~ 混沌への前奏曲 ~ 弟二十一話
◆GATEー21 信じるちから
アイナのオッドアイが、ランスの理想郷をカストロス城のテラスから眺めていた。
そこに広がる光景は、まさに楽園だった。
石くれの大地はここにはない。
あるのは、豊かな緑の大地と人々の笑顔。
豊かな木々を良く晴れた青空に向かい飛び立つ鳥達の羽音と囀り。
これが、ランスが思い描いている夢。
アイナの為に創り上げようとしている理想郷なのだろうか。
アイナは、小さな胸の奥で違和感を感じた。
――悲しみが消えない。
「シオン……」
アイナは首からぶら下げているSIONと書かれたタグプレートを握り締めた。
「どう? 姉さん。気に入ってもらえたかな。僕の理想、姉さんの理想、僕が思い描く出会だよ。姉さんの為の悲しみのない世界は」
アイナをランスが背後から抱き締めた。
「……ランス」
アイナは、翡翠色の瞳をそっと閉じ俯いた。
夜も更けた頃、扉を前の前に伏せてアイナの帰りを待っている幼生の竜が首を持ち上げた。
「どうしてここに?」
「ここかランスの野郎の理想郷がある場所の入口は」
シオンは、まだ幼生の竜に尋ねた。
「そうだと思うよ。もう、三日もアイナ帰ってこないもん……お兄様に冴えない人間」
「ちょい待て! チビ。冴えないとはどういう意味だ? あん?」
「だって! 何時も戦闘になるとやられて怪我だらけだもん! かっこ悪い! だからアイナは戻ってこないんだよー! きっと、ねぇ? 兄様」
「うるせぇーよ! 俺は無敵じゃねぇよ。 相手が強けりゃその代償も大きいんだよ! そんな事より、この扉……ぶった斬る。手の込んだ事しやがって」
シオンの前に六芒陣が現れる。その中からフィノメノンソードの柄が現れた。
「まったくだ。眷族の竜の眼。この様なまやかしには騙されんよ」
シオンの背に乗せていた竜が鋭い眼光で扉を見つめる。
「えっ! 何があるの? アイナは、普通に入っていったよ」
「あんのーバカ! 精霊魔法なんて大層なもん扱えるくせに共々に張られた結界に気づかなかったのか」
シオンが忌々しげに声を張り上げた。
――情けない。
アイナの後を直に追うべきだった。手紙にもその様にとれる文面だった。
それに、竜を呼ぶ角笛は、幼生の竜の物だけが持ち出され、その兄の角笛はこれ見よがしにシオンが何時も寝ている、ソファの上に置かれていたにも拘らず、四日間も気がづかなかった。
その後、三つの依頼を終えて、やっと気付いた。アイナが旅立ってから、既に二週が過ぎていた。
夜空には、淡い光を放つ星達が蒼い空を彩始めている。
アイナは、寝室で真白な薄く透ける夜着に身を包んでテラスへと出た。
乾き切らずにしっとりと湿り気を帯びたプラチナの金髪。
そよ風を受け徐々に渇きを与えていく。
蒼い夜空も深まり、浮かんだ白い月の月光がテラスに立つアイナの夜着を透かして肢体を布越しに露わに映しだす。
「シオン……どうしてですぅ? こんなにも緑に溢れ、人々の幸せそうな微笑みが悲しく見えるですぅ?」
アイナは、か細い声で呟いた。
「それは、ここが偽りの楽園だからさ」
何処からか聞こえてくる馴染みの声にアイナは辺りを渡した。
明るい月明かりの中でも、その声の主を見つける事が出来ず、思わずその人物の名を口にした。
「シオンーーー!」
「よっ! 久し振り」
何処から登り上がったのか、ここは三階にある寝室のテラス。
その手すりの柵から身を持ち上げ、突然アイナの眼前に銀色の髪の毛が現れた。
月の光が銀髪にほんのり入った淡いブルーを浮かび上がらせている。
「シオン?」
「ああ、迎えに来た。今度は依頼じゃないぜ」
「シオン……おばかぁ! どうしてもっと早く来やがらんですぅ! ……もっと早く来やがれですぅ……」
アイナの翡翠色の瞳に何時もは金髪の下に隠れた真紅の瞳が、湿り気を帯び始めている。
「なんてぇか……ごめん」
