昔語り 5
その頃、光の精霊の長は先読みの巫女に指定された場所、雲の上に存在する浮島の一つへと到着した。
その場所の真下では、狂悪な魔の物とそれぞれの精霊の長、そして巫女と精霊王が戦っている。
邪悪な空気が澱んでいるその上空で、光の精霊の長は自らの体に光を集め始めた。
それは、下界で巫女たちが結界と祈りを通して作り出した聖なる虹色に輝く光。
その聖なる光が、精霊の長を包んでいく。
神聖で美しい光景ではあるが、光の精霊の長は自らを落ち着かせつつ、慎重に光を集めていた。
少しの違和感をも残してはならない。
集中して聖なる光だけを集めなければならない。
だけど、早く精霊王様を助けたい。
めまぐるしく変わる心情をコントロールしつつ、光の精霊の長は慎重に進めた。
一方、愉悦の表情を浮かべ、勝ち誇ったように巫女の体を喰らう狂悪な魔の物は、その浴びた血を周辺へと散らしていた。
本来なら神聖な巫女の体から湧き出た血は、神聖な力を以て辺りを浄化していく筈だった。
だが、狂悪な魔の物によって深闇に堕とされ、その急激な変化によりより深い闇へと墜ちた巫女の血は、その場をより一層深い狂悪へと支配するには、まだまだ有り余る力を持っていた。
それは狂悪な魔の物にとっては、うれしい誤算であった。
狂悪な魔の物は、配下の魔の物達がしがみついている精霊の長たちを、その深闇へと堕とすべく、巫女の下半身を握りつぶし、その血が滴る手を精霊の長達に向け、霧状にして放つ。
配下の魔の物は、その血を取り込み、より強力な力を得、逆に精霊の長達は苦悶の表情がより濃くなり、先ほどよりも抵抗力が落ちていった。
闇の精霊の長は、もはや抗うことが出来なくなっていた。
そのままズルズルと狂悪な魔の物に引き寄せられていく。
自分が取り込まれてしまうと、今後この世界に闇の精霊が誕生しなくなることはわかっている。
だが、もはや抗う術はない。
巫女は狂悪な魔の物に捕らえられ、神聖な力は堕とされ、逆に利用されている。
それにより、精霊の長達は窮地へと堕とされた。
自分自身も、少なからず魔の物とのつながりはある。
彼らの中には、我ら精霊との距離が近い者もいるし、そんな者と親しくもしている。
清らかさを謳う精霊は、時にうっとうしく感じることもあるが、闇の精霊である自分自身、魔の物と過ごすうちに、そちらの方が性に合ってると感じることも多々あった。
「だが、それも奴らの手の内だったということか・・・。」
圧迫された空間の中、それぞれの精霊の長にしがみついている狂悪な魔の物の配下の者、闇の精霊の長には、その顔に見覚えがあった。
知らなかったとはいえ、闇の精霊の長はその身を堕とす準備が出来ていたのだ。
精霊の長達はまだ抗い続けてはいるが、それも時間の問題だった。
精霊王も、巫女の体の内で耐え忍ぶことが精一杯のようだった。
そして、深闇が蔓延する戦場に、他の精霊や巫女たちが近づける訳がない。
「もはや、これまでか・・・。」
闇の精霊の長は諦めようとした。
光の精霊の長はこの場から脱したが、精霊王にどこまで飛ばされたのかは不明だ。
戻ってきたとしても、この状況だ。
不用意にこの場に戻ったとしても、自分たちの同じ末路をたどるのは目に見えている。
「ならば、戻らず生き延びる道を選べ、光の精霊の長よ。」
闇の精霊の長は、諦めようとはするものの、心の奥底ではまだ抗いたかった。
どうにかして、この場を脱したいと願っていた。
だが、目の前の惨状は、そのすべてを否定している。
「精霊王様だけでも、助けたかった・・・。」
それぞれの精霊の長は、そう願った。
だが、自分自身も身動きすら出来ない。それよりも、魔に取り込まれようとしていることに、抗うことも出来ない。
皆、絶望に捕らわれようとしていた。
「精霊王さまーーー!!!」
突如、上空から眩い光と共に声が響いた。
もの凄い勢いで、戦いの場に眩い光が降りてくる。
まるで、その場の魔を祓うような、浄化の光。
その光を放っているのは、上空にいた光の精霊の長であった。
「来るな! 光の精霊の長!! お前が来ても、役には立たん!!」
闇の精霊の長は叫んだ。
精霊の長全員を犠牲にする訳にはいかない。
そう思ったから、きつい言葉を投げつけた。
だが、光の精霊の長はそれを拒んだ。
光の精霊の長は地上に降り立った。
魔の物は、その聖なる光におののき、怯んでいるように窺える。
精霊の長たちは、その隙をみて、少しの反撃を試みている。
光の精霊の長はそれを確認し、最も魔の物に引き込まれている闇の精霊の長へと近付いていった。
「来るんじゃない! お前も引きずられるぞ!」
「大丈夫ですわ。」
光の精霊の長は臆することなく闇の精霊の長に近付いた。
光の精霊の長の纏う聖なる光は、闇の精霊の長に取り憑いている魔の気配を撥ねのけていく。
それでも、魔の力が強大なため、全てを撥ねのけることは出来なかった。
だが、会話をするには十分であった。
「何故、戻ってきた。自分も命を落とす羽目になるぞ。」
「大丈夫ですわ・・・。もしここで私が命を落としたとしても、魔の物の手に落ちなければ、また新たな光の精霊の長が誕生しますわ。」
「お・・まえ・・。」
光の精霊の長は、この(精霊にとって)劣悪な環境にあっても微笑みを絶やさず闇の精霊の長に近付き、その頭を自分の胸に引き寄せた。
その瞬間、闇の精霊の長に纏わり付いていた魔の気配は、緩やかに収まっていった。
「さぁ、闇の精霊の長。相反する私達の能力を利用して、精霊王様を助けますよ。」
そう言いながら差し出された手を、闇の精霊の長は力強く取った。
その頃、隠れた里の結界付近に辿り着いた里の長は、戦いの成り行きを見守っていた。
自分には精霊王様を助ける力量はない。
ならば、今まさに闇に侵されようとしている巫女の魂を救うことを最優先とした。
隠れた里の長は、結界の壁に魔方陣を描き始めた。
それは、里にある転移の陣と同じものだった。