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 アトラクションの半分ほどを消化したフタバとヨウは、一息入れるために売店が並ぶ一郭に向かった。時間が中途半端なせいか、フードコートはそれほど混んでいない。

 フタバはアイスティーとチョコレートパフェを頼んだが、ヨウは首を振って注文を断った。

「いいの?」

「うん。君が食べているところを見てるよ」

 彼の返事にフタバは眉根を寄せる。

「そういうの、なんかイヤ。すみません、アイスコーヒー追加してください。コーヒーでいいよね?」

 注文してから、フタバはヨウに目を向けた。と、今日出会ってから初めて見る戸惑いを含んだ顔で、ヨウは頷く。

「ええっと、うん」

「他のものがいいなら、そっちにしてよ」

「いや、コーヒーでいいよ」

 コーヒー『で』いいよ、とは、微妙な返事だ。

 とはいえ、ヨウはフタバがアレやコレや世話を焼く必要がある相手ではない。彼がいいと言うなら、そうしよう。

「じゃ、それでお願いします」

 そう告げると、愛想の良い笑顔を残して去っていった。


 こういうところだから、それほど待つこともなく品が運ばれてくる。

 普通に美味しいチョコレートパフェをパクつくフタバの前で、アイスコーヒーを一口含んだヨウが妙な顔をした。片手で顔の下半分を隠して。

「どうしたの?」

「えっと……」

 口ごもったヨウは、チラリとコーヒーに視線を落とす。

 ああ、とフタバは気が付いた。

「いつもはブラックじゃないの? だったら、シロップとミルク入れたら? 別にカッコつけなくてもいいのよ?」

 言いながら、ヨウの前に置かれたコーヒーに二つ三つのシロップとミルクを入れてやる。

「ほら」

 飲んで、と押しやると、ヨウは恐る恐るという風情でまた口に運んだ。が、今度はパッと表情が明るくなる。

「おいしい」

「それは良かった」

 答えつつ、子どものような彼の笑顔にフタバは毒気を抜かれる。

(まさか、コーヒーが初めてなわけじゃあるまいし)

 年上だと思っていたけれど、もしかしたら、兄弟の制服をこっそり着てきた中学生なのかもしれない。


「ヨウって、幾つ?」

「僕? 十六」

 なら、フタバと同い年だ。

「甘党なら甘いの頼めばいいのに。ほら、これ食べてみてよ」

 深く考えることなくフタバはパフェをすくってヨウの前に突き出した。そうしてしまってから「しまった」と思ったけれど、彼女が引っ込めるより先に彼がパクリと口に入れてしまう。そして、一瞬目を丸くしたかと思ったら、さっきよりも大きな笑顔になった。

「うわ、これ美味いな!」

「何よ、これも食べたことないの? もしかして、すごくお家が厳しいの? ジャンクフードダメ、とか?」

 だから、こんなふうに屈託がないのだろうか。

 フタバは眉間にしわを寄せてそんなことを考えたけれど、ヨウはかぶりを振る。

「厳しいどころか極甘だよ、僕には。ちょっと過保護なくらいで……特に、姉がね。すごく、僕の世話を焼きたがるんだ。そんなにしなくてもいいのにってくらい」

 やれやれとため息混じりにヨウは言ったけれども、彼の眼に浮かぶ色はとても優しく、その姉のことを大事に想っていることがヒシヒシと伝わってくる。

 その想いに背中を押されるように、フタバもコロリと言葉をこぼしていた。


「……わたしにも、弟がいるわ」

「そう、なんだ」

 相槌を打ったヨウが続きを望んでいるのは言葉で促されなくても判った。

 フタバは、迷う。

(でも、どうせ今日しか会わない人だし)

 少しばかり愚痴めいたことを言っても、なかったことにできる。

 フタバは、パフェを突くふりをして、ヨウから視線を外した。

「うちの弟って、いわゆる、『寝たきり』ってやつなの」

「ああ、うん」

 こともなげに頷いたヨウに、フタバは目を上げる。

「知ってるの?」

「ちょっと、誰かがそんな話をしてた。だから、付き合い悪いんだって」

 自分のことはともかく弟のことが噂されていると聞かされてあまりいい気はしなかったけれど、人の口に戸は立てられないものだから、仕方がない。

 フタバはパフェをひと匙すくう。

「単に、カズハと――弟といるのが好きなだけよ。弟はね、わたしと同じ十六歳だけど、全然わたしより小っちゃいの。わたしでも抱っこできちゃうくらい。あの子見てると、守ってあげなきゃって思う」

「……そう」

「あの子が楽しいと思ってくれるなら、わたしも嬉しいの。そりゃ、寝たきりなんだし、弟は喋れないし動けないけど、わたしが言ってることはちゃんと聴こえてるはずだから。何も返ってこなくても、わたしがしていることは、ちゃんとあの子に伝わってるはずなの」

「うん、そうだね」

 スルリと返ってきた同意に、何も知らないくせにとフタバはヨウを睨み付けようとした。けれど、目が合うと同時にニコリと自然な笑みを浮かべられ、その気が削がれる。


 急に、余計なことを言ってしまったような気分に襲われた。


 溶け始めているチョコレートパフェを、フタバは流し込むように掻き込んだ。次いで紅茶もひと息に飲み干して、カラリと笑って見せる。

「わたしとあの子って双子なわけだけど、わたしは健康優良児、あの子はあんな、でさ。産まれてくるときに、わたしがあいつの頭を蹴飛ばしたか何か、しちゃったのかもしれないよね」

「フタバ……」

 もの問いたげなヨウの視線を振り切るように、フタバは立ち上がる。

「うちの夕飯までに切り上げるんでしょ? だったら、五時にはここ出なくちゃ。もうお開きにするなら、それでもいいけど」

「――……」

 ヨウは何かを言いかけて、やめる。

 小さな吐息をこぼしてからコーヒーを飲み切ると、彼女に続いて立ち上がった。


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