第百六十話
「ここは…… どこだ」
魔王は深い眠りから覚めると起き上がり辺りを見回しながら言う。
「……森、どこの森だ」
辺り一面は木々に囲まれている。どうやら森の中で寝ていたようだが、その理由が皆目見当がつかない。
その事を不思議に思いながらも魔王は当てもなく歩き出した。そしてしばらく歩いていると水の流れる音が聞こえてきた。
魔王はそちらへ歩き出す。
「……川か」
魔王は川に近づき水を飲もうと覗き込んだ。
「これは……」
川に映る自分の顔を見て魔王は驚きの声を出す。
「人間の子供……だと」
そう、魔王の姿は魔物から人間の子供の姿に戻っていた。
魔王は立ち上がり自分の顔を確かめるように手で触った。
「どういう事だ……」
驚きのあまり立ちすくむ魔王。すると突然、女性の声が聞こえた。
「目が覚めたのね」
魔王が後ろを振り返ると姫野遥が立っていた。魔王は遥を無言のまま見つめている。
遥はそんな魔王に優しく微笑んでいた。
「……私は死んだのか?」
魔王が遥に聞いた。
「ええ、残念だけど。もう肉体は消滅しているわ。今の貴方は精神だけの状態、ここは貴方の精神世界なの」
自分の死を知らされても魔王は慌てた様子もなく落ち着いていた。
「そうか……」
魔王は自分の両手を広げ眺めるとだんだんと半透明になっていく事に気づく。
「私の精神も消えかかっている」
そんな魔王を見て遥は目に涙を浮かべた。
「ごめんなさい。本当に…… ごめんなさい」
謝罪する遥に対し魔王は関心なさそうに答えた。
「フン、どうでもいい。今回は負けたが次は私が勝つ。私はお前達人間がいる限り滅びる事はない。何度でも蘇る」
魔王の言葉に遥は頷いた。
「そう、そしたらまた私が貴方を倒しに行かなきゃね」
「フッ、好きにするがいい」
「……さようなら。本当にごめんね」
「……」
魔王の体がほとんど見えなくなる。完全に消えていく前に魔王は遥に何か言おうと一瞬、口を開いた。しかし思い直したようにすぐ口を閉じてしまった。
そして完全に魔王の姿が消えてなくなると遥はその場に泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も謝る遥。そんな遥の体もだんだんと透明になっていく。魔王の精神世界が終わろうとしているようだ。
遥は涙を流しながら顔を上げ空を見る。すると、空が真っ白になって広がっていく、そしてそれと同時に遥の姿も徐々に消えていく。
遥は自分の両手を広げて見るとその両手は消えていた。
それを見て魔王の精神が終わった事を確信した遥は再度、また空を見上げるとそのまま遥の体も消えていってしまった。
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「本当に元の世界に帰るのか…… 遥」
イスカグラン城の門の前、マリー王女とルイと遥がいる。
「ええ、やっぱり私の住む世界は元いた世界です」
「……そうか、寂しくなるな」
「姫野さん、この世界を救ってくれてありがとうございました」
ルイが遥に向かってお辞儀をする。
「いえいえ、とんでもない。こちらこそお世話になりました」
そう言うと今度は遥が頭を下げた。
「他の者に会っていくのか?」
マリー王女が尋ねると遥は笑顔で答えた。
「もう、皆さんには会いに行って挨拶を済ませました」
「そうか…… 本当にありがとうな。遥」
マリー王女は名残惜しそうに言うと遥は目に涙を溜めていた。
「いえ、とんでもないですよ。本当にありがとうございました」
「ああ、元気で!」
「お体気をつけてくださいね。遥さん」
「はい!」
遥は涙を拭い元気いっぱいに返事をしてイスカグラン城を後にした。
マリー王女は遥の後ろ姿を寂しそうな顔で見送るとそっと呟いた。
「遥、今のお前の姿、黒羽もきっと誇りに思っていると思うぞ。奴の分まで元気でいろよ」
そんなマリー王女をルイが頬みながら見つめていた。
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イスカグラン城を後にした遥は広い草原の上を歩いていた。
しばらくその草原を歩いてると大きな丘の上に美しい松の木が見える。
遥はそこまで歩いていくと、その松の木に一人の女性が立っていた。遥はその女性に声をかける。
「リカルダさん。お待たせしました」
その女性はリカルダだった。
「遥、もういいのか?」
「ええ、皆さんには挨拶しました」
「そうか…… 遥、悪いな。本当は私は処刑されなければならない人間、それをお前の一存で罪をなかった事にしてくれた」
「いえ、いいんです。この世界に魔王はいなくなりましたけど、まだ魔物はウヨウヨいます。きっとリカルダさんの力が必要になる事があると思うんです。その時は人間の味方になってくれれば」
リカルダは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ、それが私にできる罪滅ぼしだろう。必ず人間の味方になって戦うと誓う」
「ありがとうございます。それではお願いします」
「ああ、私の力でお前を元の世界に戻そう」
リカルダは両手を天に広げると大量の糸を放出し始めた。
「遥、これからお前を亜空間に飛ばす。亜空間に飛んだら光が見えるはずだ。そこを目指して歩いていけばお前の元いた世界に帰れる」
「わかりました。ありがとうございます。リカルダさん、お元気で!」
「ああ、お前こそ元気でな」
そう言うとリカルダは遥を糸で包み込んだ。
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リカルダが作り出した亜空間に飛ばされた遥はリカルダが言った通り光が見える方へと歩き出した。
「あれね」
遥は光の前に立つと後ろを振り返った。その目には涙があふれていた。
「皆さん、寂しいけど、またきっと何処かで会えるそんな気がします。それまでどうか平和に暮らしてくださいね」
遥は涙を拭き意を決しその光の中に飛び込んで行った。