〜 混沌への前奏曲 〜 第十話
◆GATE10 思惑
艦内通路のオレンジ色の明かりが、やさしいくシオンを包む。
記憶は戻したい……しかし、いきなり飛び出した。とんでも話に軽くパニックになる。
(俺は、人から生まれたのではなく……創り出された人間だと……そりゃどう言う事だよ)
「冗談じゃねぇー! そんな事……あってたまるか! 命って生まれ出もんだろがぁ!」
シオンは自分の上げた声で、ふと我に返った。
そのシオンの目の前に並ぶ円筒形の透明な医療ポッドが並んでいる。
「何なんだありゃ? 痛っ! 頭が……割れそう……だ」
頭の中にノイズの掛ったフィルター越しに見ている様なぼやけた記憶が駆け巡る。
「これは、医療用ポッドです」
何時の間にかシオンの傍に来ていた大きなリーシャが声が聞こえ、間を置かず小さなリーシャの声が聞こえた。
「だいじょぶぅ? ……シオン。……私は、だいじょぶだよ? だって、シオンがいつもリーシャの傍にいてくれるから……てへぇ」
シオンは、痛む頭を持ち上げ、顔の近くまでか弱そうな羽根を細かいピッチでバタつかせ飛んできた小さなリーシャを見た。
「リーシャ……お前」
小さなリーシャの幼い顔が無邪気に微笑みを浮かべている。
「SION。貴方の身体に欠損箇所が存在しています。修復致しますか?」
大きなリーシャの声がシオンに声を掛ける。
「あんた……どうしてその事を! 俺の怪我の事を知っている」
傭兵ギルドタイタンノーズからアイナを奪還する際に、ハーフエルフのギリアムと一戦交えた時に水龍の槍の刃を受けた脇腹の痛みが、今更ながらシオンの身に蘇る。
「SION。貴方をスキャンしました。NOAに到着した際にですが、貴方なら自己回復でその位の傷ならば、三・四日で癒えると判断し言わずにいましたが、メデェカルルームに来たのなら修復されてはいかがですか? 時間的には数時間掛かりますが、自然治癒より早く万全の状態に身体を戻せます」
「記憶には触るな! いいな?」
「承知致しました。身体のケアだけを行います」
シオンが衣服を脱ぎポッドにの前に立つと透明な筒が上に持ち上がり底部の土台が残っていた。土台の上に乗ると再び透明な筒に覆われると土台の一部が開き液体が流れ込んで来る。
「ちょい待ち! 殺す気か!」
シオンは慌てて問う。
このまま液体が筒内を満たせば溺れるのは必死だ。
「大丈夫です。溺れる事はありません。医療溶液が肺を満たせば直接血液が酸素を取り込んでくれます」
「ああ、そうかい……って! 言われてすんなり信じられるかよ! そんな事!」
「大丈夫です。呼吸に支障ありません。やはり、記憶を戻しておきますか?」
既に肺一杯に息を溜めて答えられない。
やがて、筒内は液体に満たされシオンの息止め記録挑戦が始まる事になる。
呼吸に支障はないと言われても本能が俄に信じ難いと訴える。身体で覚えている事を本能が拒否する。
意識が薄れてゆくのを感じ「ゴボッ…」と大きく息を吐いた。
(アイナ……俺こんな何だか分からない所で……死ぬのかな? あれ? 何であいつの事を何時も真っ先に想い浮かぶんだ……やっぱり……俺……あいつの事……)
シオンの脳裏に走馬灯の様にアイナの顔が浮かぶ。
「何故、こんな事になってんだよ。疲労とダメージの回復じゃないのか? 拷問だ! 拷問」
「お加減はいかがですか?」
シオンは思わず声に出して怒鳴った。
「どうもこうもあるかぁ! ……あれ? 普通に喋れる、呼吸もできてる」
苦しいどころか心地良い感覚が全身を包み込んでいるのを感じる。
まるで母の胎内にいる様な感覚と母に抱かれている様な優しくあったかく抱かれる様な感覚。
その母の腕に抱かれる様な感覚の中でシオンの目蓋は戸張を降ろし眠りの世界に導かれて行った。
「何処まで進んでる? 術式の解除」
コバカムが尋ねた。
「今、術式を解読している途中だ」
「トラップ術式がある以上慎重に成らざるを得ないからね。ところでシオンは?」
「別の件を片付けている。まだ戻ってない」
「計算ミスだ」
コバカムは額に手をやると嘆いた。
「計算ミス? 何の事だ」
「シオンも術式に長けているって聞いていたし二人なら一日掛からずに解除出来ると思ってね。引き受けたんだけど……それにレイグさんなら一層目の術式は解除してると思ってた。ここまで使えないとは計算ミスだったよ」
両手を広げコバカムが呆れ顔をした。
「失礼な奴だな。お前は! それに慎重にならなければと言ったのは、お前だ」
「そうだけどね。どう見ても一層目は普段人の目に術式が見つからない様にする為のカモフラージュだよ。トラップとの関連だけ調べれば簡単に解除出来るんだけど」
「そうなのか?俺は……術式が苦手なんだ」
「レイグさんとシオンは魔法行を使する際、タイプが違うからだよ。天才という言葉はレイグさんの方に当て嵌まるね。魔力が人並み以上で強力だし魔力の使い方が正確で無駄がないからちょっとした術式魔法なんか使わなくても大体は力ずくで解除しちゃうからね」
「魔力ならシオンの方が上だろう。俺やミルでもあいつの魔力は淵が見えないからな」
「だから、タイプが違うんですよ。シオンが居ない以上、僕がどれだけ頑張っても三日は掛かる」
「何故、シオン一人居るだけで二日以上の時間を短縮出来るんだ? 俺とお前では無理なのか」
不満げな顔でレイグが問う。
「シオンが術式をどれだけ出来るのか直接は知らないけど聞いた話が本当なら短縮出来るね。かなり、
それに……」
言い掛けコバカムは口を閉じた。
