〜 混沌への前奏曲 〜 第三話
◆GATE3 故郷
冷たい風に湖面は撫でられて水面が揺れ暖かな日差しを浴びきらきらと輝くラウル湖にシオンは、来て不可解な事の多い今回の依頼について考え巡らせていた。
――昨夜。
ミルとレイグと別れナタアーリアの家に向ったシオンは久しぶりの再会を懐かしみ話しに花を咲かせる。
「まあ、シオンさん立派なガーディアンになられたのですね。ガーディアンになられた事は、ランスからの手紙で知っておりましたが、まさか、あなたがこの度の依頼を請けていらしたなんて、それとアイナがあなたのいらっしゃるギルドにお世話になっております様ですね。どうかこれからもあの子を宜しくお願い申し上げます」
ナタアーリアが、何処までも優しい笑顔を浮かべて言った。
「い、いえ、そんな世話なんて特にしてませんよ」
シオンは慌てた口ぶりで言った。
まさか、同じ部屋に住んでいる事は知らないだろうし手紙もランスから届いたものみたいだった。
自分に奉公先の場所を書いた手紙すら寄こさず逢いに来るのが遅いと怒ったアイナが、手紙を出すなんて思えないし思いもしない。
「何をおしゃるの? アイナのわがままで押しかけてしまいシオンさんのお部屋に住んでいるのでしょ? アイナが手紙をくれたのです」
ナタアーリアは嬉しそうに笑顔で言った。
「い、一緒の部屋と言っても……お、俺は殆ど依頼に出ていて部屋には居ないですから……別に世話なんてしてませんよ。本当に……」
そう言うシオンを見てナタアーリアは薄っすら笑みを浮かべた。
「あの子の右胸に小さなホクロがあるの」
ナタアーリアが笑顔のままで、さらりと言う。
「へぇ? あの今なんと……」
シオンの顔に一気に赤みが刺す。
「一緒の部屋ですが、本当に依頼で部屋に戻る事は少ないですし……俺はソファで寝てます! ヘンな事してませんから……」
シオンは視線を床に落とした。
「嘘ですよ」
ナタアーリアは笑顔を崩さない。
「はぁあ、そうですか」
突然のナタアーリアの言葉に戸惑うシオンの表情を見てナタアーリアは何かを悟った様だった。
「ガーディアンは、今や人気職ですしシオンさんは女の子に人気があるそうですね? あの子、魅力ないかしら? 怖がりで人見知りでわがままで口が悪くて乱暴で可愛げはないけれど、根は優しい子なのよ。そして、きっとシオンさんの事が大好きなの」
ナタアーリアは崩れない微笑みをシオンに向けた。
「その……何がおしゃりたいのか……べ、別に何もしてません。はい」
――シオンはアイナどんな手紙書いて出してんだ? ナタア−リアさんも親ばかだよ。
「あら、少し残念。あの子を大事にしてくれてるのね」
ナタア−リアは、ふわふわと笑った。
アイナにも何処かぶっ飛んだ所は見られるが、さすが親子ナタア−リアも何処かぶっ飛んでいる様にシオンは思った。
「シオンさんならアイナを任せられるわ。私の息子が増える日も近いのかしら? あなたなら歓迎よ。でも、あの子を貰ってくれる時までそれまでは駄目ですよ。あの子を大切にしてあげてね。私くしの娘をどうかお護り下さいますよう」
ナタア−リアが恭しく頭を下げシオンに一礼した。
「はぁ、俺……ログの村を故郷と思ってますから」
「故郷? まぁ、うれしい。それで記憶の方は?」
顔を上げナタア−リアが尋ねる。
「それがまったく……です」
ナタアーリアの所に来たのはそう思ったからだが、今回の依頼の件も聞かなくてはならない。
シオンは、村を襲ったオーク達を迎え撃ったダルベス達の知り合いで何かと博識のナタアーリアに事情を聞きに訪れたのだ。
「あの、この度の依頼の件なのですが」
シオンが切り出すとナタアーリアは昼食の準備を始める。
