【第9話】 参謀 対 蛇女
広い草原地帯を歩み続けていくうちに、周囲に木々がふえていく。道も一本道でわかりやすく、恐らくこの森が擬似ダンジョンの2層の奥地にあたるのだろう。
そもそも、2層目はダンジョンとして特殊な地形であった。広大な牧草地と大空からなり一つの生態系をなしていた。
モンスター同士で縄張り争いが見られたり、アルトが討伐するところで横取りされたりと自然界の厳しさを知ったのだ。
アルトはここに来るまで道という道がなく、苦労をしたのだった。
ん……? 舗装された道が用意されている?
ここから先は地面がしっかりと舗装されはじめている。雰囲気もどことなくボスのようなものが立ち構えているような気がする。
また、スケルトン・ナイトのような強敵だったらどうしようか……
アルトは2層を攻略できるか不安になってきた。
そういえば、あのスケルトン・ナイトどうやって倒せばよかったんだろうか……?
やはり、逃げずに戦うべきだっただろうか、それとも……。いや、普通に現実だったら今頃死んでいてもおかしくない。逃げるのは正しい判断だったとアルトは自分に言い聞かせる。
というか、あのモンスターに限らずこのダンジョンの作りが妙にリアルなんだよな……
この擬似ダンジョンは非常にリアルな作りであり、モンスターの行動、ダンジョン内の環境、気温などどの面でも現実と大差がない感覚だ。
冒険者ってこんな危険な環境で依頼をこなすんだな……
アルトは冒険者という職業を華のある職業だと思っていた。
よく耳にした噂では、未知のダンジョンには財宝が眠り一攫千金を狙えることや、まだ見ぬ生態系や己の高みを目指す夢やロマンのある職業だと思っていた。
しかし、その考えを改めていた。擬似ダンジョンではあるが実際にモンスターの大群に襲われる体験や圧倒的強者への絶望感などとても生きている心地がしなかった。
冒険者に限らず戦地へ赴けば参謀の任務もこんなものだろうな。
まぁ、アルトとしては別に華のある職を目指していたわけではないため、どうということはないが、噂を信じて冒険者になった人を気の毒だと思う。
ただ、擬似ダンジョンという技術があるのなら、これからは、このダンジョンで実戦経験を積んでから攻略をすれば生存率を高められる訳で、特に初心者冒険者はぜひ臨んでほしいと感じていた。
もし、冒険者ギルドを監督する立場になったら、絶対導入しよ。
そう、心に決めるアルトであった。
一本道を進んでいくと、グシャ……グシャ……というような何かが潰れるような音が聴こえる。
辺りの薄暗さといい、この気味の悪い音といい、見ずとも、そのモンスターのヤバさが感じられる。
アルトは物音を立てずに慎重に進むと、やがて、森の開けた場所に到着した。
茂みからでないように、音のする方を遠目から見る。
うわっ、あれは……ラミア?! それとクマか……?
アルトの目の先には巨大なクマが無残な姿で横たわっていた。腹からはラミアからかき出されたのか内臓のようなものが周囲に散乱していた。
ラミアは捕らえた獲物の余韻に浸るかのように口元に滴る鮮血を長い舌で舐めている。
それから、長い巨体を使いクマを締め上げると、そのまま一口でクマを吞み込んでしまった。
アイツはやばい。あのハイ・グリズリーも普通に強いはず……
クマから傷一つ受けていないラミアを見るに明らかにヤバい奴であることがわかる。
戦闘力だけならスケルトン・ナイトとほぼ同格と言っても過言ではないだろう。
アルトとしては奴との戦闘は出来れば避けたいと思うのだが、そのモンスターの後ろには次の階層へ進む扉が見える。
それとこの層はここで終わりのようであった。奥は傾斜のない絶壁状の山に囲まれていた。
どうにかならないだろうか……
1層の様に戦わずして進むのが一番ではあるが、必ずしも何度もうまくいくとは限らない。万事に備えて戦闘になってもいいように、アルトは育成学校で学んだ生態調査の講義を思い出す。
ラミア……、たしか、石化能力や毒、酸なども持つと聞く……討伐に関してはパーティー推奨であり、単独では徹底した遠距離からの攻撃が必須のはず……
しかし、アルトの目にしたラミアは教科書で見たような個体とは様子や雰囲気が異なっていた。
あれは少し変だ……何というか、強すぎる。それに大きくないか……?
確かにラミアの戦闘力は驚異的なものであり、強いということは十分に知っている。
それでも、一般的にラミアの戦闘力をもってしても、あの巨大なクマを仕留めるのには、それなりに労力はかかる。
石化や毒を使ったとしても、ほとんど無傷で倒すということは、よほどの不意打ちをしない限り難しい。
それに、あの巨体なクマを軽々しく持ち上げる長い尾も厄介だ。締め付けられたら最後、脱落を覚悟した方がいいだろう。
そういえば、ラミアの割に奴は目も耳も悪いような気がする。
普通は気が付かれてもおかしくないのだが……
まぁ、気が付かれていたら、今頃、脱落していることだろうから、それはそれでいいか。
……やっぱり、遠くから捕縛魔法で身動きを封じるのが一番だろうな。
いや、効かなかったら、どうする……?
