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~ 混沌への前奏曲 ~ 第十五話

 ◆GATEー15 それぞれの願い


 ブロードの長い髪に深く澄んだ深緑の瞳の女性は、木のテーブルに肘をつき頭を抱え顔を伏している。

 澄んだ深緑の瞳からは、静かに流れ落ちる雫が零れ落ちテーブルの上に出来た水溜りを広げて行く。

 その傍らにいた二十代後半の女性が、そっと寄り添いナタアーリアの肩を抱き寄せた。


 暖炉の前では揺り椅子に腰掛けた老人が、天井を仰ぎ見てゆっくりと椅子を揺らし時折、頭をうな垂れた。

 腰に剣を帯びた身体の大きな三十代半ばの男は壁にもたれ掛り、腕を組んだまま目を閉じ動かない。

 時折、頭に手をやり落ち着かない様子を見せ、押さえている苛立ちを露わにしている。


「すいません……俺が傍にいながら易々と連れ去られるなんて……なんて言えば、謝ればいいのか」

 シオンは、深々と腰を折りナタアーリアに頭を下げた。


 沈黙の時が流れる。


 シオンには、重く感じる時間だった。


 暫しの沈黙が続いている中、勢い良く玄関の扉が開かれた。


「母様! ランスとシオンは、無事でいやがるですぅか! ……母様? どうしたですぅ?」

 家に飛び込むなり視界に入ったテーブルに伏した母の姿が映り込む。


「アイナ……ランスが何者かにさらわれた」


「へぇ! ランスが?」

 アイナは、予想だにしていなかった母の言葉に呆けていた。


「ごめん! アイナ……俺がいながらランスをさらわれちまった情けねぇよ……ほんとにごめん」

 シオンはアイナに頭を下げる。


 シオンの銀髪が揺れた様がアイナのオッドアイの瞳に映る。


「シオン?」


 シオンの銀髪がゆっくり持ち上がり淡いブルーのに瞳が、アイナのオッドアイの瞳と交差する。


「シオン! 無事でよかったですぅ!」

 アイナが、シオンに飛びつき抱き締める。


「……ごめん」


「おばかぁ! なに謝ってばかりいやがあるですぅ! ランスが浚らわれたのはアイナのせいなのですぅ! アイナがランスに泣き言を言ったからよわっちいぃ癖に母様とシオンを護ると言ってマスターの言う事も聞かず無理を言って……」


「それでも俺はガーディアンだ。そうでない人間を依頼に巻き込み、そして護れなかったのは事実なんだ」

 シオンは、顔をアイナから逸らし悔しそうに唇を噛み締めた。


「ランスもアイナもシオンに頼って心の何処かで安心してたですぅ……今回の以来先が母様のいるログと分かった時、そりゃぁー心配で心配で……シオンが向かってくれたから大丈夫だと心の何処かで安心して、怪我を押して回復もまだのままで連戦になるかも知れないのに」

 アイナの瞳から零れ落ちる涙の感覚は次第に短くなり、やがて繋がる程流れ落ちだした。

「その事を後悔していたアイナの言った言葉のせいでランスは、母様の下に向かったのですぅ! 母様は僕が護るからと言って……ログにむかったのですぅ……責任の所在が誰かにあるならそれは、アイナにですぅよ」

