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~ 混沌への前奏曲 ~ 第十七話

 ◆GATEー17 止まない雨


 雲に隠れていた月が流れ開いた隙間から顔を出し闇夜に青い光の筋が辺りを徐々に明るませて行く。


 アイナのか細い腕の中、シオンから流れ出す生暖かい粘り気のある液体と鼓動に合わせ噴き出す液体の色が赤い物だとはっきりと分かった。

 すでに流れ出た赤い液体は温かみを失って冷たく感じる。


 冷えて行く液体と共に失われていく様に思える、シオンの温もりにアイナは嫌な予感と不安を感じる。

 月明かりも広がり腕の中のシオンを見ればその状況を把握する事が出来るがアイナはシオンを見る事が出来なかった。

 

 嫌な予感が本当に怒りそうな気がしたからだ。


 シオンの身体はピクリとも動かない何度、呼び掛けても返事は帰って来ない。


「シオン殿を中へ!」

 ダルベスの支持が暫し呆けていたべリルとスクナ・メラの耳に届く。


「急ごう、姫様、ダルベス殿、アイナ様? アイナ様!」


「シオン殿に治癒の魔法を! 我らは、触媒になる薬草と医者を隣町まで探しに行きます」


 慌しく乱れた声が飛び交う。


 べリルがアイナからシオンを離そうとしても、アイナは、首を横に振るだけだった。

 この先に起こる出来事を予感しての事なのかも知れない。


 月明かりを二人の戦士らしき影がシオンとアイナの方に向かって落ち葉を踏みしめ近付いてくる。


「シオン! 何があったんだ。こんなにやられて、お前らしくないな」

 レイグの声が木霊した。


「本当にらしくない……らしいのかなぁ? シオンて何時も怪我してるような気がぁ?」

 コバカムが小首を傾げシオンを抱きしめているアイナの前に立った。


「兎に角。今はシオンさんを家の中に」

 ナタアーリアの言葉に全員が無言で頷いた。


 泣き崩れるアイナからシオンを半ば強引に引き離す。


 泣き崩れるアイナにナタアーリアがそっと声を掛けた。

「シオンさんは、お強いお方ですから……その意志も。だから大丈夫よ、アイナ」


「母様! シオンが……シオンがランスと魔術師に」


「大丈夫。ランスも強い子ですから、戻ってきますよ」


 アイナは母の豊かな胸に飛び込み、その場で泣き続けた。



 何時かの木のベッドに寝かされているシオンと木の椅子に腰掛けたままシオンの手を握り一言も発する事なく。

 俯いたままのアイナ。


「彼女とナタアーリアさんのお二方のお陰で治癒の魔法で応急処置は済ませる事が出来ました。シオンも何とか一命は取り留める事が出来ました。お礼の言葉が見つかりません。なんとお礼を申し上げればいいのか」

 レイグはナタアーリアに騎士流の一礼を丁寧に行った。コバカムも同じく片膝を着き丁寧に礼を尽くした。


「御令嬢が魔法を使われた時は驚きました。一度もその様な話をお聞きしてませんでしたので……、それに貴方の魔法の腕前、恐れいりました」


「あの子は魔法の事を話さなかったのですね?」

 ナアターリアは僅かに唇の端を吊り上げ微笑を浮かべた。

「褒めて上げないとなりませんね」

 独り言の様にナタアーリアが呟く。

 

