【第2話】 参謀への道
アルトは試験会場へ向かう馬車乗り場へ到着した。馬車は出たばかりなのか、列は出来ていない。乗り場のすぐ横が小さい広場となっており、そこには噴水と時計台が形ばかりに設置してある。
その寂しい広場で馬車が来るのを待っている人たちが見えた。恐らくアルトと同じような受験者だろう。
剣を念入りに磨く者や、魔道書を熟読する者などが見られる。おそらく試験の準備をしているのだろう。見たところ参謀を志望しているようには思えない。
それもそのはず、今日行われる試験は何も参謀試験だけではないのだ。王国の兵士になるための試験や、魔道士になるための試験も行われてるのだ。
どの試験も王国が運営しており、試験の種類もかなり多いのだが、その中でも参謀になるための試験はⅠ~Ⅲ種まであり難易度にもかなり差がある。基本的に数字が小さくなればなるほど難しい試験なのだが、一番易しいとされる参謀Ⅲ種の試験でも努力抜きで決してなることが出来ない試験と言われている。仮に運よく任用されたとしても、幅広い知識や高度な戦闘技術を求められるため戦場で殉死するか自ら辞職するかの違いになるだろう。
しかし、その半面、しっかりと努力をして参謀となった際には高給、手厚い福利、社会的信用度等といった恩恵に授かることが出来る訳なのだ。最近ではその特権が行き過ぎてコンパや天下りが横行して問題視されては来ているが、依然として国民に高い人気を誇り、特にエリートの中のエリートと呼ばれるⅠ種は王国の英雄的存在でもあり、明らかな汚職がない限り許容されているのだ。憧れを抱く若者が非情に多いのも頷ける。アルトもその若者の一人であった。
ヒュッーーーー
心地よい風が吹く。
ふと、アルトは時計台に寄りかかっている青年の方を見た。青年は緊張しているためか眉にしわが寄って釣り目のせいもあってかイラついているように見える。髪は短髪で几帳面な性格の様にも思える。
手元にある剣を力強く磨いている。剣の柄が使い込まれており、鍛錬をよく積んだのだろう体格も良い。
アルト
(どれどれ……剣がかなり使い込まれているし、身体もとてもたくましい。たぶん、兵士か騎士志望かな?)
アルトがそのようなことを考えていたら剣を磨いている青年と目があった。気まずくなり、すぐに視線を逸らす。
逸らした先には噴水の縁に腰かけている女性がいる。女性は赤色の髪にサイドテールであり、顔は少し垢抜けておらず、お姉さんというよりはお嬢ちゃんに近い雰囲気であった。黒いケープを身に付けて魔道書を携えており、いかにも魔法使いのような姿をしている。
アルトが見とれていると、今度はその女性と目が合う。
目がぱっちりとしている。女性はまばたきを数回して視線を逸らした。
変な空気になったが、アルトとしては少し安心していた。
試験対策は十分にして自信もあるのだが、やはり自分と同じようなライバルがたくさんいる中で上位にならなければ任用されないことを考えると、変に対抗心を持ってしまい疲れてしまうからだ。
ここで、参謀を志望していないことがわかれば、少し心にゆとりを持つことが出来る。
アルトは再び剣を磨いている青年の方を見る。
アルト
(やはり、あの顔的に兵士志望だろうな…… 勘だけど。だけど、先生も最終的には勘が大切だって言ってたし……うん……あれは参謀ではないだろう……)
ジロジロと見つめてくるアルトに対して青年は訝しそうに睨み返す。
短髪の青年
(何だコイツ。ずっとジロジロ見てきやがって、何かムカつくなあ……)
短髪の青年
(こいつも兵士を目指しているのか? だとしたら剣技を見られないようにしなければ……)
青年はアルトの視線が気になり、不機嫌そうな顔をしてその場から離れようと荷物をまとめ始める。
一方で魔道書を読んでいた女性はその状況を見て全く別のことを考えていたのだ。
赤髪の女性
(えっ? なんなのこの人達……? なに見つめ合っているの……?)
アルトは念入りに青年を見ており、青年はアルトにガン飛ばしている。
女性はそんな彼らを見て考察し始める。
赤髪の女性
(受験のストレスで同性愛に目覚める者がいると噂で聞いたことがあるけどもしかして……う~ん……)
彼女の脳内で徐々に彼らの性格がピンク色に染められて始める。
赤髪の女性
(私の見立てでは、剣の男の子が奥手のようね……つまり、受けね!!)
殺意のような視線を送り付けて”私を攻めてください!” と考える者がいるだろうか……。
しかし、彼女の脳内では既に妄想に拍車がかかっている。止まらない。
女性はアルトの方を見る。
赤髪の女性
(そして、あの舐め回すような視線で眺めている男の子は攻めよ! あのいやらしい視線……夜のテクニックは相当の手練れそうね……)
赤髪の女性
(”フフ……その剣をへし折ってやる”ってね……)
勝手にセリフなどを考えて、顔を赤く染めている彼女をよそに短髪の青年は時計台から離れ始める。
短髪の青年
(アイツやけに情報収集をしているように見える……頭脳派か?)
短髪の青年
(試合でコイツと当たって有利に運ばれたら厄介そうだな……というか鑑定士の如く俺を査定しているような視線がすげぇムカつくんだが……)
そんな、お互いの思考が入り乱れる中、陽気な声がした。
無気力な青年
「すみませーん、馬車が来てますけどー?」
無気力そうな雰囲気の割に声だけやたらに明るい青年がアルトに話しかける。
アルト
「うわっ!! ビックリした……」
ビクッと振り返ると、そこには独特の雰囲気のある青年が立っていた。
霞んだ白色の寝ぐせ頭におまけに引きこもりのような肌をしている。背はそこまで低くないはずなのに、青年というよりも少年の様にも見える。青年は寝不足なのか目の周りには、くまが出来ており、真っ黒な目で話し始めた。
無気力な青年
「あ、すみませんー、驚かせてしまってー、馬車乗りますよね?」
アルトは頷くと青年は話を続けた。
無気力な青年
「いやー、なんかー、鑑定士の如くあちらの方の剣を見られていたのでー、声をかけにくかったんですがー、列が出来ているので並ばないのかなー? って思って声をかけましたー!」
一人で僕、偉いなーってしている無気力な青年を横に、アルトは馬車の方を見て慌てた。
アルト
「ああ、すみません、ボケーと立ってました。もうこんなに人がいたなんて気がつかなかった。勿論列に並ぶよ。」
無気力な青年
「あー、そーですよね、僕もよくボケーとするので気持ちはわかりますー! ボケェーとするの気持ちがいいですよねー」
一人でブツブツ話しながら青年はどこかへ行ってしまった。
アルトは時計を確認して列の方へと向かった。試験の集合時間までまだ時間はあるが、わざわざ馬車が来たのに乗らない理由がない。親切に教えてくれて助かったのだが、どこか不気味な雰囲気であった。しかも、何故か彼みたいなタイプの人が試験に合格しそうなので、怖くも感じていた。
彼とは、何か特別な縁みたいなものを感じるアルトであった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。