 アイナの翡翠色の瞳と真紅の瞳が浮き上がり、眦から頬を伝い床へと零れ落ちた。


「ええ、アイナの言う通りシオンさんが気に病む事はございません」

 机に伏していたままナタアーリアは、気に病むシオンに声を掛けた。



 暫しの沈黙が続く。


 最初に重い空気を裂いたのは、大柄の戦士風情のべリルだった。


「ランス様を浚った、その輩は何か要求でもしたのか? 一体何者なんだ! シオン殿」

 べリルの言葉でシオンは、魔術師とランスの言っていた言葉を思い出す。


「恐らくカリュドスか他の異国の魔術師だと思う。西の文字がローブの紋章に縫い込まれていた」


「なんだと! それは真か! きゃつらめー! 十数年経っても、まだ姫君とその御子息を狙うのか! 根絶やしを完遂するつもりなのか!」

 荒ぶる咆哮を上げべリルが、家の柱を勢い良く叩き悔しさを露わにした。


「べリル……お止めなさい」

 ナタアーリアが、顔を伏せたままか細い声でべリルを窘める。


 テーブルに伏していたナタアーリアにスクナ・メラが自分の羽織っているマントでナタアーリアの頭上を覆った。


「しかし! 姫様! ランス様をさらった輩がカリュドスの手の者と聞いて、このカストロスの誇り高き聖騎士団。染まらぬ白の騎士団(ブランシュ・ネージュ)の生き残りこのべリル黙ってはおれません!」


「べリル? 埃が」

 ナタアーリアの細い声と共に天上を一同が見上げる。


 屋根の母屋に長年蓄積されていたと思われる暖炉の炎で煤けた誇りと灰色の埃が舞い降りた。


「べリル? 例えランスを連れ去った賊がカリュドスでも他の国の手先であってもこちらからは、どうする事もできません……今は」

 寂しそうに、そして悔しそうにナタアーリアが苦笑を浮かべた。

 頬に線を描いた涙の跡が本心の言葉を代弁していた。


「姫!」


「我らは、クラウス公爵はカストロス王国在りし時、大使として赴任していた折、我が父(王)に好くして貰ったと仰って、その恩義でラナ・ラウルにわたくしとアイナ。それにランスの身を匿って下さり、貴方達にも近日市民権まで与えて下さいました。我は今やラナ・ラウルの一市民ですが、元カストロス王国の王族。もし我らが行動を起こし他国の情勢に介入すればどうなるとべリル? お判りになるでしょ?」


「クラウス公爵に御迷惑が掛かるどころか、悪くすれば国際問題に成り兼ねない」

 べリルが冷静を取り戻した声色で静かに言い俯いた。 


「そう言えば、何か言っていた……魔術師はこう言っていた『それは出来ない。彼は力を欲している。姉を護る為の力をね。だから一緒に来て貰う事になった』その後にランスが『シオン……ごめん』って」


「シオン! それは本当ですぅか? ランスがアイナを護る力を欲している……とそう言ったのですぅか」

 アイナは、嗚咽を抑えながら瞳から零れ落ちる水滴を両手で乱暴に拭き取った。


「ああ、本当だ。ランスが謝っていた真意は、定かじゃないがあの野郎と行くと言う事だろう?」


「うそ! ランスは、シオンにまた面倒を掛ける事になったからあやまったのですぅ! でなければインチキ魔術師に、何かおかしな事を吹き込まれたにちがいねぇーですぅ……」

 やさしいランスを思ってかアイナがシオンに喰って掛かる。


「だから! 定かじゃないと言ったろ? しかし、お前とオースティンで買った指輪がどうとかで、持っていかれた」


 その言葉を聞き、暖炉の前で揺り椅子にもたれ天井を仰いでいた老人が口を開いた。

「おお! 何たる事だ。あの石は依然、シオン様にお話した様に王家の悲報でございます」


「あれは錬金物で秘宝と呼べる物じゃない筈だったぜ」


 暖炉の前でダルベスは嘆いた。

「あれは二十程年前、我が国に不可侵の約を破り当時カリュドス王国が攻め入って来た際に、王家の秘宝を錬金物の内に秘め、大量のレプリカ錬金物に混ぜ世に流したのです。あれをカリュドスに渡す訳には参りませんでしたからな秘宝は秘法でもありました故」


「木を隠すなら森へ人を隠すなら人混みへ、宝石を隠すなら流通の多い錬金物にと言う訳です。

無数に存在する錬金物の宝石に紛らせて行方を眩ませたのです。王家の秘宝に纏わる古の言い伝えを信じて、二組の指輪はどんなに離れていても、時来れば必ず揃う大地の意思は王子の下に戻ったのでしょう」


