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~ 混沌への前奏曲 ~ 第十六話

 ◆GATEー16 悲しみの渦


 ランスは、アイナに近付くとアイナの指に納まっている、赤い宝石のあしらわれた指輪をそっと抜きとった。


「その指は! それはシオンの……シオンが買ってくれた指輪ですぅ! アイナとお揃いの指輪……」

 アイナは、灯が消え掛かる様に言葉を失った。


 扉の外から声変わりを、まだ終えていない男の声が聞こえる。

「まだ時は満ちていないですよ。そう焦らず先ずは貴方の示す世界を見せて上げればいいのです」

「そうだね。アイナ、指輪は預かって行くね。僕の理想郷が出来たら迎えに来るよ」


「ランス!」

 悲しみの声でランスの名を呼ぶアイナの前にシオンが立ちはだかる。

「後ろの奴は? 何を吹き込まれたか知らねぇがアイナの事を護りたいだ? お前は何時もそうしていたんだろ? 違うのか?」


「双子の弟としてね」


「不満か? アイナはお前が守りたい姉だろ?」


「男と女だよ」


 ランスの後ろ扉の向こうに隙間から見える暗闇の月明かりの中、幼い声が語り掛ける。


「ランス様のお力は、この世の人々全ての悲しみを拭い去るんですよ。守りたい。愛する姉の一番願う事を成し遂げる力をお持ちなんだ。秘宝の指輪も完全覚醒には、まだ時間が掛かる事だし……それにどちらの指輪もランス様本来のお力を引き出すものではないけれど、どの指輪を用いてもその力を発揮する事の出来る人間……は光と闇。その狭間に生まれたお二人だけ――」

 暗闇に潜む魔術師の言葉が終わる前にアイナとシオン二人の後方から氷の槍が通り過ぎ、ランスの脇を抜けて飛び抜け暗闇に消えた。


「お黙りなさい! 異国の魔術師殿」

 ナアターリアの強い想いと口調で放たれた言葉と魔法。

 伏していたテーブルから立ち上がったナタアーリアが暗闇を睨んでいた。


「危ないですよ。母上殿」

 暗闇に紛れた魔術師が含み笑いの混じる口ぶりで言った。


「貴方が何を何処まで知っているのかわたくしには分かりません。……ですが、その先は言わせません。決して」

 あのやさしいナタアーリアの強い口調にシオンは驚き身体を強張らせた。

 

 アイナもシオンの肩を鷲掴みに驚いている事が方に込められた様子で伺える。


「二人はわたくしの大切な娘と息子。それ以上でもそれ以下でもございません。二人をそのままにどうかお帰りを……異国の魔術師殿。さもないとわたくしも戦わねばなりません。その子達の父親に約束しておりますから……わたくしが愛しわたくしを愛してくれた、あのお方と」


「ランス様の母上殿と闘う等できませんよ」

 魔術師は笑う。


「なら、俺が相手をしてやる! 俺となら戦えるだろ? 魔術師!」

 シオンの怒声にランスが、するりと一歩前に歩み出した。


「シオン……君の相手は僕がするよ。力試しもしたいんだ【指輪】のね」


「ランス! 何を言ってやがるですぅ! シオンはランスを助けようとしてるですぅよ! 二人が喧嘩する所なんで見たくねぇーですぅ」

 アイナの心からの叫びにも似た願いを秘めた言葉。


「指輪の力だと!」

 目を細め、疑わしい視線をシオンが向ける。


「ランス様。まだ無理はなさらない方が賢明だと思いますよ? あなたは僕とは違う。じっくり力に馴染んで行っても、そう遠くない内にランス様の理想郷の端くれ位は創造出来ますよ」


