~ 混沌への前奏曲 ~ 第十八話
◆GATEー18 誓約の実
分厚い雲に覆われたオースティンの街中の公園に七色の輝きを放つ『誓約の神樹フィクス・ルミナリス』が煌煌と光の実を大木の枝ぶりに、たわわに実らせている。
今にも雪を落としそうな寒空の下に金色髪の少女が公園の椅子に腰掛け身を震わせている。
着の身着のままと言った感じで飛び出して来たのか、少女の前を街往く人々が厚い毛皮のコートに身を潜めながら気の毒そうな視線を金色髪の少女に向けた。
少女は時折、両腕を摩ったり小ぶりで形の良い口元に両手を持って行っては、白い息を吹き掛け温もりを求めた。
――二人で見たかった風景。
一緒にルミナリスを見たかった相手は、今頃ベッドの中で生死の境を彷徨っている。
本当はこんな所に来ている場合ではない。
どの道、イベントの結果来れ無い事がギルドに帰るなり分かった。
酒場のクリップボードの結果がガーディアン人気投票の発表されている最中に帰った。
ちょうど三位からの発表だった。
その時、シオンの名が呼ばれ別の意味で、どきっと心臓が躍った。
モルドールは、シオンの姿に気づくと口早に二位、一位と発表を続け、会場を後にしギルド内外の治癒系魔法の得意なガーディアンに声を掛けシオンの下に来た。
ちなみに一位はセイン。二位はアイスマンだった。
セインは満面の笑みで天に両手を突き上げ大喜びしていたが、アイスマンは複雑な表情を浮かべていた。
無論、シオンの状態ではイベントの依頼をこなす事等出来る筈もなく辞退する事をアイナは、シオンに変り伝えた。
会場は黄色い声が上がっていたがその報を聞いて当選者は、がっくりと肩お落とした。
周囲からは、怒涛の冷たい声が上がった。
シオンではなく、アイナから事態を告げたのだから余計に騒ぎになった。
アイナは凍える手を口元に近づけ、白い息で僅かな暖を取りながら、曇天の空をバックにルミナリスの
七色に変化する金柑大の実の輝きを見ていた。
次いで真上の曇天の空を見上げると、ゆるりと白い氷の結晶が、アイナの鼻の先端に舞い降りる。
一片の雪の花びらを見た途端、その枚数は増えていく様に思えた。
ひらりと舞い降りる雪は、しんしんと真っ黒な空から落ちてくる。
アイナは両肩を抱きしめ、寒さに耐えた。
ただただ、堕ちる事がないと言われている。ルミナリスの実が落ちるのをひたすら待っていた。
震えるアイナの細く小さな身体の肩口に漆黒のローブが掛けられる。
「風邪にくぞ」
「……シ、オン?」
突然寒さが和らいだ気がした。
幾分、破れが目立って来てはいるが、良く手入れされた漆黒のローブ。
「なーにやってんだ……こんな所で」
「シオンこそ……何しにきやがったですぅー! ……そんな……ぼろぼろの身体で」
アイナの翡翠色の瞳が潤み出している。金色髪の下に隠れた真紅の瞳も潤ませている。
「何でって……今更聞くかよ……お前は!」
「ルミナリスの実」
アイナは短く答え“誓約の神樹”ルミナリスの木を指差した。
「それがどうかしたか?」
「内緒ですぅー!」
「ちっ! ……叶うといいな、アイナの願い」
「半分は、叶った様なもんですぅ」
「はぁはぁ……何だよ? 半分だけか! 痛てぇてぇ」
シオンがおどけて笑って見せた。
「やっぱり誓約の神樹ですぅねぇー! 願い事とちょっと違う形ですぅが叶えてくれたですぅ」
アイナは、ルミナリスの実の輝きから目を離す事なく話した。
「半分というのはですぅねぇー、……シオンとルミナリスの樹を聖誕際の日に見に来たかったのですぅ」
「やけに素直だな? 何時もは毒ずくくせに」
「今日は聖誕祭の初日……祭りですぅ……から」
「後半分は……ランス? の事か?」
シオンは躊躇しながらもランスんの名を絞り出した。
「うーん……それもありましたですぅねぇー。だけどちがいますぅ」
「じゃぁー。三分の一じゃねぇか……痛てぇ」
「おばか! ……シオン! 帰るですぅ。シオンの回復力は良く知ってるですぅが、連日の大怪我ですぅし昨夜の傷にひびくですぅよ」
アイナは漆黒のローブをしっかり前で重ね木の椅子から立ち上がった。
「眼が……覚めたら、アイナがいなかったから」
シオンが見せる初めての不安。
「シオン……」
シオンの弱々しい息使いと白い吐息が冷える夜の空気に溶けては消えていった。
「アイナは何を願う? ランスの事は俺が必ず連れ戻してやる。お前も……アイナも俺が必ず守り通す。ナアターリアさんも仲間達も! 俺が!」
「シオン!」
「シオン? 一人で頑張らなくてもいいのですぅー。アイナもランスを必ず連れ戻して、真っ当な道に引きずり戻してやりですぅ! 理想郷か何だか知らんですぅが、そんなものより母様達と静かに暮らせる日々がどれだけ幸せな事か教えでやるですぅ! だからシオンは自分の記憶を探してほしいですぅ……、そして記憶が戻った時に……アイナを思ってくれるならそうしてほしいですぅ……」
