第2章 海底の村 1
シェールは夢を見ていた。フェナリア号に乗る、少し前の事だ。
シェールは母に言われ、とある場所に赴いた。
そこで通された部屋はとても広く、豪華な装飾が施されている。
「うっわ~、こんなの初めて見る・・。」
シェールは壁や天井の装飾を見上げながら、その部屋の中央に向かった。
シェールが向かう先には祭壇があり、その台座の上、空中に直径1メートルほどの白銀の球体が浮いていた。「白銀」というより、シェールが最初に目に入った時にそう思っただけだったが、よく見るとその球体は、様々な色の筋がグラデーションのように光り、走っている。
「よく来たね・・・。」
球体の後ろから、白銀のローブを纏い、そのフードを頭からすっぽり、顔深くまで被りこんだ人が現れた。
「あなたは・・・?」
「この国の『巫女』殿だ。」
白銀のローブを纏った人物の後ろから、手に宝玉をあしらった杖を持った人物が現れた。
シェールはその人物を確認すると、すぐに片膝をついて頭を垂れた。
「フェルリタ王。」
40代半ばになったフェルリタ王は、体格もがっしりとし、落ち着いた雰囲気だが貫禄と風格がその佇まいから滲み出ていた。
「あぁ、よいよい。呼び出したのは『巫女』殿で、我はただの付き添いだ。畏まる必要はない。面を上げよ。」
フェルリタ王はそう言ってほほ笑んだ。
「やはり、母によく似ているのぉ。」
「王よ、今日の目的はそれではないだろう?」
『巫女』の一言で、王は苦笑した。そして、降参するように両手を上げながら、後方に退いた。
「さて・・・。」
『巫女』は一呼吸して、シェールに話しかけた。
「ここは『神託の間』と呼ばれていてな、ここにある宝玉は『先見の玉』と呼ばれておる。」
『巫女』はゆっくりと話し始めた。
この部屋は、『巫女』がこの宝玉から授かった神託を授ける場所だ。通常は王を筆頭に臣下の者達が集い、その中で『先見』として告げられているそうだ。
だが、今回は密かに行う必要があった。それは、シェールの存在を他に、特にアイルダシュに知られることなくフェナリア号に乗り込む必要があったからだった。
「船は、まぁ目的の場所に到達するまでに時間が掛かるだろうが、間違いなく『魔の海域』を通ることになろう。」
『巫女』は一度深く息を吐いた。目深に被ったフードのせいでその表情はハッキリと確認した訳ではないが、困り果てた顔をしているように伺えた。
「そこには何かあるのでしょうか?」
シェールは『巫女』に問いかけた。神託なので仕方ないのだが、出来れば厄介ごとは避けたいところだ。
「あぁ、神託自体は問題ないよ? そなたはそこで、ある人物に出会うだろう。」
「『人』・・。ですか?」
『巫女』は首を縦に振った。
(人魚じゃなくて、良かった・・・。)
シェールは少し胸を撫で下ろした。
魔の海域と言えば、『この海域を通った者は皆、人魚の餌となる』と言われている場所だ。
「あぁ、人魚じゃないけど、別の者には出会うだろうね。」
『巫女』はニヤリと笑った。まるで思考を読まれたようで、シェールは少し驚いた。
「べ、別の者? ですか?」
「あぁ、その者の試練を乗り越えられることが出来れば、出会えるであろう。多分・・・。」
何か意味ありげに、少しうつむき加減に『巫女』は言った。
「まぁ、あの場所に出るのは、本来『人魚』と呼ばれるものではないからのう。」
「『人魚』ではない? ですか?」
「会うてみればわかろう。」
『巫女』はそう言うと、王の後へと下がった。
「これよりそなたは、フェナリア号へと向かえ。これは、乗船証明書じゃ。」
シェールは少しうつむいて両手を差し出し、証明書を受け取った。
「気を付けて行くのじゃぞ。」
フェルリタ王は、優しく囁いた。
シェールは深く頭を下げ、スックと立ち上がって『神託の間』を出た。
「あれは無事に帰ってくるかのう・・・。」
フェルリタ王は呟いた。
「多分・・・。な。」
『巫女』はそう言って、王を見つめた。フェルリタ王は大きく溜め息をつき、奥の部屋へと入っていった。
母に言われ、直接任務に赴こうと準備万端に出てきたので、シェールはそのまま船着き場へと向かおうとした。