 その言葉を最後に再び、沈黙の闇が室内を支配していった。


 時折、暖炉にくべられた薪が弾く音だけが聞こえる。外の様子も風が出ていないのか静かで物音一つ聞こえない。


 シオンは、抱きしめていたアイナから離れナタアーリアと亡国の騎士に頭を深々と下げた。

 

 ――俺は逃げるのか? 俺は逃げ出したいんだ。


 ランスを成す術無くカリュドスの魔術師に連れ去られた苦い思いがシオンの胸を締め付ける。


 静けさは突如破られる。


 静かだった外の様子が一変し風はまるで口笛を吹いているかの様に音を立て強く吹き出し木々が揺れ常緑の葉を強く揺らすざわめきに交り、納屋の扉が煽らればたつく物音が聞こえだす。


 突然、家の扉が静かに開き家の中へ風が吹き込む。急激に狭い扉を吹き抜けた押し固められた風は、悲しみに暮れるナタアーリアの美しい金色の髪を乱しアイナが着用している若草色のワンピースの裾を大きく持ち上げた。


 その中に小さな白い三角の布地が一瞬、シオンの目に映る。

 思わず鼻の下を伸ばしてしまったシオンにアイナの痛い視線が突き刺さる。


「シオン!」


 悪戯な風を運びこんでくる開いたままの扉を閉め様とアイナが振り向き身体を凍らせて@た様に身じろぎもしない。

 アイナの口からは、にわかには信じられない言葉が零れ出した。


「ランス……」


 テーブルに伏していたナタアーリアも暖炉の前で椅子を揺らしていたダルベス、べリル、スクナ・メラが、その名前に驚き飛びの方に振り返る。


 ――そして、シオンも。


「迎えに来たよ。ねぇさん……アイナは僕が守るよ。アイナの望む世界を僕が創りだす」

 何時ものランスとは違う、何処か自身に満ちた声。

 気が良く謙虚だったランスとは、何処か違っている。


「ランス」

 アイナは、濡れた瞳をランスに向け飛びついた。


「ねぇさん……アイナは、僕が守って見せる。アイナを守るのは、シオンじゃない。この僕だ」


「ランス? いったいどうしたですぅ?」

 アイナは、ランスの言葉に不思議そうに尋ねた。


「僕はアイナが好きだ。愛してる」


「ランス? アイナもランスが大好きですぅよ? それに母様もランスを愛してますぅ」

 突然のランスの言葉にアイナの動揺は隠せない。


 ――ランスは双子の弟。


 勿論、大好きであるが、異性として意識した事等なかった。

 何時の日から……ランスは自分を異性として見ていたのだろう。

 

 アイナは動揺を隠せないまま、言葉を紡ぐ。

「ラ、ランス? アイナとランスは……そのぅーでぅね? あのうぅねぇ? アイナとランスは双子の姉弟ですぅー! そりゃアイナはランスが大好き――」


 アイナが続け様とする言葉を遮る様にランスが言葉を放つ。

「僕も守りたいんだ! 姉さんを……アイナを! 大好きだから愛してる事に気づいたから!」


「ランス……」


「シオンと出逢って短い間だったけど一緒に過ごしてゴーレムと戦った後、僕は思ったシオンは強い。僕には到底敵わない程、アイナを守れる力を持っていて見守ろうと、シオンに託そうと思ったけど、でも屋敷で毎晩泣いているアイナを見てシオンの事を心配して苦しむアイナを見て思ったんだ!」


「な、なにを?」


「アイナを守っているのは……この僕なんだ! 魔法を精霊魔法を扱える僕にはアイナを守る力がある。あの魔術師が言ってたんだ!」

『秘宝を集めよ。君の形の秘宝を或いは全てを集め君の望む世界を作ればいい。王家とアカデメイアの民の血を引く君なら出来る。先ずは君の故郷の秘宝を手に入れ君の力に』

 ランスの右手の薬指にはシオンから奪った緑色の宝石ののる指輪が、揺れるランプの明かりの中で力強く鈍い輝きを放っていた。


 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もおたのしみに!

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