第百四十六話
「な、元の世界に帰るだと……」
そこまで言ってマリー王女は絶句した。代わりに魔王がジャンに質問をする。
「ジャンよ、一体どうやって元の世界に帰るつもりだ」
魔王の問いにジャンはニヤリと笑うだけで答えなかった。しかし、魔王は気づいた。
「なるほど…… リカルダか……」
「ほう、さすが魔王様、気づきましたか?」
「リカルダ、ただの人間でありながら亜空間を作れる能力を身につけた女、その亜空間からもう一つの世界に行く手段を見つけたか…… 大した女だ」
「魔王様、お褒めに預かり恐縮だわ。そして安心してこの世から消えてください」
リカルダのセリフに魔王はフッと笑った。
「リカルダ、お前の能力は大したものだ。だが、惚れた男のためならどんなことでも盲目的に従ってしまうその性格は難儀だな。せっかくの才能がただ男に利用されるだけとは」
魔王の言葉に一瞬だけリカルダはムッとした表情をしたがすぐに冷静さを取り戻す。
「言いたい事はそれだけ? もうさっさと終わりにしましょう。完全体じゃないあんたならいくら頑張っても私たちには勝てないわよ」
リカルダは半身に構え拳を握り、それを胸の前に持ってくる。彼女は戦闘態勢に入った。
それを見てジャンは魔王の血の塊を天に掲げるように上にあげた。
「そう、リカルダの言う通り、もう話は終わりでいいでしょう。この魔王様のお力、私が貰い受けますよ!」
「待て! ジャン! 貴様、何をするつもりだ!!」
マリー王女が叫んだ。
「マリー王女、私は魔王の力を得てさらなる進化を遂げます。そしてこの世界を滅ぼし、元の世界へ帰り、そこで全てを支配する魔王となります。黙って見ててください」
「マリー王女、一体、どうすれば……」
ルイが慌てた様子でマリー王女に尋ねる。
「わ、わからん、おい! 魔王! お前の力をジャンに取られてしまうぞ、どうして黙って見ている? 止めないのか!」
魔王はマリー王女の方を見て答えた。
「フン、リカルダがジャンを守っている。今から阻止しても無駄だ。もう間に合わん」
魔王は至って冷静だった。その冷静さを不審に思ったマリー王女が魔王に聞く。
「魔王よ! 貴様、その冷静さは今のお前の力でも覚醒したジャンに勝てるからなのか?」
マリー王女が聞くと魔王は笑って答えた。
「ハハハ、そんなの知るものか。だが、これはこれで面白そうだ」
「マリー王女、ジャンは私たちではなく魔王を倒そうとしています。ここは一旦、引いて静観しておいた方がいいのでは?」
クレアがそう言うとマリー王女は戸惑った様子だが軽く頷いた。そんなマリー王女たちをジャンは笑って見ている。
「フフフ、それは懸命な判断ですがね。マリー王女、魔王を倒したら次は貴方達が死ぬ番ですよ。私と魔王の戦いの邪魔をしないのはいいですが、寿命が少し延びるだけのをお忘れなく」
「貴様!」
ジャンの言葉に怒りに駆られたマリー王女が突如ジャンに向かって飛び出した。が、しかし、それをリカルダが阻む。
「やらせないって! 王女!」
リカルダが右手を開いて前に出すと大量の糸が飛び出した。糸は大きな拳に変わるとマリー王女の腹部を強打する。
「ぐはぁ!!」
モロにリカルダの糸の拳を喰らったマリー王女は血を吹き出しながら吹っ飛んだ。
「ジッとしてな。王女様」
「な、なんて威力だ……」
あまりのリカルダの攻撃力にマリー王女は立てないでいる。
「王女!」
ルイとクレアがマリー王女の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか? 王女、この回復薬を飲んでください」
ルイが小瓶を取り出しマリー王女に飲ませた。
「すまない、ルイ。もう大丈夫だ…… それにしてもなんだリカルダのあの強さは…… 速すぎて攻撃が見えなかった」
マリー王女たちがリカルダの方をみる。すると、リカルダが両手を前に差し出す。
「ジャンの進化を、あんた達に邪魔はさせない」
リカルダが気合いを発するとその両手から大量の糸が飛び出す。糸はリカルダとジャンを包み込むと球体となって。
「しまった!」
クレアがそう言いながら弓矢で攻撃する。しかし、糸の球体はビクともしない。
「なんて硬さ…… ビクともしない」
「貴方達は大人しくジャンが進化するのを待っていなさい」
球体の中からリカルダの声が聞こえた。
そしてしばらく沈黙が続くが突如、球体が光を放つとジャンの雄叫びが聞こえた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「クククク…… 面白い」
魔王は腕を組みながら事の成り行きをニヤニヤ笑いながら見ている。
そして永遠に続くと思うほどの時間、叫び続けていたジャンの声が途絶えた。
と、その時、糸の球体にヒビが入った。ヒビから光が漏れる。
「球体が割れる……」
マリー王女が呟いたと同時にドカンと大きな破裂音が聞こえ、球体が爆発したように割れた。
あたり一面に煙が舞う。
そして煙が消えていくと、ジャンとリカルダの姿見えた。
ジャンの姿は先ほどと変わらない人間体の姿だった。しかしマリー王女達はジャンから圧倒的なほどの禍々しいオーラを感じていた。
「――なんだ、このオーラは、こ、こいつはさっきまでのジャンとは違う」
マリー王女とルイとクレアはジャンの力を感じ取り恐怖でその場から動けなかった。
しかし、魔王だけは嬉しそうに笑っている。ジャンは魔王の方を見た。
「何やら嬉しそうですね、魔王様、そんなに死ぬのが嬉しいのですか?」
ジャンの皮肉に魔王はさらに嬉しそうな顔になり答えた。
「ああ、嬉しいね。ただ、死ぬのはお前の方だがな。いいだろうジャン、さっさとかかってこい」
その瞬間、魔王とジャンの間にピリピリとした電気のようなものが走った。
それは二人が臨戦態勢に入った合図だった。