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〜 混沌への前奏曲 〜 第五話

 ◆GATE5 魔術師


 透き通る水に満たされたラウル湖の湖面を冷たい風が波を立って陽の光を浴び黄金竜鱗の如く煌めいている。


 ミルの背後を、あっさり取ってしまった黒色ローブの少年に思わず眉を顰めて見ている。

「あなたが光系統の魔法で王軍を? 兵士達は?」


「聞いて答えるとでも思ってるの? おばさん」

「お、おばさん!?」

 少年がローブの外套から、僅かに覗いている口元を釣り上げ苦笑する。

「大剣の兄さんも、そう思わない?」

 少年は何時の間にかレイグの背後を音も立てずに取って見せた。


「思はないな……しかし、答えて貰う……力づくでだ」

 レイグが背中に背負っている炎の魔剣の柄に右手を掛け、左手を少年の死角から腰に帯びた短剣の柄へと持っていく。


「へぇー! 凄いね。それだけの大剣を片手で振るうんだ」

「まぁ、普段から修練を積んでいるからな」

 レイグは右肩を、ぴくりと動かせて見せ、じわりと足首を摺り出させた。

「修練ね。僕には縁遠い話だよ」

 見た目、ミルの背後にいた少年の背格好は十代の歳半ばに見えた。

 背後から聞こえる。まだ幼さの残る声にレイグは、ただならぬ威圧感を感じる。


 ――接敵しているのに敵が見えない事程、恐ろしい事はない。



 ふとレイグは気づく。


(こちらは三人、敵は一人の筈……なら何故、三人共、それぞれ背後にいる者と話している様な錯覚に陥っている?)


 ミルも初めシオンの背後を取ったローブの少年に話し掛けていた。


 ――しかし、今は?

 

 何者かに背後を取られている様に話している。


(本当に一人しかいない? それとも……)


