~ 混沌への前奏曲 ~ 第二十話
◆GATEー20 死した大地と戦場の傷跡
見つかり難い夜間、眷族竜の夜目を活かし南下して海上から岬沿いに旧カストロス王国領に入ったアイナと眷族の竜の視界には、無数の石象と壊死したまま石化した自然のオブジェが映し出されている。
一面に広がる風化し砂埃が風に舞う。
砂誇りを巻き上げ一際、鱗の肌理の細かい竜が石化の大地へと降り翼を畳んだ。
背中の金色髪の少女が、ぴょこんと顔を上げると竜の背中から、その大地に降り立ち呟いた。
「酷いですぅ……」
この大地が、緑豊かで水の都と呼ばれていた程、美しかったと聞いていた母の生まれ故郷とは思えなかった。
アイナは、殺風景でもあり、また哀れな石像が立ち並ぶ大地を歩き、石像の幾つかの表情を覗きこみ眉を顰めた。
恐怖に歪む顔、団欒の中、笑顔のままの表情のまま石像となった人、何が起こったのか理解出来ずに呆けた顔、恐れの余り泣き叫ぶ年端のいかぬ子供の表情が、一夜にしてカストロスを襲った悲劇、ただならぬ様子を物語っていた。
恐らく難を逃れた人々はキャラバンを組、生き残った騎士や軍の兵士を集め、その後、難民のキャラバンを守りながら、二年にも及ぶ撤退先を繰り広げたと聞いている。
そんな時、眷族の竜が周囲の異変に気づいた。
「何かいるよ。アイナ」
石化した風化が激しい建物の物陰から人らしき気配を感じた。
その人物が姿を現す。
「お前は!」
アイナは思わず声を荒げた。
黒いローブに杖に括りつけられた鐘。
――あの時の魔術師だ……ランスを連れていった。
「お前! 何故ここに? ランスを何処に! 返しやがれぇですぅー!」
アイナの翡翠色の瞳が魔術師に鋭い眼光を向けた。
道中、話を聞いていた眷族の小さな竜は、怯えながらも周囲の気配を探り警戒の余り身体を緊張の余り強張らせる。
「可笑しな事を言うね? ランス様は自らの御意志で我らの誘いに乗られ、赴かれたのでしょ?」
小さな魔術師が、薄い笑みを浮かべて答えた。
「お前が、ここにこのタイミングで現れたと言うことはですぅねぇ! 私を連れて来いとランスに命令を受けたですぅか!」
「はぁはぁはぁ……ホントに可笑しな事ばかり言うね。君」
小さな魔術師の高らかな笑い声が石の荒野に響き渡る。
「何がおかしいですぅ!」
「いやね。僕はそんなに暇じゃないよ。今回は偶然のたまたまだよ。ちょっと別件ででこの土地に訪れただけ……あっ! ランス様を探しにきたんでしょ? それならビンゴ! ランス様はこの土地に理想郷の一部を実現されている。場所は――」
「旧カストロス城……ですぅか」
「ビンゴ! 流石は、一卵性の双子。……でも、一卵性の双子の姉弟は重力下では生まれない筈だと赤髪のゴーレムナイト、ルーファが言っていたと思ったんですが……、まぁ、そんな事、今の僕には関係のない話だし興味もないけどね」
魔術師の言葉にアイナは、一瞬動揺した。
(どういう事?)
しかし、敵である魔術師の巧妙な話術かも知れない。
動揺を誘いこれかr始まる魔術対魔法の壮絶な戦いをアイナは覚悟した。
アイナが先手を取ろうと精霊魔法の詠唱に入いる。
「力を司る大地の聖霊よ 我は求む 汝――」
アイナは、精霊魔法を用いながら、理論魔法も業を取り入れる。
『emrth』(真理)と書かれた羊皮紙を胸元から取り出した。
「おっと! 今回は僕が不利なんだ。この地に僕は魔術を用意してないからね。ゴーレムなんか呼び出されたら、たまんないよ。一体でを無効化するのは、魔術師の僕なら容易な事だけど、中でも上位に当たる石のゴーレムの触媒となる石が、ここには豊富にあるからね。複数体呼び出されると厳しいかな……流石に」
「……やっぱり知ってやがったですぅ!」
アイナは唇を噛んだ。
嘲笑うかの様に魔術師が答える。
「知ってるよ。僕は魔術師だからね。ゴーレムを創り出すのは容易な事、ゴーレムは『emrth』(真理)の文字を剥すか或いは『e』を塗潰すか、切り取ると『mrth』(死)の意味に変わり動けなくなる……だろ?」
魔術師の眼光が冷たく鋭さを増しやがて消えていった。
「さて、時間を無駄に使っちゃったかな。赤髪の奴がうるさいから、ちゃっちゃと用を済ましてかえらないと」
魔術師はアイナに対して不利だと言ったにも関わらず無防備に背中を見せて去ろうとしている。
「やめておいた方がいいよ。今のお姉ちゃんの力(魔法)ではどの道、僕を倒せないからね」
「なんですとぉー! 言わせておけばですぅ! 理論魔法にアイナの精霊魔法に敵わないとでも言うですぅか!」
魔術師は小さな背中を向けたまま立ち止まる事無く当座買っていった。
ただ、一言こう言い残して……。
「身体の出来の差だよ」
アイナは、小さな魔術師の背中を見送った。
何処からか噴き出す様に【恐怖】の二文字が本能に訴え掛けている。
手を出すなと……。
「こわかったよー!」
眷族のまだ幼生の竜も同様だった様で魔術師が去った後、ぽつりと呟いた。