そもそも、あんなやべぇ奴を相手にするべきなのか?
アルトは脳内でラミアとの戦闘を考えるのだが、どんなにシュミレーションをしても勝てる気がしなかった。
行き詰まりを感じる中、アルトの脳内に光が走った。
そうだ、一人だからダメなんだ!!
アルトはなにを思いついたか、すぐに森から引き返す。
走り着いた先には、少し前に点数稼ぎをしていた草原で目を細めて辺りを見回していた。
……いた!! あいつだ!!
アルトは縄張り争いをしている二羽のトリケラ・バードに目をやった。
あいつを利用できれば、何とか出来るかもしれない……
トリケラ・バードはアルトの存在に目もくれずに、縄張り争いをしている。
「エル・ファイアー!!」
アルトは追尾する火球を放つと、喧嘩しているトリケラ・バードの顔面に直撃する。
二羽とも一瞬なにが起こったかわからずに静止すると、途端に喧嘩をやめてアルトの方へ向く。
「ブゥオオオオオオ!!!!」
怒りをあらわにしたトリケラ・バードはこちらへ突進をする。完全に二羽とも標的をアルトに狙いを定めたようだ。
先程まで、同族同士で殺し合っていたのだが嘘のように連携をして迫りくる。
アルトはトリケラバードの攻撃を上手く躱して森へ誘導していく。
上手くいくといいのだが、大丈夫だろうか……?
アルトの考えた策はトリケラ・バードを利用して隙を見て逃げる作戦であった。仮に逃げることが難しかったとしても、時間を少しは稼げるため、その間に強力な魔法を2~3発当てれば何とか怯むのではないか? という算段であった。
考えが甘いような策ではある。ラミアの情報を持っていたとはいえ、それは一部の情報であり、それも今回のような個体がいることを聞いたことがない。本来であれば慎重に進むべきところなのだろう。
アルト自身もそれを十分に理解しているのだが、ただ、それでも早く前に進まなければならない。事例がない以上、考えても無駄だ。今はとにかく時間が惜しかったのだ。
こんなに近づいているのにまだ気がつかないのか……?
徐々に道に日が差し込む。木々が徐々に減ってゆき、もう間もなく森が開けるだろう。
いよいよ、ラミアとの決戦が始まる。
今だ!!
アルトはギリギリのラインで、トリケラ・バードの攻撃を避けるとトリケラ・バードはそのままラミアの方へ突進をかます。減速できずにトリケラ・バードの直撃が入るだろう。
「ブホォォォオオオオオ!!!」
肉がぶちまけられるような鈍い衝突音が森中に響き渡る。
あまりにも大きい音だったためか鳥たちが木から羽ばたいているような気もした。
よし!! 今のうちにあの扉へ……ッ!!
策の成功に安堵をしたのは一瞬のことであった。
アルトの目の前に広がる光景は、ひどい有様で見ていられない光景だった。
屈強なトリケラ・バードは原型の残らない肉塊と成り、それが周囲に散らばってぶちまけられていたのだ。
そして、目に映るのは鮮血で染まった真っ赤な蛇女が激しい憎悪を向けて睨みつけている。
ブゥウオオォォォ……ォォォ……
もう一羽のトリケラ・バードもラミアの尾によって締め上げられ、骨の軋む音と肉を搾りだすような生々しくも聞いていられない音を出して絶命する。
……?!
突然の浮遊感と吐き気を感じる。
ラミアの視線にそのような特殊な効力があるのだろうか?
アルトは目を開くと宙を見ていた。
擬似ダンジョンなのに綺麗な青い空だ……
本当にこのダンジョンは魔法で作っているのだろうか?