「俺の居場所はここだ! ギルドの仲間がいるローゼアールヴァルとアイナもいる、ここが今が俺の居場所なんだ」
シオンの弱々しくも強い意志の伝わる言葉が、掻き消す様に白い息が大気に溶ける。
「シオン!」
シオンの言葉が終ると同時にシオンの身体が揺れ、アイナは慌ててシオンを細い肢体で支えるが、重さに耐えかね、つい先程まで座っていた木の腰掛けに尻もちを着く様に座り込む。
「俺を……もっと頼ってくれ! 記憶なんていらねぇ! お前がいてくれるなら」
アイナは肩に乗っている銀色髪のシオンの頭を抱え込んだ。
「だめですぅ……シオンを待っている人が……人達がいるかもしれんですぅ」
「俺には、そんなものいねぇ! 俺は創り出された人間だ。闘う為だけに……創り出された人間なんだ」
シオンの乱れた心がアイナには見えた様な気がした。
それは同時にシオンの失っている記憶を取り戻す事が出来るかも知れない術をシオンが知ったのだと思えた。
「だめですぅ……、シオンは記憶を戻す。それがアイナもランスも願った事なのですぅ! だからシオンは記憶を取り戻して……アイナは、シオンを……、ランスの事はアイナが必ず連れ戻すでぅ……だからね? シオン帰るですぅ。お部屋に……ねぇ?」
アイナの途切れた言葉にシオンは頷いた。
決して納得したという表情ではなかったが、やはり連日の大怪我が響いている様に苦しそうな表情を見せている。
「こんな所にいたのか! たくっっ! そんな身体で出歩きやがって少しは、お前のお目付け役の事も考えろ! 皆がお前を探してんだぞ! アイナちゃんも一人でこんな所に居ないでギルドに帰ろう」
アイナとシオンの腰掛けた木の椅子の前でレイグの呆れた様な怒っている様な声が、何時も間にか降り積もった雪の公園に響いた。
「レイグさん……ごめんですぅ……でも、もう少しだけ、ここにいたいですぅ」
「風邪引くぞ。それにシオンは――」
「シオン! シオン……の事は頼んだですぅ……アイナにはどうしても叶えたい事があるですぅ」
「……」
アイナの言葉を噛みしめる様にレイグは頷いた。
「シオンは連れて帰る。心配はいらない」
アイナにもたれ掛り何時の間にか眠りに就いたシオンの身体をレイグが持ち上げた。
「まったく! 何で俺が聖誕際の初日に何が悲しくて男を“お姫様抱っこ”して街中をあるかにゃならんのかねぇ」
レイグは「はぁー」と遣る瀬無い溜息を吐きギルドのある街外れへと方向を変えた。
「アイナちゃんもなるべく早く帰ってくるんだ。……手に入るといいな……ルミナリスの実」
レイグは、そう言い残し公園を後にした。
昨夜からの雪が明け方まで降り続いた。
白い景色がシオンの部屋に陽の光を乱反射して何時もより眩い光を運んでくる。
眩い光の中でシオンが目を覚ます。
寝かされている滅多に眠る事のない自分の部屋のベッドの上。
部屋にはアイナの姿は見えなかった。
昨夜の事をシオンは反芻しながら、痛む身体をベッドから起こして辺りを観察しアイナの姿を探した。
何時もシオンのベッド代わりのソファ前に置かれたテーブルの上に、丸められ丁寧に紐で止められた羊皮紙を見つけた。
シオンは引きずる様に身体を起しベッドを降り羊皮紙に手を伸ばした。
「手紙……」
丸められた羊皮紙の下に開いたままの紙切れが置かれアイナの字が書かれている。
紙切れには短く書かれたメッセージ。
ランスを探しに、しゅぱぁぁっですぅ!
元気が滲み出す程、その意志を示す力強い文字で書かれた置手紙。
「はぁっ?」
シオンは慌てるよりも動揺するよりも、先ず呆れた。
その意気込みは伝わるが、無茶な事だった。
アイナは、ランスの居場所を知っているのだろうか?
双子の不思議な電波が居場所を教えてくれそうな気でもしたのだろうか……。
アイナの事だ。
それくらいの事を安易に思い付いても別に不思議には思わない。
「あんのっ……馬鹿がぁ」
シオンはアイナが残した紙切れを手に持ち握りつぶした。
アイナに対する怒りではない。
ランスを止められずアイナを一人行かせてしまった自分自身に対する怒りが込上げてくる。
シオンは紙切れの横に置かれていた丸めた羊皮紙を留めた紐を解いた。
丸められた羊皮紙の中から七色の光を放つ金柑大の木の実が、ころんと机に転がり出した。
羊皮紙には、やはりアイナの字が用紙一杯に綴られている。
Daer
シオン。
ごめんねですぅ
ルミナリスの実にシオンの記憶が戻る様に願いを込めておいたですぅ。
運良くアイナの前に転げて来たみですぅ。
決して禁を破って、かっぱらって来たものじゃねぇですぅ。
シオンは羊皮紙に綴られたアイナの手紙を夢中でなぞった。
To Be Continued
最後までご拝読くださいまして誠にありがとうございます。
次回をお楽しみに!