エピローグ カゲ
後々、残酷な描写が出でくると思います。
気長に読んでいただければと思います。
『ピー ピー ピー』
金属製の無機質な壁。不規則に数列を映し出す大小さまざまなモニター。あわただしく動く人々。そして、それらすべてをかき消すように鳴り響くエマージェンシーコール。
時空にできた裂け目を航行する船。
今、その船では重大な問題が発生していた。
制御室に設置された様々な計器類。その中央に鎮座する一番大きなモニターには『space fixing function decline』と、アラームと共に出ている。
モニターの前に座る男性は正常な状態、つまり数分前の状態へと戻そうとしている。
しかし、男性がどの数値を打ち込んでも、どのスイッチを切っても、はたまたどのレバーを上げたとしても、モニターの中で不快に点滅する警告文は消えなかった。
「どうしましょう、艦長!このままではこの船はもちません!」
顔を青ざめ、判断を待つ乗組員に艦長と呼ばれた男が苦渋の決断を下そうとした時だった。
「ズドーン」という地響きにも似た爆音が船全体に響き渡った。
何かしらの爆発が起きたらしい、それはどの乗組員にも判断できた。
爆心地は船後方の特殊貨物室。正確にはその貨物室全体を繋ぎ留めている二本のうちの片方のアーム。これの付け根の部分で爆発が起きたのだ。
この爆発が故障によるものなのか、人為的なものなのか考える間もなくもう片方のアームでも爆発が起きた。
アームが爆発によって破壊されたため貨物室全体が船から切り離され、時空の波に沈んでいく。
さらに、何も積んでいない状態の貨物船となってしまった直後、船中心部、エンジンルームで第二発目の爆発が起こった。
メインエンジンが爆発し、連鎖するようにサブエンジン、メインローター、燃料タンク、と、次々に爆発が広がっていく。
爆発により出た爆炎は乗組員室や食堂といった乗組員の多い区画まで一瞬のうちに広がり、乗組員の誰かが使っていた手帳、調理室の食材、そして乗組員を覆いつくした。
救命艇は二隻ほど出ただけでその多くは貨物船に繋がれたまま爆炎に包まれていた。
爆発は船の先端まで連鎖し、船は時空内で爆散、空中分解ならぬ時空分解したのである。
一回目の爆発から船が爆散するまで数分しかかからなかった。
この数分でどれほどの人数が逃げ出せただろうか。たいていの者は船と共に爆発に巻き込まれ命を落としただろう。
船が金属片となり狭間に消えていく中、この船の積荷が時空の中を沈む。
ある国を一転させる変化を乗せて。
2065年 東京 渋谷
東京都23区のうち、最も有名なのはこの街、渋谷だろう。
朝の天気予報などでよく目にするスクランブル交差点などといった、多くの人々が行きかう場所はそれだけ、雰囲気もどちらかというと明るくなる傾向がある。
しかし、大きな道路から路地へ入るとその雰囲気は一転する。
先ほどとは打って変わり、人通りは少なく、雰囲気も暗い。飲み屋や金券ショップがシャッターの間に立ち並ぶその様は、どこか寂しさも感じられる。
人通りの多い大通りとレトロな路地街。この二面性を持つところはほかの区とはさほど変わらない。
では何がこの街を最も有名と足らしめるのか。それは、渋谷が日本の中心である東京の中心、つまり日本の中心だからであろう。
情報や流行の発信源であるこの街に似つかない格好の人物がスクランブル交差点で信号が青になるのを待っている。
髪型はショートカットで、耳の前の髪は両側とも肩ぐらいまで垂らしている。服装は白いパーカーに黒のスキニーパンツ。背中にはスポーツブランドのバックパック。
ここまでは別段珍しくもない。しかし、バックパックに片側に括り付けている細長い袋には竹刀がはいっていた。都会のど真ん中、ましてやスクランブル交差点で竹刀を所持している者など他にはいないだろう。
実際この人物は今日、一度職務質問を受けていた。その時は袋を開け、中の竹刀を見せたら終わったが警官からは「危ないので周りの人に注意しておくこと」と、注意されてしまった。
彼女、いや彼、『水上 彗』は信号が青に変わったのを確認し歩き出す。
交差点を渡り切り、少し小さな通りに入ったところで彼は携帯を取り出し電話をかけた。電話の相手は自身の母親。
「あ、母さん。僕だけど」
歩みを止め電話の電話の向こうの相手と親しげに会話をする。
