〜 混沌への前奏曲 〜 第七話
◆GATE7 仕掛け
坑道の上からガーゴイルの群れに見下ろされる威圧感の中、三人がそれぞれの得物に手を掛け態勢を整える。
ガーゴイル達が続々と飛び掛り三人に襲い掛かった。
「イライラするねぇー!」
ミルが苦々しく呟く。
何時もの様に遠慮無しに魔法をぶっ放せない。
魔法を使えば、巨大魔法陣にどんな影響が及ぶか見当が付かないからだ。
「ちょっとヤバイかも! こんな事ならシオンに着いて行けばよかったわ」
ちょっぴり後悔するが、その間にもガーゴイル達は容赦なく襲い掛かってくる。
何時ものミルなら己が契約を持つ魔物を呼び出し一気に片付けられる。
ガーゴイル相手にミル御愛用の電撃ウィップが炸裂する。
「おーほぉほぉほぉ! 魔物調教用の雷神の鞭は、いかがかしら? その気のある奴は掛っていらしゃい」
鞭に打たれたガーゴールは強烈な電撃と鞭自体の打撃を受け悶え苦しんでいる。
「チマチマやるのは嫌いだよ! さっさと掛っておいでなさい」
仲間が悶絶する姿に、他のガーゴイル達が動きを一瞬止める。
「俺達の事忘れてないか? 化け物ども」
レイグの炎の魔剣が動きを止めていたガーゴイルの一体また一体と、その大きな刃で斬ると言うより叩き潰した。
「こっちも忘れないでほしいね! コバカム様が貴様らを全員地獄に送り返してやろうじゃないか。あっはぁはぁ」
コバカムの剣が数体のガーゴイルの首を撥ね飛ばす。
失われていく仲間達に気付いたガーゴイル達が我に返り、鋭い爪を振り回す。
三人は、ガーゴイルの攻撃をかわしつつ電撃を与え叩き潰し斬り刻む。
しかし、敵は羽根付きのガーゴイル。
対峙する人間を難敵と感じたのか、ガーゴイル達は上空に身をやり距離を取った。
三人も飛翔の魔法を唱えれば難なく後を追えるのだが、今は魔法を使えない。
少量の魔力で済む、身を浮かす程度の魔法なら巨大魔法陣に及ぼす影響はないと思われるが、その魔法では俊敏に動く事が出来ず、身動きの取れない空中戦を強いられ無防備な状態を作り出し敵に隙を与えてしまう。
その策を用いるにはまだ敵の数が多い。
近接戦闘から中、遠距離銭湯へと移行し、その術を魔法に頼る三人の状況は一変し不利となった。
「これは不味い事になって来た。あはぁはぁはぁ。ミルさん、レイグさん……どうする?」
コバカムが、そう言って身体を呑気な笑い声を上げた。
大見栄を切っておいてダメな奴であるが以外に大物かも知れない。
ガーゴイルの方も竜の様に火炎を吐ける訳ではない。
鋭い爪での近接戦闘しか攻撃の手段は無い様だ。
上空から飛来して鋭い爪で近付き、また上空に上がり距離を取る一撃離脱の戦法に移行した。
三人は何とか隙を突いて二体のガーゴイルを倒すが、素早い攻撃をかわしながら攻撃を仕掛けるが、次第に体力は消耗していく。
「チンタラやってられないな。魔法を使えれば」
レイグが苦々しい表情で上空から見下ろすガーゴイルを睨んだ。
「苦戦しているみたいだね」
その声と共に無数の矢がガーゴイル目掛け飛来する。
不意を突かれたガーゴイル達は翼を射抜かれ地面へと落下する。
「アイスマンか? 何故お前が此処に?」
レイグが不思議そうな表情で呟いた。
「仲間だろ?」
アイスマンが短く答えた。
「さあ! 射落とした飛べないガーゴイル達は任せるよ。僕は、まだ飛べる奴の始末をする呑気に飛ばせてはおかないよ」
「すまん助かった。が、魔法は使うな。廃村を中心に巨大な魔法陣が描かれている。お前なら分かるよな? 詳しい説明は後だ。さっさと片付けるとしようか」
