから自分たちがどうすべきか考えているように見えます。」




「そうなのでしょうか。」




「民衆はあなたに比べてしまえば何も力を持っていないも同然です。


しかし、彼らとてか弱いわけではありませんよ。ミカボシ様は民を侮っておられます。」




「そんなことはありませぬ。私はただ、いたずらに彼らの日常を奪うべきではないと考えただけです。」




「ミカボシ様。私はすでに覚悟を決めています。どのような問答を交わしたところで水掛け論にしかなりません。私達がするべきは切り捨てる覚悟です。豊布都の方々を背に私達は逃げたのですから、今更迷ってる場合ではないのではありませんか?」




「そう……ですね…。」


私は目を細めて納得しようとした。


「迷うべき段階は既に過ぎたということなのでしょう。あの男の目は、豊布都いっこを滅ぼして満足してしまえるような、生易しい目ではなかった。彼は遅かれ早かれ、我らに縁あるこの地に悪意をもたらしたとしておかしな話ではありませんね。」


私は炎界の呪を唱え始めた。


そうして、呪力を最大限に練り上げると、流星群の如く空へと打ち上げた。


その瞬間、私はその場から離れた屋根へと飛び移り、振り返って自身の齎した惨劇を縦覧した。


「いつか必ず私はこの地に戻り、贖うことを誓います。姫様、どうかその時は見届けてくださいますよう。」


返事はなかった。姫も燃え盛る街を余すところなく視界へと収めていた。


「いいえ、言ったでしょう。私も罪を背負うと。これは貴方だけの罪ではありません。もしあなたが贖わなくてはならないというのならば、それは二人で贖うべきこと。」




「姫様、ですが…。」




「ですがも何も、ありませんよミカボシ様。さぁ、行きましょう。立ち止まっている暇などありませんよ。」


彼女の瞳からは涙がとめどなく溢れ出していた。


それを見て私も泣きそうになった。


放った炎を制御しつつ、街路へと飛び降りて、逃げ惑う人々に紛れて路地を駆けた。



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