第百四十八話
「ぐはっ!!」
ジャンの右ストレートを喰らった魔王が吹っ飛んでいくと、水面を跳ねる石のようにダンダンと地面を跳ね転がっていく。
「ぐっ、な、なるほど…… やるな、ジャン、凄まじい威力だ」
魔王は口から落ちる血を拭った。
「魔王様、ありがとうございます。しかし、私の力はこんなものじゃありませんよ。さあ、さっさと立ち上がってください、続きをやりましょう」
「フン、いい気になるなよ」
魔王は脚を震わせヨロヨロと立ち上がった。たった一撃の右ストレートが魔王に大きなダメージを与えたようだ。
「ククク、魔王様。どうやらすでに満身創痍ですね。その程度ですか? 貴方の実力は」
ジャンは魔王を挑発する。それを魔王はその顔を憎々しい顔で見ている。
「調子に乗るなよ、貴様…… いいだろう、お前に私の本気を見せてやろう」
魔王が両手を握ると気合いを入れ始めた。
「ハァァァァァ!!!!! さあ! ありがたく喰らえ!私の怒りの魔法を!」
魔王が両手を前に出す、すると禍々しい黒焔が現れる。
「あの焔…… なんという強烈な魔力」
魔王の黒焔はボーリングの玉ほどの大きさしかない焔だったが、その異常な魔力の高さを感じとったマリー王女は恐怖で引きつった顔をしていた。
そんなマリー王女を横目で見て魔王はニヤリと笑うと改めてジャンの方を向き魔法を発動した。
「はぁ!!!!ジャンよ! 焼け焦げ、そして狂い死ね! 牙焔黒刃凰」
ドンっとロケット発射するような激音が聞こえると、魔王の手から黒焔を放たれる。
黒焔が暴れ狂うようにぐるぐると螺旋を描きながらジャンへ向かっていく。
だが、そんな強烈な火魔法を前にジャンはその黒焔を防御するでも避けるでもなく、無表情でただジッと立っていた。
「ハハァ!! 恐怖で身動きできぬか!終わりだ!」
魔王は自分の黒焔がジャンを焼き殺せると確信したように笑いながら叫んだ。黒焔はジャンに激突しようとした。だがその瞬間、ジャンは静かに右手を黒焔の前に出した。
ジャンの右手に黒焔が激突すると爆発音が聞こえジャンの右手は魔王の繰り出した火魔法に焼かれていく。
「ハハハハァ! 何をするつもりだったのだ。馬鹿め、私の炎に自分から手を差し出すとは、愚か者! そのまま焼け死ね!」
黒焔はジャンの右手、そして腕へとバチバチと音をたてながら焼き尽くしていく。
魔王は高笑いをしながらジャンが焼かれていくのを見ている。それに対してジャンは相変わらずの無表情だ。
「抵抗も出来ないか、ジャン! ならその事実を受け入れそのまま死ね!」
勝ちを確信した表情で魔王は満足そうに焼けていくジャンを見ている。しかし、驚く事に全身に火が広がっていくのにジャンは魔王の方を見てニヤリと笑った。
そんなジャンを見て魔王は訝しげな表情になる。そしてジャンはそんな魔王に冷静な口調で言う。
「なるほど、やはりこの程度ですか…… まあ、このままでもなんとかなりますが、冥土の土産です、いいものを見せてあげましょう」
そうは言ってもジャンの全身が焔に包まれていく、怪訝な顔をした魔王だったが、そんなジャンを見て改めて勝ち誇った顔をする。
「ハッハー!何を言うかと思えばそんな負け惜しみを、最後の言葉がそれとは、恐るるに足らん男だったな!」
魔王は駄目押しとばかりに二発の牙焔黒刃凰を繰り出した。黒焔はグルリと螺旋を描きながら燃え盛るジャンに激突した。
黒焔はボウボウと燃えジャンの体を容赦無く燃やしていく。
「フン、ジャンよ。お前は私の魔法をこの程度かと言ったが、どうやらそのセリフは私が言うべきセリフだったようだ。せめて、魔神化して私と戦えばこんな無様はやられ方はしなかっただろうが、だがもう遅いな」
勝利を確信した魔王は焼けていくジャンに関心をなくしたようだ。そして、今度はリカルダとマリー王女たちの方を見た。
「さあ、ジャンの方は片付いた。今度はお前たちの番だ」
「くっ!」
マリー王女がバアルアックスを抜き構えた。
「マリー王女!」
クレアとルイも各々武器を構える。しかし、リカルダだけは違った。彼女は構えもせず、ただ魔王を見ている。
「リカルダよ、そんなに恋人が死んだのショックだったのか? 安心しろ、お前もすぐにジャンの元へ送ってやる」
魔王はジャンが死んだショックで茫然としていると思ったのか馬鹿にしたように笑いながら言った。
しかし、リカルダはそんな魔王を見て呆れた表情をした。
「ふふふ、魔王様。貴方は相当節穴な方だったんですね。ガッカリですわ」
「何を言ってるリカルダ、ジャンが死んで気でも狂ったか? 可哀想な女だ。いいだろう、マリー王女たちよりも早くまずはお前をこの焔で殺してやる」
魔王は両手を前にだし構えると黒焔が現れた。
「さらばだリカルダ。お前は良い部下だったよ」
「リカルダ、逃げろ!」
マリー王女が叫んだ。
「もう遅い! 死ねリカルダ。あの世でジャンと仲良くやるといい」
魔王が口角を上げながら牙焔黒刃凰を発動しようとした。だがその時、どこからともなくジャンの声が聞こえた。
「魔王様、私はあの世にはいませんよ。勝手に殺さないでください」
魔王やマリー王女は突然聞こえたジャンの声に驚き、先ほど燃え盛っていたジャンの方を見た。すると、焔が消え黒煙が舞う中から大きな人影が見えた。
そしてその黒煙の中の人影がゆっくりと歩いてくる。
「な、き、貴様!」
魔王は驚愕の表情でその人影を見ている。そう、その人影はもちろんジャンだった。
ジャンは全身蒼い肌をし、口からは大きな牙が見えていた。そして全てを見透かしたような恐ろしい雰囲気を持った灰色の目をしていた。
ジャンは魔神化した姿で黒煙の中から現れた。