 魔術師の諭す声にシオンが反応する。

「見つけたぜぇ! 魔術師」


 シオンの身体がゆらりと揺れた。

「ランス! 待っていろ直に開放してやる! 魔術だか何だか知らねぇーがようは理論魔法の基盤になった術式だろ? なあ、魔術師」


 シオンは、持前の瞬発力で弾かれた様にランスの脇を擦り抜け飛び出す。


「させないよ。シオン」


 ランスの指に嵌められた二組の指輪が、今目覚めたかの様に自ら光り輝いた。


「がはぁっ……」


 扉の外。

 シオンの呻き声がアイナの耳に届く。

「シオン!」


 アイナは、暗闇の中にシオンの姿を探す。

 しかし、闇が邪魔をしてシオンに何が起こったのか、姿すら見えない。

「シオン!」

「シオンさん」

「「シオン殿」」


「ランス! シオンにいったい何をしたですぅー!」


 思わずアイナは、ランスを睨みつけ怒りを露わにシオンの下に駆け付けようとした。

 

「来るなぁっ!」

 暗闇の中にシオンの声がアイナを制した。


「シオン!」

 

「離れろ! アイナ、ナタアーリアさん。みんな離れろ! ランスから!」

 暗闇に飲み込まれたシオンの警告の声が暖炉の炎と淡いランプの灯る家の中に響いた。


 ランスの指輪が自ら輝きを増して行く。

 ランプの光を受けてではない。

 ましてや暖炉の明かりを反射している訳でもない。

 自らが光に持ちて行く。


 ――ランスの魔力に反応しているのかも知れない。


 その光は、あたたくもあり、不気味にも思える。


「ランス様、そのお力は、まだ……」

 暗闇に紛れた魔術師の声だけが冷たさを覚える暗闇の中に反響している。


 シオンは、滴る赤い液体を抑える様に二の腕を抑えて扉の前に立つ、ランスの向こうにいるアイナ達に警戒を緩めない様に促した。


「魔法じゃねぇ……何をしたランス!」


「奇跡の力だよ。シオン」


「ランス様、そろそろ目的を」

 魔術師の声だけが響く。


「さあ、アイナ行こう。姉ぇさんが望む理想郷を僕達と作ろう」


「ランス……あなた……は何も解ってないですぅ」


「解ってるよ。姉ぇさんの優しさ、願い。全て知ってる」


「それが……理想郷にはあるのですぅ? きっと、そこにアイナの望む世界はないですぅよ」


「ランス様」


 暗闇の中、羽音が近付いて来ている。


「ガーゴイル!」

 シオンの聞き覚えのある羽音。


「さあ、行こう」

 ランスがアイナの手を掴む。


「いやーでーすぅ! アイナは、今のままでいいですぅ! 理想郷なんて想像もつかんですぅー!」

 アイナは、ランスの手を振り払った。


「ランス! お前も行かさねぇよ」


「それは、僕らが困る」

 魔術師の声と共に無数の触手がシオンを襲う。


 シオンは、腰の剣を抜き払い触手を薙ぎ払った。


「なかなか早いですね。ランス様が仰った通りだ」

 無邪気な笑い声の交る声で魔術師が薄い笑みを浮かべる。


「魔術師! お前の隠れている場所は、今の攻撃で知れた。そろそろ姿を現せよ? 何時まで隠れてるつもりだ」

 シオンは、一度言葉を切って唇を噛んだ。


 廃村では、魔術師、ガーゴイルに捕えられたと思っていたランスの身の安全を鑑み思う様にやられた悔しさがシオンの脳裏を支配する。


(なんだ? 今のは? 新手の魔物を召喚したのか……魔術師)


「出て来い! チキン野郎! アイナは連れて行かせない。無論ランスもなー!」


「あはぁはぁはぁ……、その程度の実力では、僕のフィールドで、いや、違っても勝てはしないよ。ガーディアン」

 闇の向こう魔術師の声は至る所から聞こえる。

 魔術が仕掛けられ魔法陣を利用して本体の位置を把握させない様にしているのか。


「たくっ……仕方ねぇ」

 シオンは、不意にランスの方に駆け寄り剣を向けた。


「シオン!」


「ランス様!」


 シオンの行動に慌てたのは、アイナとランスだけではなかった。

 闇を裂き、無数の触手がシオンに襲い掛かる。


「見つけたぜぇー!」

 シオンは、触手の伸びる方向に踵を返し急激に方向転換し鋭い突き放った。

 剣に確かな手応えを感じる。

 切っ先から伝わった肉に剣が喰い込んで行く抵抗がシオンにそれを教えてくれる。


「シオン!」

 アイナが叫んぶ。


「一撃? でやったのかい? シオン。……おい! 魔術師大丈夫かい?」

 