 レイグは別室の居間から開けられたままのシオンとアイナに目をやった。

 ナアターリアも悲しみにくれる我が娘の様子を心配そうに見ていた。

 魔術師と共に消えた我が息子の事も気に掛かるだろうに取り乱さないだけでも、なんと気丈な事だろうか。


 皆の視線が集まる中、アイナが腰掛けていた椅子から立ち上がり居間の方へとやって来た。


「レイグさん? 頼みたい事があるですぅ。シオンをギルドにつれて帰りたいのですぅ」


「何をばかな! 今のシオンをギルドまで移動するなんて無茶だ」

 レイグはアイナの突拍子のない言葉に冷静な答えを示した。

「シオンは傷が完治すするまでここで待機。治療に専念させる。宜しいですか? ナタアーリア殿」


「ええ、わたくしは一向に構いません。シオンさんは我が子も同然と思っております。この家は彼の家、ログは彼の故郷ですから」


「シオンはログの生まれだったのかい?」

 何も知らないコバカムが尋ねた。


「いいえ違います。シオンさんには記憶がございません。あの子達が、一年程前に重症の彼を連れ帰ったその時からここは、彼の故郷になったのですよ。彼には帰る事の出来ない故郷があるでしょう。しかし、帰る事の出来る故郷は必要です。わたくし達は痛い程、その事を知っておりますから」

 ナタアーリアの言葉にレイグとコバカムは言葉を失った。


 ――亡国の姫君。


 シオンの治癒の間、ダルベスから聞いた。

 ただ、内密にとの申し出が付け加えられてはいるが……。

 

 ダルベスは老いる自分を懸念しナタアーリアとアイナ……そしてランスを頼むと、こっそり教えてくれたのだった。


 余程、姫君とその御子息が心配なのだろう。

 特にアイナは自分達の眼が届く所にはいないのだ。


「ギルドに……戻るですぅ」

 シオンの傍らで、ぽつりと呟くようにアイナが言った。


 レイグは暫く考え言葉を発した。

「良いだろう。シオンの待機を取り止め、直ぐにギルドに連れて帰える。ギルドは今、聖誕祭の真っ最中で騒がしい。酒場を手伝わされている。腕の立つガーディアンがギルドに集まっているからな。治癒の得意な者達も大勢、集まっているかも知れない」

 レイグが一度言葉を切った。

「一つだけ聞きたい。何故、騒がしいギルドにわざわざ帰る必要があるんだ。ここなら君とナタアーリア殿の治癒魔法でシオンも安静に傷を治せるというのに、何か訳でもあるのか」


「聖誕祭ですぅ」

 アイナは短く答えた。


「聖誕祭がどうかしたのか?」


「鈍いなぁーレイグさんは」

 コバカムが、にやりと笑みを浮かべた。

「ルミナリスの神樹だろ? その実を手にした者は願いを叶えられる……、しかし、あれは採る事を禁じられている」

 コバカムの言葉にアイナは、ぴくりと僅かに反応を見せた。


「……」


「……しかし、その実が自然に落ちた時、その実を拾う事は出来る。まず落ちはしないって話だど……」


「それでも」


「解せないな。そんな物に頼らなくてもシオンの回復力なら必要ないだろ?」


「シオンは……連日大怪我を負ってますですぅ。それに何だか、傷の治りが良くない様に思えるのですぅ……。魔法で治療中、効き目がおかしかったのですぅ。もしかしたら、あのインチキ魔術師が何らかの結界をシオンに施して行ったのかもしれんのですぅ……、思いたくはないのですぅが……或いはランスが……」

 アイナは、そう言い終わると力なく肩を下ろした。


 その姿と落胆ぶりは悲壮感を漂わせている。


「分かった。俺もコバカムも次空間魔法を扱えない。移動は俺のグリフォンかコバカムのペガサスになるがいいのか?」


「はいですぅ」


「そうか! 君はペガサスに異様なまでに憧れていたね? 僕のペガサスに乗りたいのかい? 由! いいだろう乗せて上げよう」


「五月蠅い! 眼鏡猿!」


「なっ! 君! 何と言う失敬な事を眼鏡はいい僕のステータスだから、その後の猿は何のつもりなんだい?」


「しらんですぅ!」


「まあいい。その辺にしておけ、コバカム。直にシオンを搬送する準備に掛かろう」


「ありがとですぅ! レイグさん」

 アイナは、俯き悲壮感一杯の声で言った。


 が……。

 

