第百五十五話
「――――――……さん」
「――――……のさん」
「――……めのさん、起きてよ」
「――……姫野さん、起きてって」
どこからともなく聞こえてきた声に遥は寝ぼけ眼のまま返事をした。
「は、はぁい、ってか、誰ぇ〜? 気持ちよく寝てたのにぃ〜」
遥は目をこすると大きく背伸びをした。
「はあああ、よく寝た…… ん? あれ? ここはどこ?」
自分の部屋で寝ていたと思っていた遥だったが、どうやら違っていたようだ。
「なんで、私こんな船の上で寝てたのかしら?」
どうやら川に浮かぶ小舟の上で寝ていたようだ。そして、彼女は自分以外にもう一人同じ小舟に乗っている事に気づいた。
「あ、あれ? 黒羽くんじゃない、さっき私を起こしたのは君なの? ってかどうして私たち船に乗っているの? ここは何処なの?」
わけもわからず遥は同時にいくつもの質問を龍斗にした。
龍斗はそんな遥を微笑みながら見て答えた。
「姫野さん、そんなに一度に質問されても、何から答えていいかわからないよ」
龍斗の言葉に遥は少しシュンとなり申し訳なさそうな顔をする。
「ご、ごめん、黒羽くん。じゃあ、とりあえず一つだけ質問するね。ここは……何処なの?」
遥が改めて龍斗に質問をすると、龍斗は微笑んだまま答えた。
「ここは天界と地上の境目だよ。俗に言う三途の川って所だね」
龍斗の答えに遥は驚きで目を見張る。
「え! 三途の川って、私たちもしかして死んじゃったの?」
遥はどうしてここに自分がいるか思い出そうと顎に手をやりながら記憶を辿った。
そしてしばらく考え込むような真剣な表情をしていると、ハッとした顔で龍斗を見る。
「そうだ! 私、魔神になって魔王を産んでしまったんだ。そ、それに私…… 黒羽くんの事を殺してしまった、そ、そうだわ、全て思い出した」
遥は全てを思い出したようだ。そして申し訳なさそうな顔で龍斗を見た。
「本当にごめんなさい…… それで黒羽くんは神の力を使って私を倒したんだったね。全部思い出したわ。ってことは私たち本当に死んじゃったんだね」
遥は龍斗に頭を下げて謝った。だが龍斗は気にした様子もなく微笑んでいる。
「姫野さん、気にしないで。それに僕たちが死んだというのはちょっと違うんだ。まあ半分正解だけどね」
「半分正解?」
「うん、まず姫野さんは魔神としての姫野遥が死んだんだ」
「魔神としての私…… そ、そういえば私、この姿…… 普通の人間に戻ってる」
遥は小舟から身を乗り出し、水に映る自分の姿を確認して言った。
「うん、僕が神の力を使って君の体に勇者の力を全て注ぎ込み魔神の血を浄化したんだ」
「神の力…… 魔神の血を浄化……」
「そう、そしてその時に僕の力は全て姫野さんに吸収されてしまったんだ。その時に僕は人間ではなくなってしまった」
「え! という事は、今の黒羽くんはどんな存在なの?」
「今の僕は神だよ」
「ええ! 黒羽くん、神様になっちゃったの?」
「ああ、でもまだ完全ではないけどね。完全に神になったらここにはいられない。天界に行かなくてはならないんだ」
「嘘…… そしたらもう黒羽くんに会えなくなるの? 私……」
遥は寂しそうな顔で龍斗の手を握ろうとした、しかし、遥の手は龍斗の手をすり抜けてしまった。
「どうやら、もう時間がないようだ」
「やだ! 行かないで黒羽くん!」
遥の目から涙が溢れる。
「ごめん、姫野さん。僕もうそろそろ行かなくちゃ…… 最後に僕のお願いを聞いて欲しい」
「願い? 何? その願いを聞けば黒羽くんは天界に行かなくてもいいの? それならなんでも言って」
龍斗は優しい表情で微笑み、首を左右に振りながら答えた。
「ううん、そうじゃないんだ、僕の願いは姫野さん、君に魔王を倒してもらいたんだ」