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IZANA  作者: 姫柊ほの
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第2章 海底の村 2

 少し暗い、長い廊下を歩いて何処かに向かっていた。

廊下の壁に取り付けられた灯りは、無意識に流れ出る少量の魔力を吸い上げる媒体によって灯っていると説明された。

 少し歩くと、廊下の突き当りが見えてきた。月が出ているのか、ほんのりと明るい。


 (あれ・・。?)


 シェールは少しの違和感を感じた。その光が揺らめいているのだ。


 (雲で月が見え隠れしているのとは、なんか違うな?)


 廊下の突き当りを曲がると、少し先に外が見えた。


 「あ・れは・・・。?」


 シェールは息を呑んだ。

 

 美しく、線を描かれて整えられた玉砂利の庭。整備された木々と、その美しさを損なわないように配置された灯籠。

その奥の切り立った山から流れ落ちる小さな滝と、そこから流れる小川。

灯籠のほんのりとした明るさが、その美しさを一層引き立てている。

小川のせせらぎが響く静かな世界。

月明かりがある訳ではないのに、灯籠だけの明るさではなかった。よく見ると庭にある草むらの中で、無数の美しい光が点滅している。


 「あれ・・・は? 光る・・虫?」

 「『蛍』でございます。」


 ブロンドの髪の少女がそう言いながら、右手のひらを差し出した。

 すると、草むらで点滅していた光が揺らめきながら寄ってきた。少女は手のひらから『蛍』の好む甘い香りを漂わせているのだと言った。


 「でも・・。 『蛍』って確か絶滅した筈じゃ・・・。」

「こちらにはいますよ?」


 少女は手のひらに集まってくる蛍を見ながらほほ笑んでいる。


 約1000年前の厄災の際、地表のほぼ全てが津波により、海水で洗われた。生命の源である「清い水」を好む蛍は、それにより住める場所を失い、地表より姿を消したと言われていた筈だ。

 だが、ここにはその絶滅した筈の『蛍』が存在した。

 本や伝え語りでしか聞いたことがなかった『蛍』。

 それが小川を埋め尽くさんばかりの光が点滅し、ゆっくりと動いている。

 光の塊となって移動している無数の蛍は、月明かりがないからこそ、その光がより際立って美しい。


 (月明かりどころか、星も見えないな・・・。 今日は曇り空か・・・。)


 空を見上げ、シェールはそう感じた。

もともと、山が近くにあるから空が遮られているのかもしれないが、見上げると真っ黒な闇が広がっているだけだった。


 「そろそろ参りましょうか。」


 ブロンドの少女が言った。


庭沿いに廊下を進んでいくと、小川の上を渡した廊下の向こうに重厚な造りをした離れへの入り口である門らしきものが見えた。

少女たちがそれぞれ手をかざし、扉を押し開いていく。

その先には、長い渡り廊下があった。

木製の、シンプルな造りだが細かな彫刻が施された欄干や欄間がとても優美である。

その廊下の下には池があるのか、ここでもそこかしこにいる蛍の光が反射して水面に映り、その美しい光景に思わず息を呑んだ。


 「そろそろ意識もしっかりしてきたか?」


 目の前に広がる美しい光景に目を奪われていると、大柄の男がシェールに問いかけた。


 「ここからは歩いて行こう。ゆっくりでいいぞ。」


 そう言いながら男は膝を付き、シェールをその大きな背からおろした。

 確かに、先ほどに比べると体が軽く感じられる。回復薬が効いてきたようだ。

 シェールは欄干の手すりを伝いながら、ゆっくりと長い廊下の先を目指した。



 (それにしても、見事な欄間だな・・・。)


