~始まりの物語~ 2
間もなく、サフィニアは子を宿すこととなった。
しかし、このことは直ぐに王妃コクネシアに知られる事となった。
王の行動を不振に思ったコクネシアが、離宮に間者を送り、露見してしまったのだ。
これまで王に尽くしてきたコクネシアは、その本性を全開にした。
実はコクネシアも懐妊していたからだ。
しかし、王はその事について疑問を抱いた。
自らがサフィニアの居る離宮に通い始めた時期と、王妃が懐妊した時期のつじつまが合わないのだ。
だが、様々なしがらみがある中で、コクネシアを切り捨てる訳にはいかなかった。
コクネシアは、もともと嫉妬心が強い女である。
自分の子が男子であると信じ、世継ぎを自分の子のものとするため、ありとあらゆる手を使い、サフィニアを流産させようと目論んだ。
だが、勘が鋭く、なおかつ自然からの守護を受けているサフィニアはすぐに気付き、事無きを得ていた。
しかし、将来を案じた王の配慮により、また、王城に居る巫女の助言もあり、離宮を離れ、フェルリタ島の季候に最も良く似ている東の島『アシュラカント』に渡ることにした。
王は念の為、国内で3本の指に入る剣士を1人同行させることとした。
これも、巫女の助言の一つである。
王の命を受け、サフィニアの父の門下の中でも随一の剣士『シェナン』が同行することとなった。
若く、美しい若者であったが、その剣技は力強く、また、水を操る能力を持っていたので、王宮の騎士の中で『龍王』の称号を与えられていた。
実は、シェナンはコクネシアのお気に入りでもあった。
王妃という立場もあり、親しげに話しかけることも出来ず、遠くからその姿を眺めているだけではもの足らず、出来れば自分だけの騎士としての配属を王に懇願したこともあった。が、実現することはなかった。
コクネシアは、この計画を間者の密告により察知していた。
そして、狂気じみた形相で、王と巫女に猛抗議した。
だが、どれだけ粘っても、この決定を覆すことは叶わなかった。
そして、サフィニア達が出立する日を迎えた。
『側室』という立場上仰々しい旅立ちではなく、シェナンと共の者1名を連れたサフィニアは、夜が明けきる前に城を出た。
だが、その行動は王妃コクネシアの手の者により、しっかりと把握されていた。
サフィニア一行は、王が準備してくれた帆船に乗り込んだ。
既に出港準備が整っていたのか、サフィニア一行が乗船してすぐ錨を上げ、出港した。
その船を追跡する、船があった。
その者達は、コクネシアの命を受け、海上でサフィニアの暗殺を目論んでいた。
無論、シェナンも標的となっていた。
嫉妬心が深いコクネシアである。
自分のものにならないのなら、永遠に誰の者にもならないよう亡き者にしようとしたのだ。
王都で騒ぎを起こす訳にはいかなかった。
だから、誰の目にも触れないであろう遠く離れた海上で、その計画を実行する為、追跡していたのだ。
望遠鏡で監視を続ける、コクネシアの手の者達。
サフィニアとシェナンが乗船する船は帆船という形状で、本来なら多くの船員で甲板が活気に溢れるはずなのだが、ひっそりと静まりかえっている。
その様を不思議には思ったが、当初の予定通り、岸から遠く離れた海域に入ったところで海賊を装い、命令を実行しようと帆船に乗り込む準備に入ったその時、突然海が荒れ始めた。
急に浪が高くなり、舵を保つのが精一杯の状況となった。
コクネシアの手の者達は、この状況に陥って思い出した。
今居る海域は、巨大津波に襲われ、世界が変わってから『魔の海域』と恐れられている場所だったのだ。
『この海域を通った者は皆、人魚の餌となる』
そんな言い伝えが残っている。
実際に人魚を見た訳ではない。
この海域で異常現象に出会った者達は、誰一人戻った者がいない。
ただの『伝承』なのだ。
だが、『誰一人戻らない』ことが、海を知る者達にとっては驚異となり、それが『人魚』という形で表され、『伝承』となった。
乗組員の一人が、必死に甲板の縁にしがみつきながら、目の前の帆船が突然巨大化した浪に飲み込まれる姿を見た。
間髪を入れず、巨大な浪が突き刺すように自分たちの船に襲いかかり、真っ二つに引き裂いた。
海の中へと放り出された乗組員は、先に飲み込まれた筈の帆船が、海の中に出来た航路を、緩やかに航海していく様な姿を見た。
そうしてサフィニア一行を乗せた帆船は、海底深く消えていった。
翌朝、王都アシュラカント側の海岸に、王妃コクネシアが手配した海賊を装った船の残骸と、息絶えた乗組員達が大量に流れ着いた。
救助活動に当たった者達は皆、口を揃えて『人魚の餌にされたのだ』と言った。
コクネシアはそれを見て、作戦は成功したのだと思った。
シェナンは失ってしまったが、悲しみよりも安堵感の方が強かった。
自分の想いを拒否し続けた報いだと思えたのと同時に、もう他の誰に取られることが無くなったからだ。
だが、肝心のサフィニア達を乗せた船の残骸は、何一つ見つけられる事はなかった。
『人魚の餌になった』のか。。。
又は難を逃れ、どこかで生き延びているのか。。。
憶測は憶測を呼び、『人魚になった』とか、『もともと人魚だった』という噂も流れ出したが、年月と共に人々の記憶から薄れ去っていった。
そして、サフィニア達が行方知れずになってから、16年の歳月が過ぎた。