「了解。早く終わらせて僕は帰るけどね」
四人のガーディアンの猛攻を受け数分と掛からず、地上に落とされたガーゴイル達は、再び飛ぶ間を与えられず全滅させられた。
カツン、カツンと静かに広がる遺跡の内部に固い靴底が床を踏む音が近付いている。
「シオン! シオンてぇばぁー! もふぅー! こら! お兄ちゃん起きしなさい」
リシャー近付く音の脅え、必死でシオンを起こそうとした。
しかし、シオンは目覚めない。
そうしている間のも甲高い音を立てて足音らしきものが近付いてくる。
もう直ぐそこまで足音が近付いた時、パタリと音が止んだ。
「なにもの!」
リーシャは精一杯の虚勢を込めて問うた。
「私の名はリーシャ。HSSM(ヒューマノイド=サポートシステム=マシナロイド)リーシャから四零零五の回収命令を受けています」
その声を発する人型の骨格だけでピカピカに磨かれた金属の様なもので、頭部、首、肩、四肢があり二足歩行の奇怪なモノがいる。
頭部の顔に当たる部分には瞳の無い赤い目と細かい網目の物で覆われた口。耳はないが口と同じく細かい網目の物で覆われている。
「ひぃー! リーシャは私の名前なのぉー! シオンがくれた名前なのぅー!あなたなによ!」
リーシャは、自分と同じ名を口にするピカピカの骨格に向かい抗議の声を上げた。
「ナイト・オブ・ディアブロ=鬼神。貴方もいたのですか? シオンと共に“NOA”に御案内致します。NOA現在航行不能。転送装置アクセスを確認。転送装置による移動許可確認。もう一つ、この体は本来のリーシャのものではありません。では御案内致します」
そう言い終えるとピカピカの骨格は、床で気を失っているシオンを抱え上げた。
「お姫様抱っこ……いいなぁ……シオン」
己の思い描いているものとは、大いに異なるもののシオンが抱えられている姿を見てリーシャが呟いた。
ピカピカの骨格は滑らかな動きで元来た方に振り返り歩き出した。
一足踏み出す毎にカツン、カツン床と接する音を立てリーシャから離れて往く。
「ちょ! ちょっと待ってよぉー」
リーシャは、背中の羽根を上下に慌しく動かしシオンを抱えたピカピカの骨格の後を追った。
巨大な魔法陣の調査を済ませた。レイグ、アイスマン、コバカムは、ガーゴイルの屍が転がる戦闘の跡地に戻った。
「遅かったわね」
ミルが爪の手入れをしながらレイグ達に呟いた。
「術式魔法は苦手でね」
レイグが忌々しそうに呟いた。
「そんな事を言っている様では、まだまだね」
ミルが厳しい口調でレイグに言った。
辺りにはガーゴイルの屍が転がりその始末の為、屍に火を放ちその焼け焦げた異臭が鼻を衝く。
「酷い匂いだ。嫌になるね服に移る」
コバカムが顔を顰めた。
「まったくだよ。ミルはよく平気だね? レイグ」
アイスマンは直接ミルに聞かずレイグに尋ねる。
「俺が知るか」
レイグは不機嫌そうに答えた。
「それで? 魔法陣はどうだったの」
ミルが魔法陣の調査内容を尋ねる。
「大方の予想通り廃村を中心に直径十キイル程もある外周の巨大魔法陣だ。コバカムの予想通り複層式の魔法陣で御叮嚀に地中に縦式魔法陣を描いたトラップ付きだ」
レイグが魔法陣の大よそを伝え言葉を続ける。
「魔法陣に見慣れない文字や明らかに西側で使われる術式で構成されて光系統魔法の術式も組み込まれている超難解な魔法陣だ」
「あら! そう? じゃあ頑張ってね。お三方! シオンが戻れば四人ね。狼どもの中にレディが一人。そんな野宿なんて危険だから私はギルドに戻るわ」
ミルは、そう言うと相棒のワイバーンを呼んだ。
「じゃあねぇー」