 色鮮やかに塗られ、細かな細工が施されている欄間を見ながらシェールは進んだ。よく見ると何かの物語になっているように思えた。


 「これはな、昔語りだ。」

「昔語り・・・。?」

 少し後ろを歩いていた大柄の男が、静かに話し始めた。

「ここは右側通行だから、右側を見ながら行くといい。」

 シェールは男の言う通り、右側の手すりを伝いながらゆっくりと歩き始めた。



 まず、大地の誕生があった。

 火山の噴火により地は形が定まらぬまま、悲鳴を上げながら頻繁に隆起を繰り返していたが、やがて少しずつ冷えて固まった。

見渡す限り何も無い、風さえも吹かない「大地」が生まれた。


その状況が長く続いた後、干からびた大地に天より「光のシャワー」がもたらされた。

植物が芽生え、長い年月を掛けて大地を覆い尽くした。

そして、初めての精霊である【緑の精霊】が目覚めた。

植物に宿った精霊は、より大きく育つために、空気中の水分をその葉に宿し、大地へと零した。


大地へ水を零した反動で、少しの風が生まれ、最初の【風の精霊】が目覚めた。

また、多くの植物から零された水滴は大地に吸い込まれ、大地はその起伏を利用して水の流れを生み出した。

水の滴りにより、地の底深く眠っていた【大地の精霊】が目覚め、集められた水の海に、最初の【水の精霊】が目覚めた。


自然環境が整ってきたことで植物たちは急成長し、やがて木々が誕生した。

木は大きく成長し、何百年、何千年と生きた後、その命を全うして枯れていった。

枯れた枝や落とした葉らは、大地に栄養を与え、また新たな生命を生み出していく。


そして、枯れた木々達が風のそよぎで擦れ合わされ、「火」が熾され、山火事へと発展し、そこで最初の【火の精霊】が目覚めた。

 火は寿命を終えた木々を燃やして灰と化し、それらは肥沃な大地を育て、また新たな生命を育んだ。


そして、再び「光のシャワー」が降り注ぎ、また新たな命が誕生した。

プランクトン、魚、動物と、次々と新たな命が産まれ、そして初めての「人」が誕生した。


 生まれたばかりの「人」は、他の動物に比べとてもか弱く、自分では何も出来ないため、精霊たちが見守り、愛しみ、育んだ。そして、育てた子らにそれぞれ加護を与え、子らの生涯に寄り添った。


 そこで物語は終わり、と同時に長い廊下も終わった。

 目の前に現れたのは、廊下と同じ拵えの、重厚な『門』だった。それは建物に続く『門』ではなく、岩山に掘られた大きな洞穴へと続いていた。


 「では、あとはよろしくお願いいたします。」


 ブロンドの髪の少女が、大柄の男に向かって軽く頭を下げた。


 「あ・・れ? 君達は・・?」

「色々とあるのさ。」


 大柄の男がシェールに向かってそう言いながら、奥へと促した。シェールは彼女達に軽く一礼をし、大柄の男の後に続いて奥へと向かった。


 洞窟はゆるやかな下り坂となっていた。大柄の男と並んで歩いても、ゆとりがあるほどの広さがあり、圧迫感は感じなかった。


 (この灯り・・・。 確か無意識に流れ出る魔力を吸収するんだったよな?)


 シェールは自分たちが通る時に明るくなる灯りが気になった。


 (俺らがここに入る前から灯りは点いていたよな? でも、俺、こんなに魔力が溢れ出るほど強くない筈だけど・・・。)


 「結構明るいだろ?」


 大柄の男がシェールの考えていることに気付いたのか、先ほどより声のトーンを落とし、静かに言った。


「ここは空気が澄んでいるから、魔力が通りやすくなっているんだ。」

「あっ、あの・・・!」

「しっ!静かに。」


洞窟に入ってから一言も喋らず、少し重々しい空気を感じていたので、理由を聞きたくて質問しようとしたシェールの言葉を大柄の男は遮った。


 「今は『舞』を奉納している真っ最中だろうから、少し静かに話そう。」

「『舞』 ですか?」

「あぁ。この奥には大きな魔力が封じられている。その封印が解けないよう、鎮めるための『巫女舞』の儀式のことだ。『巫女舞』は見た事あるか?」

「はい。以前、王宮で巫女様が舞っていたのを、遠目に・・・。ですが。」

「あぁ、王都の巫女も、国家儀式でたまに舞うらしいな。」


 (ん? 「巫女」って、呼び捨てにするなんて・・・。)


 「巫女」とは、人であるが神聖な存在である。とシェールは教えられていた。800年以上もの長きに渡りこの国を見守り、支えてくれている存在なのだ。また、「巫女」には「名前」がなく、愛称で呼ぶことなどあり得ないので、誰もが、国王でさえ「巫女様」や「巫女殿」といった敬称を必ず付ける。


 「今からお会いするのは、この地の『巫女』様なのですか?」

 (そうか・・。巫女様がいらっしゃるから、灯りが点り方が強いのか・・・。)