「少しお待ちくださいな。昼食にダルベス達を招いて置きましたの、久しぶりに賑やかな食事を取りながらお話しましょうか」
暫らしてダルベス、ベリル、スクナ・メラの三人がやって来る。
「これはシオン様、お久しぶりでございます。まだお若いのに立派なガーディアンになられましたな」
ダルベスが深々と頭を下げて言うと両脇にいたベリルとスクナ・メラも頭を下げ一礼する。
「何時ぞやは、アイナお嬢様の婚約者となられる方だったとは露知らずにとんだご無礼を致しました。シオン様の首に掛けられたその光る指輪がアイナお嬢様の手紙に書かれていた指輪ですな」
ベリルがシオンの胸元に輝く指輪を見た。
シオンは普段依頼の邪魔だからという理由で指に嵌めておらず、それを知ったアイナはすねた。仕方なく皮を編み込んで作った皮紐に指輪を通しペンダントトップとして身につけている。
指輪の台座のデザインを見たダルベスが眉を顰めた。
「その指輪を再び、老いぼれが目にするとは思いませんでした。その指輪、まさにカストロス王家に伝わる秘宝の一つです」
ダルベスが指輪を見て言い言葉を続ける。
「つかぬ事をお聞きいたしますが、アイナお嬢様が嵌められておられる指輪はにはどの様な石が?」
「赤い石ですが」
「その二つの指輪は、旧カストロス王家に伝わる秘宝です。シオン殿の指輪あしらわれた緑の石は【大地の意思】生命の源であり、生命が根付く大地を現します。古く遠い昔に遠い他国の者から王家に献上されたものとされております。 アイナお嬢様の指輪はおそらく【炎の意志】生命に光と温もりを与える火を現し力の象徴でもあります。
その事からか秘石と指輪はどんなに離れていても必ず揃うと言い伝えられておりました。王国は没しましたが、王家の秘石と指輪が再び、揃う等とは思いもしておりませんでした」
本当は、露店でアイナに買ってやった指輪で同じデザインの物をセットで売りつけられた指輪なのだ。
ダルベスの言う事が本当ならば、イミテーションなのかも知れない。
「王家? 秘石? 指輪? こんやくしゃ? お嬢様?」
――なんなんだ? どんな話になってんだ? どんな手紙出してんだ? アイナの奴。
「申し上げ辛いのですが、この指輪は露店で買った安物ですよ。手紙になんて書いてあったか知りませんが、そんな大げさな物じゃないです」
シオンは、苦笑を浮かべた。
「ダルベス、その様な事をお話してもアイナにランス、それにシオンさんも私くしの事情を知りませんのよ」
ナタアーリアがダルベスを嗜めた。
「シオンさんは、お気になさらずにシオンさんにとってアイナはアイナ、ランスはランス、私は二人母、ナタアーリアです」
「失礼しました。どうか今の事はお気になさらずに」
気にするなと言われても聞いた以上気にはなる。
しかし、今は依頼を請けて来ている。その情報が欲しい、ミルとレイグの事も気になる。
「ところで廃村の事なんですが、今回の依頼の事で何か知っている事はないですか? ログの村を襲ったのはオークが数回だと村長から聞いていますが、この依頼はSランクとして請けてます。程度にもよりますが通常、亜人種でもオークだけならSランクにはなりません。不可解な事が多すぎます」
「廃村の辺りには以前から水の精霊石と呼ばれ、魔法の触媒や特殊な秘薬を作るのに使われる貴重な秘石が時折出ていたのです、十年程前に水の精霊石の眠った地下鉱脈がある事が判り、発掘団が村を構えたのですが一年半位前のある日、一夜にして村の全員が姿を消した事件が起こったのです。ログの村の者は、人が水の精霊石を貪った為、精霊の怒りに触れたのだという者や地下鉱脈の入り口が冥界と繋がったという者も出て来て廃村の鉱山には手を出さなくなり、必要な分だけ地下鉱脈以外の場所から精霊に祈りを捧げ頂く様になりました」