そのような思いにふけってしまったが、背中に強烈な痛みが走る。
アルトは我に返った。あまりにも一瞬の出来事であったために頭が混乱してしまっていたようだ。
アルトはラミアによる尾の薙ぎ払いによって、吹っ飛ばされて空を舞っていたのだ。
撹乱させるどころか、足止めにもならなかったのか……
このラミアは想像以上の怪物であったのだ。
どおりでハイ・グリズリーでも傷をつけられない訳だ……
アルトの身体はまだ発光していない。
まだ、致命傷は受けてはいないようだが、策も潰えて戦うすべがなく、状況は絶望的である。
アルトは指一つ動かせないでいた。それは、ラミアの特殊能力でもなく自身の身体的な問題でもない。
ただただ、圧倒的強者の前で対峙しているのがやっとであった。
ラミアはゆっくりと舌をちらつかせると、こちらへ迫ってくる。
それは、妖艶とも見られる動きで、尾をくねらせ、舌を舐めて、しかし、ゆっくりと着実に息の根を止めるために迫るのだった。
アルトの諦めを悟ったのか、敵意というより優しくも暖かい眼差しで見つめてくる。
今まで影が強くラミアの顔をまじまじと見ることはなかったが、いざ見ると美しい女性の顔と同じである。
噂には聞いていたけど、上半身が女性って本当だったんだ……
男として最後にこんなにも顔が整っている者に見つめられて死ねるのなら救いがあるのかもしれない。
身体を徐々に締めつけられていく。
剣は……大丈夫だ、握っている……
ただ、こんなもの気休めにもならないが……
ゆっくりと、ラミアの美しい顔が近づく。
一生でいいから、こんなに綺麗な女性とキスでもしたいものだった……
諦めて、ため息をついて覚悟を決めたその瞬間、突然ラミアの顔が変化する。
口が目の辺りまで裂け、優しく包み込むような瞳は一瞬にして縦線の入った瞳になり、血なまぐさい吐息と同時に丸呑みしようと顎を広げたのだった。
「うわああああああああああ!!!!」
アルトの突然の叫びに驚いたのか、ラミアは尾を緩めた。
これ以上の隙はない。
アルトは瞬時に剣をラミアの喉へ突き刺す。
「キシャアアアアアアアアアア!!」
ラミアは喉の奥に剣が突き刺さり、口が閉じることができない。うまいこと深く刺さったのか、ラミアは苦しそうに叫んでいる。
解放されたアルトは腰を抜かして咳き込んだ。
「はぁはぁ、助かった……」
今のうちに逃げるべきだろうか……?
いや、ここで決着をつけよう。
アルトは魔道書を取り出すと、魔法の詠唱に入った。
自分の習得した最強の魔法をありったけ、ぶつける!!
確実に倒すつもりで隙をつくらなければ……
アルトを中心に徐々に辺りは暗くなり、気流が乱れ始める。
やがて、アルトの手の甲が青白く輝く。その光景は幻想的であり、男であるのにも関わらず美しくも見える。
「凍てつく大地よ、天空を貫け! ツンドゥラ・ランス!!」
クリスタルの様な透き通る青白い無数の氷塊がラミアの身体に突き刺さる。
突き刺さった氷の棘は冷気によって辺りを浸食していき、さらに、地面を凍りつくす。
ラミアの身体は完全に地面に張り付いており、身動きが取れていないようだ。
アルトはすかさずページをめくり、強力な魔法を唱える。
「怒れる天空よ、大地に裁きを! ブリッツ・バースト!!」
天空から、凄まじい轟音と共に紫電の閃光がラミアを焼き払う。
氷の一部は砕け散り、草木の一部は発火した。
まだだ……、休める訳にはいかない。
ここまで来たら、魔力の消費など気にしていられない。
アルトの手のひらから炎が吹き出る。
アルト
「怒れる炎に身を包み、己の無力を嘆け! ソラ・プロミネンス!!」
アルトが魔法を放つと爆発音とともにラミアの身体が燃え盛り、炎の柱がまるで天を焦がす勢いで燃え上がる。
ここまで激しい魔法を放っても、まだ原型が残っている…… まだ生きているのか……?
これで消滅しなければ、そのまま逃げよう。
アルトは最後に魔法を放った。
アルト
「古き盟約に従い、我が敵を滅せよ!! ウルツァイト・ブレイク!!」
鋭利で巨大な岩石が出現すると、ラミアを四方から包囲する。
燃え盛るラミアを囲むと一斉にラミアに目がけ突き刺さる。
ラミアは叫びにならない声で悲鳴のような声で叫び狂う。
モンスターであっても生きている以上、痛覚は存在するだろう。アルトはその様を見ると心なしか少し同情していた。
やがて、突き刺さった岩石は砕けて、その破片はじけ飛ぶ。
弾け飛んだ破片が徐々に積り瓦礫となると、その隙間から赤く血が染まっていくのがわかる。
しばらくすると、中から何かが弾け飛ぶような音が聞こえると、瓦礫は崩れていき、剣に突き刺さった紙片が残った。
周囲には激しい戦闘があったと物語るように草木は焼けきり、空は黒ずんでいた。
奇跡的にラミアを倒したアルトは剣を拾い上げて紙片を回収する。
「50点……」
紙片には50点との記載がされていた。
本当に何とか倒せた……
アルトは運がよかった。ただ、それだけであった。
アルトが驚きのあまり発した奇声でラミアが怯み隙が生まれたのだ。
少し休みたいけど、時間をだいぶ取られてしまった……急ごう……
ラミアがいた瓦礫を背に絶壁の山を見上げると、決心する。
これを実力で討伐できるようにならなくちゃ参謀なんか務まらない……
アルトはもっと強くなることを誓い、3層へ続く扉を力強く開いたのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