「う~ん、出港までまだ時間がありそうだ。」
王都中心付近にある時計塔の時間を確認すると、まだ時間に余裕があることがわかった。
「長旅になりそうだから、出発前に母上に報告がてら挨拶だけでもしておこう。」
そう言って、シェールは踵を返した。
(・・・・・・。)
(・・あれ? なんだか薄暗い・・。)
遠くに灯りは見えるが薄暗く、周りの景色がぼやけて見える。なんだか体も少し重い。
(そうだ、母上に報告しなくちゃ・・。)
少し体を横に向けると、人影が見える。
「は・はうえ・・・。」
(あれ?ハッキリ言ったつもりなのに、自分の声がか細い・・・。)
なんだかボーっとして、意識もハッキリしないなと感じていると、いきなり頭に衝撃が走った。
「だ~れが『は・はうえ・・・』だ! しっかりと目を覚まさんかぃ!!」
野太い男の声がした。
「いくらなんでも、やりすぎですよ?」
少し心配そうな女性の声が聞こえた。その後ろからは別の女性の笑い声が聞こえてくる。どうやら先ほどの頭にあった衝撃は、この男に殴られたようだった。
「だけどよ、こいつ、『は・はうえ』と俺を見間違えるか? 無いだろ? 普通は。」
「確かに。アハハ・・。」
後に居る女性の笑い声が部屋中に響いている。
頭を殴られたからか、意識が徐々にハッキリとしてき、ぼんやり見えていた視界もしっかりと確認出来るようになってきた。どうやら木造建ての部屋に寝かされているみたいだった。夜になっているのか薄暗い。
「こ・こは・・・?」
まだ重い瞼をなるべく開き、辺りを見渡した。
枕元には体格の良い、筋肉質な大柄な男が座っていた。その横には長いブロンドヘアの美しい少女が座っている。
「おぅ、少し意識は戻ったか?」
大柄な男が少し笑いながら言った。
「ご気分は如何ですか?」
ブロンドの少女が気遣ってくれた。その少し後では、シルバーヘアの少女がまだ笑いを堪えている。
シェールは体を起こそうとしたが、うまく力が入らず、床に突っ伏すような形で倒れ込んだ。
「お前、丸三日寝込んでたんだ。すぐに動くのは無理だ。」
大柄な男がシェールの体を抱え、背中を支えて座らせた。
「お・・れ、そんな・・に・・・。」
口が渇いているからか、言葉がうまく出ない。
「まずは、お水を飲まれた方が宜しいかと。」
ブロンドの少女が水の入ったコップを差し出した。少しスッキリとしたハーブの香りがする。
「回復薬を薄めてあります。少し体が楽になると思うので、お飲み下さい。」
「いくらのどが渇いていても、慌てて飲むとむせるから、ゆっくりとな。」
大柄の男が体を支えながら、ゆっくりと口に回復薬を運んでくれた。
少し苦みはあるが、体がスッキリとしてくる。
「あの・・、ここ・は・・? あなた方はいったい・・・。」
シェールの質問に、3人は顔を見合わせた。
「俺たちの事は後でじっくり話すから、お前は先に『あいつ』に会ってこい。」
「『あいつ』?」
「あぁ。お前を助け、ここに連れて来たのは『あいつ』だからな。先に会って話を聞いてこい。」
大柄な男はそう言って大きな背中をシェールに向けた。
「えっと・・・?」
シェールが戸惑っていると、男は振返りながらニヤリと笑った。
「お前、まだ体がふらつくだろ? 連れて行ってやるから、さっさとおんぶされろ。」
「いやいや、ちゃんと自分で歩いて行けます。」
シェールは全力で拒否した。体を起こそうとしたが、確かにまだふらつきはあった。そんなシェールの姿を見て、大柄な男はさらに言葉を続けた。
「おんぶが嫌なら、お姫さま抱っこでもいいぞ?」
「いえいえ、ちゃんと歩けますって!!」
自力で歩いて行こうとした。でも、立つ事も無理だと感じた。ふらつくシェールの体を、隣でブロンドヘアの少女が支えてくれたので何とか立つ事が出来はしたが、歩き出すための第一歩を踏み出すことが重かった。
その様子を見て、大柄の男が再びニヤリと笑う。
「お、お願いします・・。」
バツが悪そうな顔をしているシェールの頭を「ポン」と叩き、大柄な男は背中を向けて屈んだ。
次回、やっと主人公の登場です。