【第3話】 参謀の会場
運悪く、アルトが馬車へ乗ろうとした手前で満員となってしまった。また次のが来るまで、その場で待つことになった。
アルト
(人数が多くて馬車に乗り切れないなんて、今朝の調子はどこへ行ったのやら……)
馬車が目の前で出発するのを黙ってみているアルトに、先程の無気力そうな青年が馬車から上半身を乗り出して、ゆっくりと手を振っているのが見える。
いい奴なのか、変人なのかわからん。
アルト
(暇だし、魔道書でも目を通しておくか)
しぶしぶ、鞄から魔道書を取り出して読み始める。
しばらく時間が経つと
試験会場行きの馬車が来た。
馬車の髭面のオヤジが口を開く。
ヒゲ面のオヤジ
「王国行きの馬車だ。馬車を利用す奴は乗りな」
髭面のオヤジは仏頂面で顎で早く乗れと示す。
アルトは態度が悪いなと思いつつもお金を取り出して代金を支払った。
馬車へ乗り込むと後ろの方の席へ座った。それから次々と受験者らしき人達が馬車へ乗り込む。
受験の緊張感なのか、その場の空気が一気に張り付く。ピリピリとする空気は息苦しく、精神が消耗してしまう。
余計なことを考えたくないのだが、意識をすると余計に深みにはまる。
焦燥感に駆られて、汗をかき始めていると、ちょこんと最後に赤髪の女の子が乗り込んだ。広場で魔道書を熟読している女性だった。
そして、やはり目が合うのであった。
赤髪の女性
(あ、さっきの攻めの男の子だわ! 席この人の隣しか空いてないわ……)
彼女は気恥ずかしそうに下を向いてアルトの方へと向かった。
アルト
(ああ、さっきの女の子か……ん? あの魔道書珍しいな……)
アルトは彼女が大事そうに抱えている魔道書を見た。
その魔道書というのは一般的に流通していおらず、ユニークな内容で一見すると難解そうであるのだが、意外にも、そこまで苦労せずに習得できる魔法であった。
それは、初学者でも扱えるようにと基礎的な内容まで細かく記されており、著者の魔法好きが伝わる魔道書である。
彼女は髪をササっと整えるとアルトの隣に座った。
アルトの視線が気になったのか視線の先を確認すると再び妄想を繰り広げた。
赤髪の女性
(まぁ! 今度は私の魔道書を舐め回すように見ているわ!)
魔道書の表紙はかなり独特なものであり、一般人手に取りがたく、余程の魔法オタクでなければ目を向けないだろう。
魔道書を見ているアルトを嬉しく思ったのか、彼女は彼に心を躍らせる。
赤髪の女性
(私のおすすめは束縛の魔法よ!! うふふふ)
彼女は『禁断の束縛』と記載されたページを開いた。公衆の面前で開くようなページでないのに彼女は堂々としている。普通の人であれば確実に引くような内容なのだが、魔法オタクでもあったアルトは彼女の魔道書に注目する。
アルト
(束縛系か……けっこうマニアックだな…)
見方によっては対象を無力化するような魔法でもあるのだが……。普通の人が考えもしない卑猥な内容であった。
アルト
(内容が過激ではあるけど、確かに束縛系はみんなが苦手とする魔法だし試験で差をつけるならこれは必要だな!)
彼女のピンクに感染したのか、アルトの考えが前向きになる。
アルト
(ふむ、この人、できるな!!)
アルトが感心して彼女に注目すると、彼女に教育欲が芽生える。
赤髪の女性
(よしっ!! 食い付いた!! さぁさぁ!! これで剣の男の子を束縛してアーンなことをしちゃってー!!)
彼女の頭の中は完全にピンクに支配された。もはや手遅れだ。
馬車内で張り付いていた空気に一か所だけショッキングピンクな色の空気が漂い始めるのだった。
混沌とした空気の中でそれを浄化するように不愛想な声が響く。
ヒゲ面のオヤジ
「試験会場へ到着したぞ! 忘れ物すんなよ」
ヒゲ面のオヤジが口を開く。ようやく会場に到着したようだ。
不愛想に受験者に顎で降りろと示す。
受験者は一人一人馬車から降りていく。アルトも同じように降りると、赤髪の女の子は息を切らしながら、頬を赤く染めてスタスタと歩いて行ってしまった。
アルトが馬車から降りたときには、試験会場には人で溢れかえっているのが見えた。
会場には育成学校の教官が叱咤激励する姿や、子を泣いて応援する親、怪しい露店やらが見られる。
アルトは人混みをかき分けて前へ進むと、一か所囲むように受験者が集まっていた。
掲示板のようなものに試験種ごとに会場先が案内されている。
アルト
(参謀試験の会場は……あった! あっちの方か!!)
アルトは会場へ向かう道を進みはじめると、ふっくりと手を振っている人影が見える。
無気力な青年
「あははははー、また、あったねー。君とはなんだか親友になれそうだよー」
出会って間もないのに、そうそう親友になれるものでもなかろう。しかし、彼がそれを口にすると妙に意識してしまう。
アルト
「ああ、どうも……さっきはありがとう」
アルト
「でも、ここの会場にいるということは君も参謀を目指すということだろ?」
アルトは彼の目を見て試験種を確認する。
彼はニコリと笑いながら頷いた。
アルト
「親切にしてくれたのは感謝しているけれども、僕らはライバルだ」
アルト
「申し訳ないけど、ここから先は、試験に集中するためにライバルとは距離を置きたい」
アルトは申し訳なさそうに背を向ける。
無気力な青年
「あははははー。そうだよねー僕のことは気にしなくていいよー」
アルトはそれを聞くと少し落ち着いた。
無気力な青年
「僕はまじないとかが得意でさ、勘とかも良く当たるんだー」
そして、去り際に彼は不気味なことを呟いた。
無気力な青年
「君とは、お・と・も・だ・ち! ってね……」
アルトはゾッと背中に寒気を感じて、そそくさと、その場から離れて試験が行われる一室へ入室した。
入室すると受験者の大半が席について、必死に参考書などを読んでいた。この張り付いた空気は相変わらず慣れない。アルトは席に着くと彼らと同じように鞄から参考書を開き一次試験の準備をし始めた。
参謀の試験は全部で二次試験まであるのだ。一次試験は午前と午後の部に分かれており、午前が座学。午後は実践的な試験となっている。
午前の試験は幅広い知識を問うためか様々な科目が出題される。
この幅広い知識が要求されるため、勉強量が膨大となり勉強嫌いには苦行を強いられる。大半がこの座学で参謀になることを諦めてしまうのだ。
つまり、脳筋にはキツイ試験だ。
午後の試験は現場で即戦力となるか試されるもので、高い戦闘技術が求められる。体術、剣術、魔法など自分の持っている身体能力をフルに生かさなければならない。
つまり、ガリ勉にも厳しい試験なのだ。
一次試験の合格率は全体の15%と言われている。そして、この一次試験に突破すると二次試験を受験する権利を得られるのだ。
二次試験は人物試験だが、参謀に相応しいかどうか面談を行うようだ。実際は身辺調査を行っているらしい。普通の性格で特に悪い出自でなければ、落とされることはまずない。
王国の政策に反発したり、革命を起こすような思想でなければ問題ないのだ。
王国として求められる人物は政治に無関心であり、上からの命令をひたすらに実行するマシーンのような人材であるのだ。
アルトは最近の参謀の制度に少し疑問を感じているのだが、王国の忠実なる下僕を演じて、面接に臨んでほしいところではある。
果たして彼は合格できる要素を持ち合わせているのだろうか……?
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!