「無駄だよ。この一帯は僕の魔術戦域。準備の整っていない者たちが何人いようと、このエリアで僕に勝てる者はいない」


 少年の薄ら笑う声と共にシオンとミルも反応している。


「大した自信だ。……だが、世界は広いもんでな、中にはとんでもないびっくり人間もいるんだよ」

 レイグはミルの様子に注意をはらった。

 どうやら、ミルは気付き始めている。

 いや、もう気づいているに違いない。

 レイグは炎の魔剣を握った右手に力を込め握り直した。


「やる気? 僕の仕事は済んだから早く帰りたいんだよ」


「仕事ね? でも……子供だからって! おイタが過ぎると痛い目見るぞ! 異国の魔法使い!」

 魔剣を握り返すモーションを囮に腰の短剣を抜刀すると素早く身を翻し背後に投げつけた。

「魔法使い? 違うよ魔術師……だよ。お兄さん」


 レイグの視界に映った光景は、空しく空を切り裂いていく短剣とその向こう側の景色だけで、黒いローブの少年の姿は声をだけを残し消えていた。


「ミル!」

 レイグは同時にミルに呼び掛けた。


「あいよ! 怒鳴らなくても聞こえてるわよ」

 ミルが魔法の詠唱を始める。


「えっ! 俺は?」

 なんだか置いてけぼりのシオンが呟いた。


「お前は召喚される魔物の対処を!」

 レイグが支持を飛ばした。

「なんだよ。俺の役目が無いのかと思っちまったぜ! コバカムじゃあるまいし……それはないだろって思っちまったじゃねぇか!」


「お前……気づいてなかっただろ? 魔法使い、いや魔術師と名乗った少年の次空間魔法、或いは理論魔法」


「……そりゃ! 気づいて……ない」


「いいから、何が出るやらだが、召喚される魔物の対処は俺とお前でやる。魔術師はミル! 頼んだぞ」


「わーったよ」


「ミル!」


「うっさいわね! こっちは魔法陣に繋がる次空間歪めるのに精一杯なのよ! あんのガキ! いったいどれだけの陣を描いてやがんのよ!」

 召喚魔法のスペシャリストのミルが水色髪を逆立て苛立ちを見せている。

「あれ? 様子がおかしい……あの子の魔力を感じるていのに……気配が消えたわ」


「ああ、俺も感じた」

 レイグが同意の言葉を口にする。


「俺もだ」

 シオンも短い言葉で同意した。


 三人は互いの顔を渋い表情をして視線を交えた。


「気を付けて! 何か来るわ!」

 ミルが叫んだ。


「では、みなさん。僕には次の仕事が出来たのでこれで失礼しますね」

 何処からともなく、あの魔術師の声が天に響いた。

「あっ! 折角ですし、ささやかな置き土産を……受け取ってくださいね」

 魔術師の声は空の彼方へと消えていった。



「どのくらいで着くのですか?」

 ランスはデミ・ドラゴンを操るガーディアンに声を掛けた。


「もうすぐ着く」


「あれから一年近く経つのか……母様にシオン……アイナは仲良くしてたのかな?」

 過ぎ去った時を懐かしむ様に呟いた。


 ――その時、上空から強風が吹き下ろす。


 デミ・ドラゴンを操るガーディアンが頭上を見上げた。

 ランスも風の吹き下ろす方向を顔を向け、目をしばたかせる。

 ランスの目に映り込んだもの……それは巨大なガーゴイル。


 遠い昔、一人の魔術師とその他十人の魔術師が極北の凍てつく氷の大地に閉じ込めた魔族の一つ。

 人の様な身体に生える蝙蝠の羽に似た翼。

 山羊の角が人間に似た異形の顔を持つ頭部に、二本、やや角度を持ち上に伸びている細長い耳がエルフの様にも見える。しかし、その様は邪神そのものだ。

 腕の先には鉄をも切裂きそうな鋭い爪が、両腕に八本伸びている。


「逃げるぞ! あんたを乗せては戦えない」

 デミ・ドラゴンを操るガーディアンが吠える様に声を張り上げ、手綱を引き方向を変えた。


「待って下さい!」

 ランスは声を張り上げる。


「駄目だ! それは出来ない。あんたに何かあれば、マスターに言い訳のしようがない!」


「大丈夫です。しかし、貴方に御迷惑を掛ける訳にもいかないですね」

 目を閉じガーゴイルの突然の登場に跳ねる鼓動を抑える様に大きく息を繰り返す。

 一呼吸、一呼吸する度、乱れた精神を研ぎ澄ましていく。


「物分かりが良くて助かる。もう少しの所……すまん。あんたの気持も分かるが、ここは堪えてくれ」

 デミ。ドラゴンを操るガーディアンの頭が僅かに下がった。


「このまま飛んで下さい。でも、ガーゴイルの方が速いですね」

 