「……えい!」
メキッ、ゴリッと鈍い音と共にシオンの顔面が歪んだ。
「痛てぇ−! 何しやがんだ! このじゃじゃ馬娘! グーだ! 今の思いっきりグーだった……ぞ」
「シオンは、シ、シオンは……ぞんざいなおバカですぅー」
アイナの握り締めていた拳の力が徐々に緩みだしそれに伴い細い肢体が近付く。
間を置かずシオンに寄り、ぽかぽかとシオンの胸元を叩いた。
「ごめんな」
シオンは、アイナの肩に手を掛け身を起こし手で探る様に頬を撫で上げ親指の腹で流れ落ちる涙を拭き取ってやった。
「シオン……えい!」
ゴキュと鈍い音が蒼い夜に溶けて消えていった。
「なんだてんだ! いったい! それとグーは止めろ!グーは!」
シオンの怒鳴る声に驚いたのか、蒼い夜に浮かぶ月が雲の中へと姿を隠す。
「見んなですぅ! このスケベ! 目隠しして一昨日来やがれぇですぅ!」
「いや……見えねぇよ。何も、この腫れ上がって目を塞いでいる瞼を良く見ろ!」
シオンが、晴れ上がった顔面をアイナに近付ける。
「み、見えんですぅ……お、お月様が雲に隠れて暗くてしまって……見えんですぅ」
アイナは、誤魔化す様に話を戻した。
「ここが偽りの楽園とは、どう言う了見ですぅか? こんなにも綺麗な場所なのですぅよ?」
「俺には、そうはみえないな。石くれの風化した荒野にしか見えない」
「そんな馬鹿なですぅ! 木々は旺盛に生え鳥達は囀り、人々は頬笑みを絶やさないですぅ! シオンは昼間の風景を見てないですぅからですぅよ」
「お前な! もっと魔法について警戒と勉強をした方がいい。魔法を扱える者として……」
シオンは、銀髪を掻き毟って苛立ちを見せた後、大きく息を吸い込み呼吸を整え言葉を続けた。
「まぁいい。扉だ」
「扉ですぅか? 何処のですぅ?」
「お前が、ここに来る時に潜った大きな扉だよ」
「それがどうしたですぅか?」
「お前……扉に幾重にも張られた結界に気付かなかったのか? その結界の中にまやかしを見せる魔法が掛けられていた。アイナ?」
シオンの晴れ上がった瞼の隙間から鋭い真剣な眼光がアイナを見つめた。
「はいですぅ」
笑える光景だったが、シオンの眼光に気押され素直な返事を返す。
「気付いてはいたですぅ。精霊がざわついたですぅから、でもデスペル出来んと思ったですぅからチビを外に残してきたですぅよ……うん? なんでシオンは扉のまやかしにをデスペルできたのですぅ?」
「そんな、まどるっこしい事するかよ。扉ごとフィノメノンでぶった斬って来た」
シオンは、一拍置きアイナに問うた。
「アイナ。本当の楽園を、楽園の真の姿を見たいか? 偽りでもこの楽園の方がいいか? まやかしの魔法に掛かったまま、この楽園にいたいか?」
「こんな楽園が本当にあればよいですぅが……アイナは真実が見たいですぅ」
アイナは、静かに首を振った。
シオンは、フィノメノンをアイナの前に突き出す。
「俺を信じろ。俺がお前に掛ったまやかしをぶった斬る。怖くないか?」
アイナは、親指と人差し指の隙間を少しだけ空けた。
「ちょっと」
「お前ごと、まやかしの魔法を斬る。覚悟は出来てるな。お前が俺を信じ、この楽園の真実を見たいと心から願わなければ、お前は真ぷたつになるかも知れない。フィノメノンは俺が斬りたい物を断ち切るが、今回は、お前のランスに対する想いが複雑に絡んでいるからな、俺の思いだけではダメなんだ。お前の断ち切りたいと言う意志がなければ、断ち切る事が出来ない」
アウラは、こくりと小さく頷いた。
「よし。行くぞ! ビビって小便漏らすなよ!」
「アイナはシオンを信じてるですぅ」
その言葉を聞いたシオンはフィノメノンを高く構えた。
「行くぞ。アイナ」
フィノメノンソードが、アイナの脳天目掛け振り下ろされた。
アイナは、目を閉じ胸の前で祈る様に手を組んだ。
迷い無く振り下ろされたフィノナメノンソード。
