第2章 海底の村 3
「お~い、連れて来たぞ~。」
大柄の男が、ぶっきらぼうに巫女に声を掛けながら、ズカズカと巫女の元へと近づいて行った。
(巫女様に対して、少し無礼ではないのか・・・。?)とシェールは思ったが、大柄の男は全く意に介さないようだ。
「少しは気分が優れましたか?」
(何だ?)
巫女が発したその一言は、とても柔らかく、空気が和いだように感じた。
(しかも・・・。 何だろう・・・。 唄っている訳ではないよな・・。?)
普通に会話をしているだけなのに、何かの旋律を唄っているように聞こえたのだ。
(だけど、何だ? 今の言葉で、気分が・・・。)
「こいつは『言霊』を操るんだ。」
大柄の男が言った。
「こいつって、巫女様に向かって・・・。」
「だから、こいつはそんな事気にしてないって。お前、真面目だなぁ。」
そう言って、大柄の男はシェールの背中を叩きながら、またニヤリと笑った。
大柄の男とそんなやり取りをしている間に、巫女と呼ばれた少女はスッと立ち上がり、シェール達の方へと振り向いた。
天井から吊るされた、幾重にも重なる薄布をかき分けながら近づいてくる。
よく見ると、小さな羽の生えた妖精達が薄布を摘まんで巫女の為に通路を作っていた。
徐々に明らかになる少女の姿は、華奢な体に白地の着物、濃い朱の巫女袴を着用し、そして額から鼻まで隠れる仮面を被っていた。普通は空けられている眼の部分も塗りつぶされており、そこには何やら不可思議な文字が描かれていた。
「・・・。眼が・・・。」
シェールは無意識に言葉にしていた。
「あぁ。こいつの目はちゃんと物を捕えることが出来るぞ。訳あって仮面で塞いでいるが、それでも感覚でわかるんだ。」
巫女に変わって大柄の男が答えた。大柄の男が説明している間にも、巫女はゆっくりと両手を仮面と外すべく動かしている。
「(仮面の)両目のところに描かれている文字にも、それぞれ意味がある。左目にあるのが「生」で、右が「再」だ。」
「・・・「再」・・「生」 ですか?」
「そう読めるよな? 」
大柄の男が「及第点だ」と言わんばかりの満足げな顔で、ニヤリと笑った。
「あの文字は、それぞれ本来の意味を弱める効力がある・・・。」
「本来の・・。意味?」
そこまで聞いても、何かしっくりとしなかった。
「まぁ、見てみると良い。」
大柄の男はそう言って、巫女の方へと目線を移した。
巫女はその両手を仮面を止めていた長い房付きの紐を解く。着物の袖口から見える手首は細く見える。腕も華奢だが、しっかりとした筋肉がついているように見えた。
(あれだけ激しい「巫女舞」をするんだ。そりゃ体を鍛えていなければ出来ないだろうな・・。)
巫女はゆっくりと仮面を外していく。通った鼻筋、小さめの唇、色白で整った顔立ち。閉じられた瞳が、ゆっくりと開いていく。と同時に、シェールは身構えてしまった。その瞳があるべき箇所に、あの時、海上で出会った赤い髪の女と同じ、いや、それ以上に複雑な「魔法陣」が描かれている。しかも、両目に。
(だけど、あの女みたいに禍々しい「気」はしない・・・。)
海上で出会った女の様に、血のように赤黒い色ではなく、魔法陣の色も虹色に変化していた。
少女は両眼を開いたところで、シェールに向かって小首を傾げながらニッコリと微笑んだ。その神秘さを伴った美しさに、シェールは自分の頬が火照っていくのを感じた。
「あの両目の魔法陣には、それぞれに意味があるんだ。」
大柄の男が言った。
「意味・・・、ですか?」
「あぁ。この地の、というか、この世界に居る巫女の瞳には、皆あのような魔法陣が刻まれていて、そしてそれぞれに意味を持つ。」
大柄の男が巫女に長いたすきのような紐を手渡した。巫女はその長い紐を両目に当て、後頭部で結び、再び両目を塞いだ。
「あ・・れ? また塞ぐんですか?(せっかくキレイなのに・・・。)」
「ま、強すぎるからな・・。」
大柄の男が言うには、色には強さと意味があるのだという。
それぞれ空に現れる「虹」に例えられている。
一番下から
「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」、そして「紫」が最高位とされている。
そして、それは巫女の持つ魔法陣の意味により、より鮮明な力を発揮するのだという。
「こいつの『虹』は別格なのだという。取り分けあれだけ透明で、あんな綺麗な発色など、今まで聞いたことがない。」
大柄の男が、今までに見たことがない真剣な表情で言った。
「それに、こいつの髪色は『黒』だ。しかも、ただの黒ではなく、全ての色が集まった『黒』だ。」
「さっき、『最強』だって・・・。」
「あぁ。こいつの髪色と瞳の魔法陣の色は、それぞれ『最強』だ。つまりは・・・。」
「『強すぎる』って事ですか?」
「そう言うことだ。強すぎる『力』は、毒にもなり得る。」
大柄の男が、一瞬だけ真剣な表情を見せた気がした。
「ま、話が長くなりそうだから、先にここから出るか~?」
大柄の男が調子を取り戻したように、砕けた口調で言った。
「え~っ? ここで話の腰を折るんですか~?」
「何だ? まだ身体が思うように動かないってんなら、さっきみたいにおぶってやろうか?」
大柄の男が、「ニヤリ」と少し意地の悪い表情を浮かべながら手を差し伸べてきたので、シェールは両手をブンブンと振りながら、思いっきりの拒否をした。