危険を感知する能力は、人間より遥かに優れている竜が同じ事を感じていたらしい事にアイナはその場に、ぺたりとへたり込み、体中から不快な汗が噴き出している事にようやく気付く。
「あれですぅ!」
竜の背中の上でアイナが指差した、その先に元々石造りの大きな宮殿が切り立った崖を背負って建てられている。
まだ小さく見える宮殿は、亡国カストロス王国の王城。
王城に近付くにつれ、幾重にも張られている結界濃度が上がっていくのが分かる。
視界は次第にぼやけていく。肌を刺す結界の魔力にアイナは肌を刺す様に感じた。
夜目の利く流石の眷族の竜も結界のまやかしまでは見抜けない様だった。
アイナ達は、やもなく飛んで近付く事を諦め、陸地を王宮に向け歩き出した。
どれ位か歩いた後、視界が突然開けた。
その先には王城を囲む様に高い障壁がアイナ達を阻んでいる。
アイナ達の正面には巨大で重厚な扉が固く閉じられていた。
ややあって、巨大な門が不愉快な音を立てゆっくりと開き出した。
アイナの到着を待っていたかの様にも思えた。
アイナは、眷族の幼い竜に「ここで待つ様に」と伝えると門を潜って中へと入っていった。
アイナが門の内側に至ると不愉快な音と共にその大きな口を閉じた。
冷たい風が顔を叩く。
晴れ渡る抜けた青空の中を成獣まじかの一匹の竜が巨大な翼を広げ風に乗り速度を上げた。
上空を風を切り裂き飛翔する魔物の姿を見つけた。ラナ・ラウル王国の隣国メタモニカ王国のドラグーンが騎乗し向かった地上から一斉に翼を広げたデミ・ドラゴンの部隊が高速で近付くが竜は逃げる気配を見せるどころか、身体を揺らし広げた翼を上下に揺すった。
――敵ではない。
竜の背中には、銀髪が陽の光を浴び煌めき、ほのかにブルーが透け美しい。
空の青を映した様な銀髪の少年が竜の大きな背鰭を片手に立ち上がった。
敵意を見せない銀髪の少年と竜をドラグーン達は素早く囲む陣形を取った。
一人の隊長らしき騎士が二人の部下を伴い、身分書の提示を求めようと騎乗する更にデミ。ドラゴンを寄せた。
漆黒のローブが上空の冷たい風にたなびく。
その胸の辺りには、赤い刺繍糸で施されたバラと妖精のモチーフが縫いつけられている。
隣国ラナ・ラウルでは今や騎士と並ぶ、成りものの守護者ギルド。
その中でも隣国までその名を轟かしているローゼアールヴァルのシンボルマークだという事に気づくのに時間は掛からなかった。
「そこなガーディアン。我が国には何かの依頼を賜り参られたか」
隊長らしき騎士が、銀髪の少年に問うた。
「いや、個人的な用でこの国の上空を抜けさせて貰いたい」
少年は、しっかりとした口調で答える。
「ならば、身分書の……貴殿の守護者ライセンスを拝見したい。我らに続き参られよ」
「ちっ!」
少年は、一度舌打ちをして渋い顔をしたが騎士の言葉に従い、ドラグーン隊に導かれ地上へと向かった。
軍の敷地内に降り立つと銀髪の少年は竜の背中から飛び降りた。
「これライセンスね」
ぶっきら棒な基調で銀髪の少年がガーディアンライセンスを騎士に見せた。
そのライセンスのを周りの騎士たちが覗き込み、目を荒の様に見開き驚いている様だった。
隣国での実績はその結果が物語っている。
銀髪の少年のクラスはA級、年端もいかない少年が高ランクのガーディアンである事に驚いている様子だった。
しかも、噂には尾ひれがつく、メタモニカ王国に轟く程のギルドに所属し本人の実力は折り紙つき。
この少年は個人的にと言っていたが……。
依頼内容を簡単に言ってしまうガーディアンは守護者失格だ。
例え、それがどんな相手であっても。
「失礼しました。身分証明は拝見いたしましたので、簡素な書類にサインを頂ければ、国内を自由に往来して頂ける様に手配いたします。シオン殿」
「あぁ、ありがとう。出来る事ならメタモニカの西、諸国共通の通行所を発行して貰いたいだけど、個人的な事で本国を通さずに来たからな」
「はい、少々お時間を頂ければ、手配いたします」
そう言い終わると騎士は、シオンを接待室へと案内した。
「待っていろ! アイナきっと探し出してやる」
シオンは、ぽつりと呟いた。
石像と石の大地だった扉の外と見違う程、の光景がアイナの視界いっぱいに広がっていた。
緑溢れ、四季それぞれの果実がたわわに身を付けている。
行き交う人々は少ないが、皆満面の笑みを浮かべて楽しそうに談笑する者や収穫した食料をにこやかに運ぶ者、笑顔を浮かべ農作業に従事する者等、笑みがあふれている。
「やあ、アイナ。僕の理想郷はどうだい? 死に耐えていた、この石の大地を蘇らせた。人々は皆幸せそうにここで生活を営んでいる。まだ理想郷の小さなレプリカに過ぎないけどね」
ランスはがアイナに近付き、笑みを漏らした。
「ランスぅ−! 逢いたかったですぅ」
なんら変わらないランスの笑みにアイナは、目に映る光景に違和感を感じながらもランスに飛びつき、抱き絞めた。
仲の良い姉弟だった頃の様に。
To Be Continued