 腰の辺りで軽く拳を握り後ろに軽く引いた。

 形の良い小ぶりな薄く桃色かかった唇を横に引き伸ばし僅かに唇の端を開いた。



 聖誕際に賑わうギルドの酒場の二階。

 依頼の報告をモルドールが机に肘をつき険しい表情を浮かべて聞いている。

 レイグとコバカムに緊張が奔った。

 何時もは飄々としやわらかく蛇の様に身体をくねらせているモルドールが身体を強張らせている。

 もう長い間、見せた事のないモルドールの真剣な顔付と今では滅多に見る事が出来ない騎士だった頃の風格を浮き彫りにしている。


「依頼の報告はわたし自ら王宮と評議会に赴き伝える。今の我等には荷が重過ぎる問題だ。で、シオンくんの容態は?」


「自室で眠ってます。幸い薬壊士(やくかいし=あらゆる毒薬、解毒薬の調合に長けた者)がいてくれ解毒に成功しました。」

 レイグは言葉と共に腰を折り深く頭を下げる。

 コバカムも合わせ頭を下げた。


「そう? それは構わない。仲間だもの」

 モルドールもシオンの無事を聞いてか何時もの口調が交じり出している。


 モルドールの視線が、ふと窓の外に向けられた。

「怪しい雲行きになってきたわね。ラナ・ラウルも世界も今夜から聖誕際だと言うのに……、外の分厚い雲の様に……降るわね」


「雪ですか? それとも」

 レイグが鋭い眼光を放ち問うた。


「ふぅー、雪よ。近いのはね」

 モルドールが呟く様に答えた。

「シオンくんとアイナちゃんのお部屋に暖炉の薪を足して上げてね」


「分かりました。と言う事だコバカム! 聞いてたな?」


「えっ! 聞いてましたけど……薪を運び僕がやるのかい?」


「他に誰がいるんだ? 隣人だろう? それに彼女の部屋になる筈だった部屋に住まわせて貰っているだろ。感謝の気持ちを返す絶好の機会じゃないか」


「飛んだ言い掛かりだ……でも仕方ないね」

 コバカムがやれやれと肩を竦め部屋を出て行った。


「降りますか? やっぱり」


「降るわね。血の雨が……、そう遠くない未来に」


「何時の時代も嫌なものですね。血の雨が降る中を駆け抜ける事は」


「そうね。己の信じる大儀、正義の為、忠誠、誇り、名誉。己の信じた道が罪無き人の血で染まる」


「カストロス攻城戦、カストロス軍撤退戦ですか?」


「覚えてる? 国民を率いて撤退戦を繰り広げたカストロス騎士団との戦い」


「ええ、覚えてます。まだ十歳の駆け出し騎士でしたが……」


「僅か十歳で騎士の称号を得た炎の神童レイグ。懐かしいわね」


「カストロスの姫君とお会いしました。昨夜」


「そう生きておられたのね。撤退戦を率いたのはカストロスの王子だったわね? その妹ぎみは撤退戦終盤、アカデメイアの森に迷い込み生死が分からぬままになっていた姫君が彼女の母上だったとは……数奇な巡り合わせね」


「まったくです。我々は――」


「成し遂げなくてはならない、わね」

 モルドールの表情は武人の顔をしていた。


「ですね」


 レイグの言葉が短く終わると同時に扉が勢い良く開かれた。


「大変ですよ。マスター! シオンは兎も角。アイナちゃんの姿が見当たりません」

 慌てて報告を入れる。


「まぁ、落ち着け! 逆だろ? アイナちゃんは動けるんだ。何かの用でもあって部屋にいないんじゃないのか?」


「ギルド内と周辺のも見当たらなかったんだ」


「シオンは?」


「あっ! 寝てた様なぁ?」


 間を置かずアイナ探しに協力していた者が、部屋に転がり込む様に慌てふためき飛びこんで来た。

「大変ですマスター!シオンの姿がありません。一度、シオンの部屋にアイナちゃんが戻ってないか確認しに行ったら、二人共いませんでした」


「なんだと! あの馬鹿! 何処をふらついてやがる」

 レイグの苛立った声がギルドの二階に響き渡った。


 To Be Continued

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