「今日帰れそうだから。......うん、六時くらいには...そっちの駅に着いたらまた連絡するから」
彼は通っている警察学校が三連休に入り、実家帰るところだった。
彗の実家は四代続く剣道の道場で、彼もまたそこで幼いころから学んでいた。幼いころの記憶では師範代でもあった祖父はときに厳しく、ときに優しかったのをよく覚えている。その祖父は彗が高校に上がるときに他界し、いまは父が後を継いでいた。
父は自分が警官になるのをよくは思っていなかった。
実際、高校二年次、卒業したら警察学校に通いたいと言い出した時も最初は反対していた。
『なぜ、おまえが自ら危ない仕事につかなければならないんだ』
そう言われたときは少しショックだったが、賛成してくれていた母が父を説得してくれたおかげで警察学校には通わせてもらっていた。
だが、今でも父が自分が警官になるのをよく思っていないのは知っている。
休日、実家に帰りみんなで食卓を囲んだとき、母に尋ねられ自分が警察学校の出来事を話し始めると途端に父は何も話さなくなる。何かその話題についても質問してくるのはたいていは母か三つ下の妹だけだ。
別に父に自身の将来を理解してもらいたいなどとは思っていない。警察学校に通わせてもらっているだけで十分だ。しかし、『誰かの役に立ちたい』という夢を理解してもらえなかったことは自分と父親との間を作っている大きな原因になっていた。
こんな気持ちでいてもしょうがないと、気持ちを切り替え歩き出した時だった。
ばらばらと音を立てながら落ちるたくさんのA4サイズの茶封筒。そして茶封筒を吐き出す口の空いたトランクケースと慌てて茶封筒を拾う男性。どうやら男性の持っていたトランクのカギが開いてしまったようだった。
彗も一緒になって封筒を拾う。
「いやーすまない、拾ってもらって。ああっ、そこふまないで」
男性は通りかかった人に注意しつつ封筒を拾っていく。
彗が最後の封筒を男性に渡すと、それをトランクにしまいカギをかける。そして、男性はスーツの胸ポケットから先ほどの物とはサイズの違う封筒を取り出し彗に差し出す。
「これほんの気持ちだから、受け取って」
一度は断ったが、「どうしても」と差し出されたらお言葉に甘えるのが彼流だ。
封筒を渡すと男性はもう一度礼を言った後、さっさと歩いてどこかへ行ってしまった。
封筒は中央がほんのすこしだけ四角く膨れている。
中を確認すると、出てきたのはオレンジ色の薄いガラスのような物。ガラスは二枚重ねになっているようで、中に基盤のような、まるで神経のようなものが入っている。また、神経のようなものはガラスの四方から飛び出して触手のようにも見える。
「これがお礼...?」
何かのお礼でものを渡す時は相手がもらって嬉しいものを渡す。彗がもらったこれは果たしてもらって嬉しいものなのか。
もしかしたら中身を間違えたのでは?と、思った彗は男性が歩いて行った方向を見たが、男性の姿はない。
もし間違いだったとしたら男性が取りに来るかもしれないので彗はその場で待つことにした。
人が行き交い、日が傾き始め、南の空が赤くなったとしても男性は現れない。
封筒の中に入っていたお礼は間違いではなく、本当にお礼だったのだろう。
半ば諦めかけた口実としてそう思い始めた頃、ビルとビルの間から黒煙が上がっているのに気づいた。
煙しか見えていなかったが、それだけで命の危険を簡単に感じられた。
ひとりの警察官の卵としては見逃すわけにもいかず、自らの足は煙の立ち上るもとへ向かっている。
その場に近づくにつれて、逃げてくる人も多くなり、煙の匂いも強くなる。
高速道路の高架下、二車線の車道同士が十字に交差したいわゆる十字路。だが、そこにあるはずの車が無い。
正確にはあるにはあるのだが、それは普段目にする姿ではなく、フロントがひしゃげたり、ガラスが割れ、炎を上げている自動車だけである。
よく考えてみれば夕方に南の空が赤くなるはずがない。あの赤い空は、連なり、一つとなった火柱が空を染めているだけであった。
しかし、彗はこの火柱には注目してはいなかった。
なぜなら、残骸が燃える中を歩むカゲを見たからだった。
赤い紅い火の中を、溶けるように歩む影
それは日常では決して相見えない異形の影だった。
誤字脱字があればコメントなどでお寄せください。