ナタアーリアが言い言葉を続けた。
「その少し後からオークが住み出したのですが、廃村に調査に入った王軍が消えるといった件と一年半程前の事件と似ていると考えるならば、地下鉱脈の入り口に何か謎があるのではと私は思うのですが、シオンさんは、一度オークと闘ってますがどう思われましたか?」
ナタアーリアの離す事は村長達の話には出てこなかった話だった。
「鉱山の発掘場所は知りませんでした」
村の出した依頼はオークの被害が元だったと言っていた。
「依頼書には、生還した一人の王軍兵士の報告として光系統魔法を使う背中に羽根を持つ亜人種だとあったんです。ナタアーリアさんは以前、俺に魔法の事を説明してくれました。その時、神聖魔法の事も話てくださったので光系統魔法にも詳しいのではないかと思い来たのです」
「お役に立てなくて申し訳ないのですが、神聖魔法の概略は知っているのですが以前、お話した様に神聖魔法は、四大系統の魔法と異なり、ある意味特殊な系統の魔法です。詳しい事は光系統を扱う者にしか解らないのです」
「我らも早い段階で廃村の周囲を独自に調査しましたが、我々が調べた上でその様な事柄や形跡は見当たりませんでした」
スクナ・メラが言った。
「シオンさん? 連れの方に急ぎ地下鉱脈の事を知らせた方がよくありませんか?」
村長との話に出ていなかった以上、新たな情報を急ぎ現場に居る二人に話した方がいい。
シオンは連絡用にと同行させたリーシャに思念を送った。
「光系統魔法を使い長ける者といえば、その類に順ずる者のみです」
「仮にそうだとしても神の使いである者が人を苦しめる様な事をするのでしょうか? 神に使える聖職者達なんじゃないですか」
シオンが尋ねた。
「宗教的な事での争いは多いのです。祖を同じくしていても宗派での争いがありますし中には、その道から外れる者も出てその力を悪用する者もいます」
廃村ではミルとレイグが一通りの調査を終えていた。
「これと言って変わった事は無いわね」
「オークの姿すら見当たらないが居た痕跡はあるが」
オークの放つ獣臭さは、廃村に残っている。しかし、王軍と争った痕跡すら残ってない。
「お二人さん! シオンから情報入ったよぉ。廃村に地下鉱脈の入り口があるらしいって」
「それ本当なの? あんた達どうやって連絡取り合ってるのよ。気になってたんだけど、詮索は好きじゃないし私もいろいろあるからね。昨日の魔法に人間とは思えない程の尋常じゃない回復力は何? それにあなたも普通の妖精ではない様だし」
ローゼアールヴァルのガーディアン同士が踏み込んだ事を聞くのは珍しい。
その中でもミル自身が聞かれる事を好まず今まで一度も他人の事に興味を示した事はなかった。
「ミルが他人の事を気にするとは珍しいな」
「まあねぇ。シオンは何だか気になるのよ。レイグはどうなの?」
「気にはなるさ。あいつには謎が多いからな。あいつ記憶喪失なんだろ? 自分が一番知りたいがってるのかもな。それよりその情報はほんとうなのか?」
「情報は本当。私にとってシオンはシオン。それでいいよ」
リーシャは、そう言ってはにかんだ。
「なによ。納得いかない答えねぇ! まあ、いいわ。私も人の事言えたものじゃないし」
「俺達もいろいろ訳有りだしな。いちいち気にしていたら切りがない。ミルが、ここまで他人の話題に触れるのを初めてみたよ」
レイグが笑みを浮かべ、何処となく嬉しそうに言った。
地下鉱脈の縦穴に縄梯子が据付られている。
不気味な穴が異様に口を空けていた。
To Be Continued
最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!