 シェールは巫女様の存在を聞いて納得した。


「ていうか、『巫女』様を呼び捨てになど・・・。」

「あぁ、あいつ(・・・)はそんな事こだわってないって。」


 大柄の男がそう言いながらニンマリと笑った。

 本当は、「巫女」様に対して失礼だと、もっと文句を言いたかったが、目の前に大きな扉が見えてきた。一枚の木で作られているようで、こちらに渡ってくる時に見た欄間と似たような細工が施されている。


 「これは・・・。人と・・・。精霊達ですか?」

「正しくは『巫女』達だな。」

「全員ですか?」


 大柄の男は、大きく頷いた。


 「お前、光の魔力使えるよな?」

「あ、はい。」

「よし。なら光の魔力を練って、自分に加護をかけておけ。」

「・・・。?はい。」


 シェールは両手で空気を掴むようにかざし、手のひらの内に光の魔力を集めた。鮮烈な輝きが凝縮されるとそれを頭上に持ち上げ、光のシャワーのようにして全身を包み込んだ。


 「うむ、良い魔力の練り方だ。」


 大柄の男は、シェールの一連の作業を確認し、大きく頷いたあと扉を押し開こうとした。


「あなたは、光の魔力の加護を(しなくても・・・。?)・・・。」

「俺は大丈夫だ。元々光の魔力持ちだからな。お前は違うだろ?」


 シェールは少し唖然とした。


 (この人、俺の事どこまで知ってるんだ・・・?)


 シェールがモヤモヤしている間に大柄の男は扉を開け、シェールを促して中に入った。


 扉は二重扉になっていた。まず、最初に潜った扉を閉めると、闇に包まれた。だが、光の魔力を持っている大柄の男の照らす光で、周りは確認出来る。

5メートルほど進むと、今度は大きな石で出来た扉が現れた。大柄の男が石の門に両手を添え、「開門」の言葉に言霊を乗せると、扉は静かに開き始めた。

扉が開いていくと共に漏れ出す、圧倒的な光の渦が二人を包み込んでいく。

目がその明るさに慣れてくると、部屋の様子が分かってきた。


洞窟というのにかなり広い空間の中で、まず目を奪われたのが中央に据えられた巨大なクリスタルだ。

直径10mはあろうかと思われる杭のような形をクリスタルは、逆三角錐の形のその半分ほどが地面に突き刺さっていた。よく見ると、クリスタルの中に多くのクラック(ヒビ)が見られる。そのヒビに光が反射して、虹色に輝いているように見えた。

クリスタルの向こう側には、繊細な造りをした祭壇が見られる。祭壇の両端には魔力で灯された松明が見え、その前で巫女と思われる人物が「舞」を舞っていた。

 「舞」を奉納している周りには、天井から吊されている薄布が幾重にも重なって垂れ、巫女が持つ両端に長い房の付いた扇が起こす柔らかな風を受けて、その布に付けられている数多くの鈴の音が響き渡る。時に高く、時に緩やかに鳴る鈴の音は、より一層この場が清められている様に感じられる。

 大きなクリスタルの杭を迂回して祭壇に近づくにつれ、その姿がハッキリとしてきた。長い黒髪を揺らし、華奢な体つきだが、その床を踏み鎮める足遣いは重厚感がある。また、扇を使った舞は身体の柔らかさを生かし、袖裾の動きも優美に見える。


 (ん? 黒髪・・・。だよな?)


 巫女の揺れ動く髪色を見て、ふと感じた。


 (クリスタルの虹色が反射しているのか?)


 巫女の長い黒髪は、光が反射する度に「青」にも「緑」にも「赤」にも、幾重にも色が重なっているように感じる。


 「知ってるか?」


 大柄の男が静かに言った。


 「『白』というのは、『何色にでも染められる』という、純粋無垢に表現されるが、『黒』というのは、全ての色が混ざり合わさって出来る色だという。」

「全ての色が・・。ですか?」

「そうだ。『全ての色が混ざっている』ということは、『全ての色になれる』という事に繋がる。つまり・・・。」

「それって『最強』なんじゃ・・。」

「そういう事だ。」


 大柄の男はニヤリと笑った。


 「おっ、もうそろそろ終わりそうだぞ。」


 巫女は「舞」の奉納を終えたのか正座し、扇を畳んで目前に置き、床に両手を着いて深々と一礼をした。

 それを見届け、シェールは大柄の男に促され、共に歩を進めた。



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