プロローグ
プロローグ
朝日が反射し、窓が煌めく。ビルの合間から覗く緑がやわらかく揺れている。まだ早い時間、街路の人も疎らだ。遠くの首都高速道路に意識を移せば、まだ静かな空が背景に広がっている。この景色を最上階から臨むことができるのは、自分の特権なのだ。ーーーそう、この織田信華の。
ODAカンパニーと言えば、今や知らない者はいない組織であり、ブランドである。簡単に言えば、弱小アパレルから始まり、ここ10年間で物流全般、経済、金融に多大な影響力をもつようになった会社である。もちろん、それまでに並々ならぬ努力や人間関係の取捨選択、情報戦がそこにはあった。すべてを制して、この頂点に立ったのが織田信華である。彼女には、その美貌にも経営力にも自分自身に絶対的自信がある。数多の経験から、今日の自分を創りあげたのだ。
数回のノックの後、ドアが開いた。返事の前に開けるのは一人しかいない。
「おはようございます」
「早いわね」
「社長こそ」
軽く、しかし礼儀を欠かないように、明智光瑠は答えた。細身の身体に似合うタイトなスーツ。切り揃えられたダークブラウンの髪には一点の乱れもない。眼鏡から伸びるグラスコードだけが揺れていた。信華より干支一回りは年上なのに、見た目から年齢は感じられなかった。何より仕事ができる。信華には信頼に値する存在だった。
「長宗我部は、まだ渋っているの?」
「必ず説得してみせます」
「そう?」
信華は少し不満げに返事をしてみせた。それを読み取ると、光瑠は付け加えた。
「武力行使はもう少しお待ちください、斎藤に任せておりますので」
まぁ、これは時間の問題なのだ。長宗我部も全面戦争は避けたいであろうし、会社としては合併か吸収かの違いである。それよりも本命の仕事があった。
「あとは家奈ね」
家奈とは、三河の徳川家奈である。家奈の問題は、念のため片付けておきたい部類だが、それでも決して手は抜かない。やっと、長い年月をかけてODAカンパニーはここまで成長したのだ。一つの問題もおろそかにしてはならない。
「本能寺は押さえてあるわね」
光瑠は黙って頷いた。そして報告を終えると静かに退室した。
もうすぐ、この国が私のものになる。こうして確実に欲しいものを手に入れていく。そしてゆくゆくは…
信華は閉められたドアを見つめる。ふ、と美しい唇が弧を描いた。