「信じろ!アイナ。俺を!」
刃がアイナの身体を両断した。
恐る恐るアイナの閉じられた瞳が開かれた。
「頑張ったな。アイナ」
シオンは、やわらかい口調でアイナに声を掛けた。
シオンの言葉に安堵を感じたアイナは胸に飛び込んだ。
「よく信じてくれた。ビビって漏らしてないだろうなぁ」
シオンは、冗談まじりにおどけた言葉を掛ける。
アイナは、シオンの胸に顔を埋めたまま右手を持ち上げ、指の隙間を少し開く。
「ちょ、ちょっと」
「さ、さてとこのインチキ楽園をぶっ壊して帰ろうアイナ。皆がお前を待っている」
「シオン……」
「悲しみも苦しみも人しか感じる事の出来ない感情だ。そりゃ笑っていられるに越した事はないけどな。それが出来ないのが人だろ?」
「シオン」
「それが、俺達が住む世界なんだ。きっと」
シオンがランスの楽園を無に帰し石くれの荒野がアイナの瞳に戻った。
ランスの姿は既になく消えていた。
ランスもまた、自分の理想と想いを手に入れる事をあきらめてはいないのだろう。
風化した王宮の一室でアイナとシオンが紫色の朝を迎える。
やわらかい日差しが差し込む埃っぽいベッドの上で……。
黒いローブの小柄な身体の人物が黒い異形の巨体が翼を時折、羽ばたかせ月の隠れた暗い夜空に紛れ空を滑空させていた。
黒い異形の生気のない赤い眼を暗闇に不気味に光らせ。
魔物ガーゴイルの大きな手の平が大事な物を扱う様に両手で何かを包み持っていた。
その手の平の上に黒いローブの魔術師とその隣にはにオッドアイの少年がいる。
「ランス様、そんなに焦る事はございませんよ。ランス様のお力はまだ、完全覚醒してないのですから、あれだけの理想郷を幻を用いたとしても、創り上げら間もない今、彼らと相まみえるのは時期が悪いかと思いますよ」
魔術師がまだ、幼さの残る声でランスに言った。
「姉上を手中に収めらっれなかった事を事が、気に病んでるのでうすか?」
「君がいたのなら、仮とは言えあの理想郷を守れた筈だよ」
ランスは、親指の爪を噛み忌々しげに小さな魔術師を睨んだ。
「守れたでしょうね。ランス様の友人を殺す事も出来たかも知れません」
小さな魔術師は、微笑を浮かべ言葉を続けた。
「迷われていたでしょ? シオンとか言う恋敵を討つ事を……ランス様はそれであの理想郷を破棄された。違うの?」
ランスは、魔術師の言葉に歯噛みした。
「大丈夫ですよ。そんなに遠くない未来には、石化した死した魂ではない、生きた生体エネルギーを使った理想郷を創り上げる事が出来るでしょう。ランス様のお力が完全覚醒した時に」
月の隠れた暗闇に赤い光と、大きな翼の羽音が吸い込まれて消えていった。
†人形使いとゴーレムナイト† ~ 混沌への前奏曲 ~ 終幕。
~ 混沌への前奏曲 ~は完結いたしました。
御拝読下さった皆様誠にありがとうございました。
また感想、お気に入り登録、評価下さった読者様励みを頂いており感謝しております。
ご意見ご感想評価等お気軽にどうぞ。今後の励みと進歩にしていきますので、思った事を遠慮なく賜ります(但し常識の範囲内でお願い致します)
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~ 異国に吹く風 ~ でお会いしましょう。(放置中ORZ)
雛仲 まひるの他作品。
★からんちゅ♪魔術師の鐘★
狐の嫁入り←投稿開始
もう><ホントにもういろいろ完結を迎えないまま書いててすんませんっ_OTZ
本人も楽しみながら皆様に楽しんで頂ける様にをモットウに書いております。
yahooブログ 夢で寝言Zzz HN:ヴぃヴぁ
http://blogs.yahoo.co.jp/vivalawombat01
こちらにも散らかってます。(笑)
お馬鹿なブログですが、お気軽に遊びに来て下さいね。
ではでは、皆さま。さばらじゃ(>ヮ<)ノシ