「それに何だ」
「怒れないでくれたまえよ」
「ああ、怒らないから言ってみな」
「レイグさんと僕の二人で解除に当れば余計に時間が掛かるだよ。それなら役割分担して僕一人が解除に当った方が早いんだよ」
「何だと。俺は足でまといと言いたいか。あぁぁあん?」
レイグが凄んで言った。
「怒らないって言ったじゃないか! レイグさんはこの術式を解除するのにどうする? それに時間はどれ位必要?」
「そうだな。この規模の大きな術式だと解除の術式を施すのに三時間てところだな。術式を解読するのに一時間、解除が完了するのに二時間から三時間てところだな。一層の術式を解除する為に六時間から七時間位は掛かる」
「なら、シオンがお前と同等に出来たとしても全ての解除が済むまでの時間は変わらないんじゃないか?」
「慎重を要するのに休憩や仮眠もとる事になるだろうし食事も摂る事になるだろうしレイグさんと一層毎に分担してもレイグさんが術式を施している間に僕が待つ事になるからね。その間に術式を僕は組み立てるし休めるけど、レイグさんは解除が終わるまで術式の解読は出来ても術式を施す作業に取り掛かれない。一人、三層、分担してもレイグさんが術式を施す三時間、単純計算で九時間のロスが出る。シオンは僕と同じで写式が出来るからロスは無い。つまり、レイグさんと僕が二人で解除すると僕一人での作業時間は変わらないか遅くなる訳だよ」
「なるほどな。では、お前の言う俺との役割分担は何だ?」
「今、言った事は殆ど休まずに立て続けで取り組んだ時の事、実際はそんな事無理だし通常、もっと時間をロスするからね。長けた者で三日は掛かる術式だよ。それに術式の解除作業中に何かが転送、あるいは召喚されるかも知れない。それの対処とサポートだよ」
「召喚? だけじゃないのか?」
「そう、考えておいた方が良いかと思う」
コバカムは真摯な口調でレイグに伝えた。
「お目覚めですか? SION」
シオンが目を覚ますとそこはベッドだった。
「ここは?」
はっきりと冴えない意識の中尋ねる。
「ここはNOA艦内の貴方に割り当てられた個室です。この部屋の物は全て貴方個人の私物です」
声だけが室内に声が響く。
大きなリーシャの姿は見当たらない。
自分の割り当てられたという部屋の中を見渡すと机に立てられた写真が目に入った。
見慣れない服装に身を包む自分と二人の男性と二人の女性の映る写真が立てられている。
その写真に手を伸ばそうとした時、大きなリーシャの声が部屋に響く。
「SION。至急ブリッジに来てください。あの子について説明したい事があります」
「リーシャの事か?」
「はい。そうです」
「分かった。直ぐに行く」
シオンの手は写真の手前で止まり部屋をでブリッジに向った。
記憶は無い。しかし、呼吸をする様にそれが当り前であるかのようにシオンは、ブリッジへと歩みを進めた。
ブリッジに入ると大きなリーシャが出迎えるが小さなリーシャの姿は見えない。
「リーシャは?」
シオンは辺りを見渡し尋ねた。
「彼女の事で貴方にお話があります」
「もしかして……何処か具合がわるいのか? リーシャの奴」
「彼女は、本来の力を得る事を選択しました。SION。貴方と共に在る為に」
「どういう意味だ! リーシャは何処だ!」
「これをご覧ください。KISINの本体です」
大きなリーシャが手元の何かを手早く十本の指を使い操作し先程まで黒い壁が一面に光を帯、何かの姿を映し出した。
「これがリーシャなのか?」
「これが彼女の本来の姿、本体です。機体等、彼女の入れ物に過ぎません。彼女を媒介とし相変態装甲を用い、液体CPU、各種ナノセンサー等で構成された戦闘用AMRS“鬼神”です」
鮮明ではないがシオンには何気に理解できるように思えた。
「この中にリーシャは生きている」
「そう言う事になります」
「それとシオンの細胞採取、数ヶ月の記憶の吸い出し分析をしたのですが、細胞比率に以前の貴方のものと九十八パーセントの一致と二パーセントが不一致が確認されました。その二パーセントの不一致は彼女のものです。現時点において貴方はKISINにリンク出来る最も近い存在となったと思われます」
「お、お前! 俺の身体に! リーシャに! 勝手に何してんだ!」
「言いましたが望んだのは彼女。それに貴方の生体維持、記憶の管理は私の仕事でもあります」
「記憶の管理? 俺の記憶?」
記憶に対する不安が戻り動揺した。
その事に気付いた大きなリーシャが言った。
「貴方の心拍、脳波共に乱れています。治療時に記憶の復元を試みましたが、それを拒否する反応が現れ復元できませんでした。貴方は自身の意思で記憶を取り戻す事に、ためらいを感じています。私達と違い人間の記憶は新しい情報が重なり古い記憶は次々と脳の奥へと蓄積され時間と共に薄れます。しかし、それは失われたものでは無いのです。例え、一部の記憶が欠落していたとしても時が経てば戻るでしょう」
(拒否……心の何処かで)
脳裏を過ぎるラナ・ラウルでの生活の記憶。
「聞いていいか?」
静かな声で尋ねた。
「どうぞ、貴方が自身の意思で望む問いなら答えます」
無表情のまま大きなリーシャは言う。
「俺はどんな人間だったんだ? あのリーシャはもう……」
シオンは戸惑いが残る中、重い口調で言葉を絞り出した。
To Be Continued
最後までお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!