第1章 魔の海域 3
周りの皆やニヤついた4人組でさえも、不思議そうな顔をしてアイルダシュを見ていた。
「いきなり大声をあげて、どうなさったのか?」
「我等には何も聞こえなんだが?」
「何だと?」
確かに、アイルダシュが睨み付けた方角には誰も居ない。鳥さえも飛んでいなかった。
「あれだけハッキリと聞こえたというのに、我の空耳だったと言うのか!」
アイルダシュに仕えている、ニヤついた4人組も首を傾げた。乗組員達も、不思議そうに互いに見合っている。
「空耳などではない。。。 確実に誰かが言い放った。我を侮辱するものは絶対に許さぬ! 誰だ!! さっさと名乗りを上げろ!!」
アイルダシュは乗組員達に剣を向けるが、当然誰も名乗りを上げることはない。もちろん、ニヤついた4人組も不思議そうな顔でお互いを見合っていたが、このままではアイルダシュが誰彼構わず剣を振り下ろすことになり兼ねないので、この場を収めるべくアイルダシュをなだめようと歩み寄っていった。
そんな中、シェールはふと異質な風を感じた。周りを見渡してみたが、感じた気配はここに居る「人」からではないように思えた。
(だとしたら、何処だ?)
訝しげに辺りをキョロキョロ見渡している態度のシェールに、アイルダシュは目を付けた。
「おい、お前。」
アイルダシュは、豪華に飾られた剣の先をシェールの眼前に突き付けた。
「何をキョロキョロしている? もしや、お前には先の声が聞こえ、その主を探しているというのか?」
シェールはいきなり眼前に剣先を突き付けられ、一瞬だけ驚いたが、それでもすぐに落ち着きを取り戻し、アイルダシュに頭を下げた。
「いえ、俺には聞こえていません。」
「では、何を探しているというのだ?」
「そ・れは..。」
「ハッキリと言ったらどうだ!!」
アイルダシュの取り巻き達が、ここぞとばかり威圧した。
「・・・不穏な風が...。」
「風・だと..?」
アイルダシュの取り巻き達は、半歩ほど後退った。シェールが感じる風の気配は、今回の航海の中ではハズレた事は無いのだ。
アイルダシュは剣先をシェールに突き付けながら、尚も挑発的な言葉を投げつけた。
「そう言えば、確かお前だったな? 自ら『風の祝福を受けている』などと、のたまわっているのは。」
シェールは答えることが出来なかった。『風の祝福』とは、風の精霊や守護獣の加護を意味する。そして、それは「王族」である事の意味も持つ。ここで答えてしまうと、自分が王族であることを宣言するようなものだ。
だが、アイルダシュを眼前にして、それを出来る筈がなかった。シェールは、ただただ沈黙を守った。
「王族でもない貴様如きが、風の祝福など受けられる訳などなかろう。それとも、王族と騙って我を愚弄する気ではあるまいな?」
アイルダシュの言葉の端には棘があった。直前まで、自分を愚弄する言葉を発した人物を捜したが居らず、その代わりに鬱憤を晴らせる都合の良い相手が出来たのだ。
アイルダシュは溜まっていた怒り全てをシェールに向け、憂さ晴らしを決行し始めた。
「その思い上がり、叩き潰してくれるわ!!」
アイルダシュが金切り声で叫ぶと共に、取り巻き2人と同時に剣を振りかぶった。と同時に、シェールはバク転でその場を離れ、後方にいた残り2人の取り巻き達を、風の力を借りてふわりと体をかわして凌いだ。
自身の渾身の一撃を簡単にかわされてしまい、アイルダシュの手が怒りでワナワナ震えていた。
だが、シェールはそんなことよりも異質な風の意味を探りたかった。敵なのか、味方なのか。また、それとも違う第三者が介入しようとしているのか。シェールは気になって仕方がなかった。
普段は穏やかな風が、少し鋭く突き刺さるようにシェールを煽っている。
(そっか・・・。これから始まるのか・・・。それなら!)
シェールは剣を手に嬉々として迫ってくるアイルダシュと取り巻き達に鋭い視線を向けた。
「おのれ。。。平民如きの分際で我を無視するだと?我に逆らうのか!」
「貴様、思い上がるのもいい加減に。。。」
「平民如き!!」
シェールはアイルダシュや取り巻き達の言葉を普段聞いたことがない大声で遮り、挑発する視線を向けた。
船員達は、その発した声の大きさに驚き、跪いて垂れていた頭を起こし、ギョッとした表情で彼を見た。
ここで『アイルダシュ(王族)に逆らう』と言うことは、死に直結すると考えられる。ましてやアイルダシュは『暴君』なのだ。
怒りの矛先を向ける場所がなかったアイルダシュにとってこの好機を見逃す筈がない。それはこの場に居る者達は言われずともわかっている筈だ。
だが、シェールは挑発を続けようと、相手に鋭い視線を向けたまま立ち上がった。
王族を前にして、跪くどころか目線の高さを合わせるなど、本来ならあってはならない行為だ。
ましてや暴君であるアイルダシュを相手にしているのだ。「不敬」と言われ、即刻切り捨てられてもおかしくはない。
目前で繰り広げられている光景に、船員達はシェールを守りたくても介入出来ない状況となってしまった。
「あんたが見下してる、その『平民如き』にちょっと言われたからって、そこまで憤慨することなの? 王族の割には肝っ玉ちっさいね?」
船員達は、ギョッとした。
(シェールが更に煽ってる?)
「何だと?!」
「俺らを本当の意味で従えることも出来なくせに、『王族』の肩書を利用してやりたい放題。そっちこそ、『王族』の名を騙っているんじゃないの?」
いつも陽気な姿からは、想像も出来ないほど挑戦的な眼差しでアイルダシュを見据え、挑発するとも取れる言の葉を投げている。
「お前!! どうやら我を本気で怒らせたいようだな? クックック。 いいだろう、その挑発受けてやる!!」
アイルダシュは、一見苦虫を噛み潰した様の顔つきをみせたが、それでもすぐさま激昂を隠さずいつもの金切り声でその怒りを爆発させた。
「許しはせぬ。絶対に許さぬ!! その思い上がり、うち砕いてくれるわ!!!」
アイルダシュと取り巻き4人組は剣を抜いてシェールを取り囲んだ