 ランスの言葉でガーディアンが、後ろを振り向く。

「くそ! 入り組んだ地形であれば振り切れるかも知れないのに!」

 まじかに迫るガーゴイルを確認したガーディアンは苦い顔をした。


 山岳地か、渓谷なら現れたガーゴイル身体より小さく機敏に飛べるデミ・ドラゴンで逃げ切れる。

 しかし、ここは平地。

 上昇下降、左往右往を繰り返し逃げるガーディアンにランスが強い口調で言った。


「水平飛行に移ってください」


「何を! そんな事をすれば、あっという間にあの爪の餌食だ」


「風を司る大気の聖霊よ……」

 ランスも魔法の詠唱を初めている。もう声は届いていない。


「あんた! その詠唱……まさか! えぇぇぃ! ままよ」


 ガーディアンがデミ・ドラゴンを水平飛行に移す。

 ガーゴイルの身の丈程もある大きく鋭い爪が容赦なく襲い掛かた。

 右へ左へデミ・ドラゴンの身体を揺すり辛うじて、その鋭い爪から逃れる。


「見つけたよ……我らが楽園に座すべき王」

 ガーゴイルの片手の平に黒いローブを風にバタつかせた小柄な人影がガーディアンの視界に映った。

「魔法使いか」

「魔術師……だよ」


「風を司る大気の聖霊よ。 汝、古の盟約に応えよ 我は求む雷よ 我らの敵を撃て」

 ランスは閉じていた両目を見開き魔法を放った。

 広がる青い空に灰色の雲が現れガーゴイルに向け雷を放電する。


 ――からん♪


 黒いローブの少年が、鉄丈を振ると上部に括り作られた鐘の音が響いた。

 鐘の音が風切り音と共にランスとガーディアンの耳に届いた。

 ランスが放った雷は尽く打ち消されていく。

「やはり、まだ目覚めてないようだね。我らが王は……あれを手に入れ目覚めて貰うとするよ」

 魔術師が唇の両端を釣り上げ不敵な笑みを浮かべた。



「コバカム?」

 レイグが珍しく呆気に取られた気の抜けた声でペガサスに乗って来たガーディアンを見て言った。

 

「マスターは聡明だよ。この依頼に僕の力が必要だと分かっておられたんだね」

 前髪を掻き上げ、気障なポーズをコバカムが取っている。


 シオンは気付かない振りをし知らない顔をした。


「おい! シオン! 気付きたまえよ。華麗な僕の登場なんだぞ」


「誰だっけ? 俺、記憶喪失だから」


「ちょっと待ちたまえ! 記憶喪失は関係ないだろ! この場合」 


 忙しく依頼をこなすガーディアン達はギルドで顔を合わせた事が無い者がいる事など差ほど珍しくはない。


「……コバカムが今回の光系統魔法の対策という訳ね」

 ミルがあからさまに残念そうな面持ちで眉を下げた。


「そうだとも! 僕が来たからにはもう安心だ。泥船に乗ったつもりでいてくれたまえ、諸君」

 コバカムは颯爽と跨っているペガサスから下馬しようとし翼に足を引っ掛け派手に地面に転がり落ちる。

「痛てぇて……ちょっとしくじってしまったかな? あはぁはぁ」

 立ち上がると服に付いた土埃を払って高らかに笑い声を上げ笑って見せている。

「さて、作業に取り掛かるとしよう! 諸君! 聖誕祭まで時間がないからね。現状は?」

 コバカムが調査と現地の状況を三人に尋ねた。


「チョイ待ち」

 ミルが渋い顔をしている。

「あの魔術師の魔力と気配を感じるわ。この気配……」

 

 シオンとレイグも状況に気づく。

「あれは……ランス! 置き土産だけじゃなかったのかよ!」

 シオンは警戒を強め腰に帯剣したランスから送られた剣を構えた。

 

 巨大なガーゴイルの姿がシオン達の前に姿を現した。その手の内には気を失っているランスと仲間のガーディアンの姿も見えた。


「仲間を助けたければ、大人しくその首に掛けている赤い宝石のリングを渡して貰おうか」

 魔術師がシオンに向かいそう言った。


 シオンは、アイナとお揃いのリングを見つめた。

 ランスと仲間の命には代えられない。

「……分かったよ。だが、一つ聞きたい事がある」

 シオンは、首に掛けたリングを魔術師に向かい投げつけた。

「それで王軍の連中は何所にいるんだ。


「さあね。自分達で探しなよ」

 悪びれた風もなく魔術師が答えた。

「こいつには用がない。返すよ」

 魔術師はガーディアンだけを解放した。


「ランスも返して貰おうか」


「それは出来ない。彼は力を欲している。姉を護る為の力をね。だから一緒に来て貰う事になった」


「シオン……ごめん……」

 ランスは、気不味そうに俯いた。

「置き土産を楽しみにしておいてね。目的を果たしたし思わぬ収穫も得たから、僕自身は、このまま去って上げるよ」 

 魔術師はガーゴイルを飛び立たせその場を去っていった。



「今日は、もう日が落ちる。坑道の詳しい調査と王軍の兵士の調査は明日行うとしよう。さらわれた少年の件も」

 レイグは苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、今置かれている現状からそう判断を下した。


 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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