ワイバーンに乗り込むとミルは、短い言葉を残し飛び立っていった。
「逃げたな」
「逃げたよ」
「逃げたね」
三人が、三者三様に声を揃えた。
「じゃ! 僕も――」
「お前は残れ! アイスマン」
「そうしたいのは山々なんだけどね。聖誕祭で酒場も忙しいだろうしね」
「アイスマン? お前なら気付いてるだろ? 巨大な魔法陣の媒介に」
「だから、余計に帰りたいんだけどね……仕方ない残るよ。僕も」
アイスマンは何処となく遣る瀬無い表情を浮かべ、青い髪の毛を掻いた。
「始めるとしよう。聖誕祭当日に間に合わなくなる」
レイグがそう言い二人を促した。
「な、なんだ」
二人の視線を強く感じたレイグが呟いた。
「別になにも、て言うか! レイグも結構気にしてるんじゃない? 人気投票」
アイスマンの冷やかな視線を感じる。
「なにを……」
「そうだったんだねぇー。レイグさんて何に対しても負けず嫌いだから」
コバカムが薄笑みを浮かべた。
「うるさい! お前ら! さっさとやる事やって帰るぞ。先ずは生きたまま人柱にされているかも知れない王軍の兵士達を探す……まぁ希望は持てないがな……魔法陣の術式は後回し媒介を除けば一時的にでも魔法陣は機能しない。次の媒介を用意するまではな」
三人は、恐らく生きたまま媒介として人柱にされている王軍兵士の捜索に乗り出した。
生暖かい溶液の入った大きな卵状の容器の中でシオンは目を覚ました。
「がぼぉぁ、なんで水の中に! ……あれ? 苦しくない?」
「お目覚めですか? 四零零五。SIONお帰りなさい」
シオンの視界に豊満な胸の二十代前後と思われる若い女性が映り込んだ。
「ただいま……! て、ここ何処だよ」
「シオンーンー! よかったよぉー、寂しかったよぉー、怖かったよぉー」
小さなリーシャが透明な壁の向こうで何やら必死で喋っている姿も見える声も聞こえる。
「すげーな! なんて速さで傷口が塞がってくんだ? これが光系統の治癒の魔法かなんか?」
「違います。SION。これは医療機です。非研体、四零零五。貴方には一部の記憶欠損がみられます」
身体の線に沿う様にぴったりと張り付く衣装を着ている赤毛の若い女性がシオンの疑問に答えた。
「光系統魔法でも身体の構造と治癒の理を把握すれば治す事も殺す事も簡単に出来るよぉ」
小さなリーシャが微笑みを浮かべい無邪気に言った。
「なんか、こえぇーな」
「光系統魔法を扱える者は治す事、守る事、解除する事のスペシャリストだもん。治すも壊すも手の内って事なんだよぉ」
「一丁一旦だな」
「そうだよぉ」
小さなリーシャが悲しそうな顔をしていると大きなリーシャが呟いた。
「SION。もう暫くその中で我慢して下さいね。これから記憶の回復を行います。後でとっておきのオイルを御馳走しますから」
「オイル? て、待てぇ……記憶回復するのは、もう暫く待ってくれないか」
シオンは、少し渋い顔をし訴えた。
「どうしたと言うのですか? なにか不都合でも?」
大きなリーシャが、無表情のままシオンに尋ね返した。
「……」
シオンはアイナの事を考えていた。
はっきりしていない気持。
強くなって迎えに行く、その一心でガーディアン研修を最短で終わらせた。
もし記憶が戻ったらその時、自分にアイナと同じくらい大切な人がいたとしたら……。
自分はどうすれば、どちらかを選ばなければならないのか。
シオンは、この時初めてアイナに対する自分の気持ちに気付いた。
To Be Continued
最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!