「捕まえたぜぇ? 手応え有り――、……がはぁ……何だと……」

 シオンの一撃に見えた剣は、数回の突きを放っていた

 しかし、切っ先が捉え突き刺したのは、一匹のガーゴイル。

 ガーゴイルは、断末魔を上げる暇もなく捉えられた急所が致命傷となり絶命している。


 ――シオンが手応えを感じた瞬間。


 別の方向から飛んできた触手に身体を突き抜かれた。


 シオンの食い縛られた口元から喀血が溢れる。


「だから言ったじゃない。僕には勝てないってさ」

 魔術師が、漏れ出した扉の明かりの下に魔術師の黒いローブが揺らめき立っている。


「シオンー!」

 アイナは、自分がターゲットであるという現状等忘れシオンの倒れている下へ駆け出した。

 ランスとすれ違う際、手を掴もうとした弟を一瞥し姉弟が交差する。

 アイナのオッドアイの瞳が潤みながらも強い眼光を放ってランスの動きを封じた。


「ランス様。貴方の姉上は僕が確保します」

 魔術師の薄い笑みが、ローブの外套の下で淡い光のあたる中、はっきりと見える。

 淡い光が顔の凹凸に出来る影の形が変わり微笑みを彫り物の様に浮かび上がらせたのだ。


 魔術師が右手をアイナに向け、触手を出そうとしている。

 

「させてなるものか!」

「させないよ」

 べリルとスクナ・メラは、シオンを倒した事で気を緩めた魔術師の隙を突き、攻撃態勢を整え、期を伺っていた様だ。


 流石は元誉れ高き、カストロスの聖騎士団(白き十字の騎士団)の生き残りと言うべきか。

 戦闘となれば、一時たりとも切らさない洞察力と冷静さを失わない強い意志。


「動くな魔術師。動けばこの刃がお前の首を跳ね、胴体とおさらばだ」

 べリルの剣が魔術師の首筋を捉えていた。


「まだ子供? しかし、我らが姫の御子息に手を出した事、捨て置く訳にはいかない」

 魔術師の背丈から子供と推測したスクナ・メラは、眉を顰めたが決して気を抜く事なく短剣を心臓の辺りに突き立てている。


「やれやれ、解ってないね? ここは僕のフィールドだと言った筈、僕には――」


「残念だが、そう上手くは行かんもんだな、若僧。お前の魔法陣幾つか乱させて貰った。即席の陣ではあった。が、まだまだ荒い。シオン様を撹乱しながら描いた様だのぅ。雑な陣であったわ」

 暖炉の前にある揺り椅子は、座する主が居ないまま揺れている。

 ダルベスもまた、隙を窺い気を見ていた様だ。


「させません」

 ナタアーリアがタクトを構え、魔法の詠唱を行える準備を整えた。


「ランス様。今夜は引きあげましょう。貴方の理想郷の一部が完成した時、また姉上をお迎えにまいりましようか」


「……そうしよう」

 

 ランスの言葉を聞いた魔術師はの身体が陽炎の様に揺らぎ姿を消した。

 ランスの姿も同様に揺らぎ出す。


「なっ!」

「馬鹿な! 幻術の魔法だっただと」

 べリルとスクナ・メラは、信じられないと言った様な顔をした。


「じゃあね。アイナ……また迎えに来るよ。理想郷の一部が完成したらね」


「ランス……」


 アイナの瞳は、揺らいで消えて行く弟の姿を見ていた。


 か細い腕の中に血塗れのシオンを抱き上げたまま。


 To Be Continued

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